第79回

文字数 2,349文字

こんなんもう冬だろ。


令和ちゃんが季節のスイッチを切り替えミスった感じですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

尊厳や自己肯定感というのは、人間として生きていくためにはもっとも大事なものである。


よって、社会の荒波の中で止まらなくなった自己肯定感の下落を一旦ストップさせるために、「ひきこもる」というのはある意味正しい行為である。


しかし、ひきこもることによって下降は止まっても、上昇することは稀であり、むしろしばらくすると再び下降が始まるケースが多い。

だからといって、外に出て自信を取り戻すということもできないため、底抜けに自己肯定感が下がっていき、あっという間に「誰か殺してほしい」という、この期に及んで他力本願寺かよという寝言が口癖になってしまうのである。


だが、その願いを神様ではなく親が叶えてしまったという悲惨な事件もある。

ひきこもりになるにしても、自己肯定感の下落による自暴自棄は、予防していかなければならない。


ひきこもりの自己肯定感が下がりやすいのは、まず社会が「ひきこもり」を悪いものとして扱っているからに他ならない。

今でもひきこもりの話題は「社会問題枠」であり、ニュースキャスターが「では次はお待ちかねのひきこもりの話題です!レポーターの東海林さーん!」などと元気よく言っているところは見たことがなく、大体神妙なツラで「高齢の親が50代の子どもを…ひきこもりの話題です」というようなブリッジをかまされている。


百歩ゆずって明るいひきこもりを取り上げたとしても、働いたら負けのひらきなおり系であり、どちらにしても一人でも数を減らすべき害悪として扱われている。

つまりひきこもりになった瞬間、まだ何も害していないのに自分は社会の害悪になってしまった、という自己肯定感の大暴落が起こってしまうのである。


しかし、世間のひきこもりに対するイメージを変えるというのは、簡単なことではない。

よって世間のイメージに負けないよう、自分の意識を変えていく必要がある。


まずひきこもりは、自分のことを「敗残兵」と思っている節がある。

社会という戦に敗れ、落ち延びた先がひきこもりであり、この「逃げた」という負い目がひきこもりの自己肯定感を削っていくのである。


よって、「ひきこもり」=「社会や現実からの逃避」という意識から変えていかなければならない。


まず「ひきこもり」=「逃げ」という考えが適当とは言えない。

ひきこもりがどこにひきこもっているかというと、おそらくほとんどが自宅にひきこもっていると思われる。

もしひきこもり先が、他人の家や私有地だという場合は、ひきこもりというよりは立てこもりであり、別の問題と事件性を帯びてくる。


自宅ということは文字通り「ホーム」であり、元々あるべき場所ということだ。

つまり外にいる方がイレギュラーな状態であり、ひきこもりはそういった異常な状態から「元に戻っただけ」と言えるのではないだいだろうか。


それに、家にいても家族から小言を言われたりと、煩わしいことは起こるのである。

つまり外に出て活動することは「外に逃げている」と言えなくもないのだ。


「何もしないで寝ていた」と言ったら怠けているように聞こえるが、逆に起きて働いているのも「眠ることから逃げている」のである。

働くことから逃げることで様々な問題が起きるのも事実だが、眠ることから逃げたことで早死にする人間がいるのも事実である。


つまり、全ての行動が何らかの逃避であり、ひきこもりばかりが逃げていると考えるのは間違いである。


そもそも「逃げる」というのは悪いことなのか。

「逃げるは恥だが役に立つ」という、5億倍売れている漫画もあるように、仮に恥であっても有益であるのは確かである。

また、それより大昔から「三六計逃げるにしかず」という言葉もある。

どんな戦法も逃げるに勝ることはなく、ある意味、外で戦い続けている人間よりも早々に家に逃げた人間の方が正しいまである、ということだ。

つまり逃げを否定するのは、うちの孫子ニキが嘘をついているという言いがかりであり、ちょっと事務所に来て詳しい話を聞かせてもらっていいかな、という案件なのだ。

ちなみに孫子は人名ではない。今調べて初めて知った。そういう意味でも「逃げ」には学びがある。

よって、ひきこもるという行動が「逃げ」だったとしても、逃げること自体は間違っていないので、逃げた自分を否定する必要はないのだ。


そもそも、外と中を比較し、どちらかが良くてどちらかがダメと勝敗を決めて落ち込む方がナンセンスと言える。

外と中は文字通りフィールドが違う。つまり野球とサッカーみたいなものである。


よって、ひきこもりが外で活動している人間と自分を比較して自己肯定感を下げるというのは、野球選手がサッカー選手を見て「あいつリフティングマジ上手いな」と落ち込んでいるようなものだ。


ひきこもりになったら外にいるプレイヤーのことは考えず、自分がフィールドに選んだ家の中で、どのようなスーパープレイをしていくかを考えた方が良いのだ。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は11月5日(金)です。

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