◆No.4 義に殉じようとする兄──吉弘鑑理
文字数 1,350文字

成長小説の黄金パターンは、主人公が以前にはできなかったことが、できるようになる。
例えば、以前は歯が立たなかった強敵に、勝つ。
それも、冒頭の失敗から物語を始めて、ラストの成功へつなげて終わる。
結局、当初の失敗は無駄ではなく、成功するための一過程にすぎなかったわけですね。成長を感じさせるのに、わかりやすい筋の組み立てです。
私は悲劇作家を自称している関係もありまして、
この作品では、あえてセオリーの逆に挑戦してみたいと考えました。
つまり<失敗→成功>ではなく、<成功→失敗>のパターンですね。
物語の鑑理は人生で二度、弟の窮地に遭遇します。
若い時は微塵も迷わずに、命がけで弟を救い出します。
二度目は本作のクライマックスで、ネタバレになりますが、主君への忠義を取るか、兄弟愛を取るかの二者択一を迫られ、悩んだ末に最愛の弟を見捨てることになります。
以前とは全く逆の行為をするわけです。
それも、義のために死を覚悟し死を厭わない兄が、愛のために何としても生き延びたいと願う弟を死なせてしまう逆説的な悲劇として、描きました。
彼の選択が何かに生きたのなら、まだ救いもありますが、本作ではそれさえない。
後から考えれば、救いのない、間違った決断でした。
人間は成長ばかりしていませんから、むしろ現実世界には、このような失敗が大なり小なり普通にある話だと思うのです。
物語でも言わせていますように、彼は何度同じ判断を迫られたとしても、毎回同じ決断をしたはずでした。彼の置かれた状況下で、彼の人格が下した必然的な決断だったわけです。
それは彼が成長しなかったからではなく、若い頃とは立場が変わったからです。
現代でも、社会人になると責任が生じ、自分だけで判断はできなくなる。
組織を生きる人間の苦悩や不合理は、昔も今も同じですね。
鑑理の選択と行動はいちいち融通が利かず、不合理であり、はがゆく、愚かでさえあります。特に現代人からすると、そうでしょう。
わざとそのように描いたので、当たり前ですが。
鑑理には有名なエピソードがあります。
龍造寺討伐に出向いた大友軍の鑑理に対し、龍造寺隆信は降伏すると書簡を送るのですが、鑑理は全く相手にしません。
そのため隆信は、戸次鑑連への文で、取り付く島もない鑑理について文句を言っているんですね。
後に隆信が展開する反大友の動きを見れば、鑑理が正しかったわけですが、鑑理の性格をよく表すこのエピソード、好きなんです。


赤神 諒(アカガミ リョウ)
1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記』『神遊の城』『酔象の流儀 朝倉盛衰記』『戦神』『妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。