第2話 誠光社

文字数 1,711文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために、「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの三冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まない…というあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。

第2回は、京都の「誠光社」さまにご紹介いただきます。
『京都・六曜社三代記 喫茶の一族』

(京阪神エルマガジン社)

 京都三条河原町で戦後より続く老舗喫茶店「六曜社」。家族経営で続いてきた同店のこれまでを綿密な取材のもとに綴った、まるで朝ドラばりにドラマチックな三代記。

 物語は終戦直後の満州に始まります。敗戦国となり、多くの日本人が満州から命からがら引き揚げる最中、堂々と屋台でコーヒーを淹れる男こそが、のちに六曜社初代マスターとなる奥野實でした。日本に戻り、夫婦で喫茶店を開業、しばらくの間続いた順風満帆な日々。「地下店」のマスターとしていちはやく自家焙煎を取り入れ、今もコーヒー好きの間から慕われる、三男、修が過ごした街の喫茶店が出会いや文化発信の場だった昭和40年代。さらにその長男薫平が店を継ぎ、経営状態の改善に四苦八苦する現在と、時代の変遷とともに描かれる店の歴史。変わらぬ喫茶店のあり方と、変わりゆく街のコントラストが鮮やかに描かれています。

 カフェやコーヒーという文脈ではなく、家族経営で生計を立てることの厳しさと、悦びについて考えさせてくれる、凡百のビジネス書にはないリアリティがつまった一冊です。

『バー・オクトパス』

スケラッコ

(竹書房)

 京都在住の漫画家・イラストレーター、スケラッコが描く、海底のバーに集うユニークな常連客たちの日常。スケラッコ作品では頻繁に動物や魑魅魍魎たちが擬人化され、そのどれもが日常生活の延長に存在するものとして描かれます。八百万の神が生活空間に当たり前のように共存する昔ながらの日本人の心性を感じさせる作品世界は、読むものにある種の懐かしさを感じさせ、不思議な癒やしを与えてくれるでしょう。

 本作では、バーという小さく親密な空間が海の底にあるという、二重の意味で胎内回帰的心地よさも。タコのマスターによる付かず離れずの接客、常連たちが持ち込んでくるちょっとした非日常、サードプレイスだからこそ話せる悩み事に噂話。毎回登場する洒落たカクテルをタコのマスターがこしらえる様子も微笑ましく、読みすすめるに連れシュールな世界観が日常の延長にみえてくる。こんな店が生活の中にあれば、きっと退屈な毎日もやり過ごすことができるはず。少し疲れた大人のためのファンタジー漫画。

『心は孤独な狩人』

カーソン・マッカラーズ

(新潮社)

 アメリカ南部ジョージア州出身の作家、カーソン・マッカラーズのデビュー作にして代表作が村上春樹によって新訳・刊行されました。2016年に同じ訳者によって『結婚式のメンバー』が文庫化されるまで、彼女の作品は日本では軒並み絶版、その著作は古書価が高騰し、なかなか手に取ることが出来なかったため今回の新訳は嬉しいかぎりです。

 物語はとある南部の町に住む聾唖者ジョン・シンガーを中心に展開します。皆の話をだまって聞き続ける彼を聖者のように捉え、悩み事を抱えた人々が彼の住む下宿に足繁く通います。音楽家に憧れる、マッカラーズの分身を思わせる少女ミック・ケリーもその一人ですが、彼のもとを尋ねる人同士は心が通ずることなく交わることがありません。人種差別、貧富の差、満たされない欲望。みなが欠落を抱え、それを乗り越えようと懸命に生きながらも、共感することができず孤独なままに人生の荒波に揉まれ、疲弊していくのです。

 大恐慌時代の社会問題にも鋭く切り込んだ、このようなスケールの大きな作品を、若干二十三歳にして書き上げたマッカラーズの才能には驚くばかりです。

誠光社(京都)

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