第26回/SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,620文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
「そうですね。そうしましょうか」
「僕が事務所に入る。キノピは表で待ってて。十分経っても僕が出てこなかったり、僕から連絡がなかったりしたら、そのまま警察に駆け込んで事情を話して」
「それじゃあ、ライチさんが危ない。僕も一緒に──」
「二人で入る方が危ないよ」
ライチがキノピを見据える。
「何かあった時、犠牲になるのは僕一人でいい」
「犠牲って……」
キノピが涙目になる。
「やっぱり、警察に行った方が……」
すると、ライチが身を乗り出し、キノピの両二の腕をつかんだ。
「僕たちが守るんでしょうが! ハニラバを!」
ライチの声が高ぶる。周りの客や従業員が驚いて、二人の席に目を向けた。
ライチとキノピは身を沈めた。
「とにかく、今はまず、ハニラバのメンバーに危害が及ばないよう行動することが大事だ。おそらく、アイリちゃんが逃げ出したことで、相手はピリピリしているはず。そこにいきなり警察が現われたら、メンバーに何をするかわからないだろ?」
「たしかに……」
「とにかく、事務所の人に話して、なんとかしてもらおう。事務所の人が警察に連絡するというならそれでいいし」
「そうだね」
キノピは大きくうなずき、立ち上がった。
ライチも立ち上がり、急いで会計を済ませ、二人で店を出た。
5
芽衣は会計を済ませて、S&Gを出た。
浜岡と谷が共に店から出て行ったからだ。芽衣はゆっくり店を出ると、周囲に視線をはべらせ、二人の姿を探した。
五十メートルほど先の角を右へ曲がっていく谷の姿が見えた。
雑踏に身を隠し、二人の姿を追う。
二人は店から歩いて五分ほどの雑居ビルに入っていった。
芽衣はさりげなくビルに近づいて中へ入り、フロア案内板を見る。
三階のプレートにフィールライクアッププロジェクトの社名があった。
「ここに事務所があったのね……」
芽衣はいったん表に出た。
向かいのビルの陰に隠れ、玄関に目を向けながら、スマートフォンを取り出した。
真田に連絡を入れる。二コールで真田が出た。
「……もしもし、八木沢です」
小声で話す。
──どうした?
「浜岡が谷と接触し、フラップの事務所へ入りました」
──さっそく、動き出したか。
真田の重い声が聞こえる。
「何かありましたか?」
──ハニラバのメンバーが監禁されているようだ。
真田の言葉に、芽衣が眉間を寄せた。
──浜岡が谷の下を訪れてフラップの事務所へ行ったのは、その件だろう。
「踏み込みましょうか?」
雑居ビルの三階あたりを見上げる。
──いや、おまえはそこで見張っていてくれ。連中が動いたら、尾行を頼む。彼らの行動は動きがあり次第、ショートメッセージで報告しろ。
「電話でなくていいんですか?」
──俺は今から、平間と合流する。ハニラバのアイリが一人、監禁場所から脱出し、平間が保護している。場合によっては、平間と二人で乗り込む。
「浅倉さんは?」
──先ほど連絡があった。金田牧郎と接触したようだ。
「舘山寺にいたんですか!」
──そのようだな。詳細はわからんが、金田は浅倉に任せている。そこはおまえに任せる。
「わかりました。ですが、飲酒しているので、車両が使えません。応援を回していただけますか?」
──わかった。手配する。
真田が電話を切る。
芽衣はショートメッセージで位置情報を送り、改めてビルに目を向けた。
すると、ビルの前でうろうろしている若者二人を認めた。
一人は小太りで、もう一人は痩せてひょろっとした男だ。
飲み屋を探しているふうでもなく、フラップの入る雑居ビルの玄関前を行ったり来たりして、時折、中を覗いている。
芽衣は二人を観察していた。と、小太りの方がビルの中へ入っていった。ひょろっとした男は心配そうに、何度も何度も玄関の奥を覗く。
フラップの関係者か。にしては、どこかよそよそしく、おどおどしている。
あきらかに周囲の通行人や酔客とは違う挙動で、目立っていた。
「そういえば……」
芽衣はふと、真田からの報告を思い出した。
ハニラバのライブには、平間の他に、常連が二人いると話していた。一人はライチ、もう一人はキノピという名前で、小太りと細身という話も聞いている。
「ひょっとして……」
平間はアイリとメッセージのやり取りをしていた。ライチやキノピも推しやメンバーとやり取りをしているだろうとの話だった。
ライチかキノピ、もしくは二人にハニラバのメンバーから連絡が入って、事務所に押しかけたのかもしれない。
であれば、二人にも危険が及ぶ──。
芽衣はビル陰から出て、細身の男にさりげなく近づいた。
「すみません」
笑顔で声をかける。
男はびくっとして身をすくめた。一瞬、芽衣に目を向けたが、すぐに顔を伏せ、芽衣の前から去ろうとする。
芽衣は上体を少し傾け、つぶやいた。
「タクさんからの伝言があります」
それを聞いた男は、背を向けたまま足を止めた。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。