第63回/自分の不始末で、27円が親戚中を駆け巡る?
文字数 2,203文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。
以前、親には財産だけではく「借金」もあるならあるで、明らかにして死んでもらわないと困るという話をした。
何故なら借金も「相続」されてしまうからである。
相続放棄することも可能だが、放棄には「3か月」という期限がある。
ただし3か月というのは、本人の死後3か月ではなく「死んだと知ってから3か月」なので、何十年も疎遠で死んだことすら知らなかった親族の借金を今知ったというなら、そこからまだ3か月猶予があると言える。
ただ、それよりも親が借金を隠し、死んだのは知っているが借金があるとは知らなかったケースの方が多いのではないだろうか。
「葬式もしたし墓にも入れたが、死んだとは知らなかった」と言い張ることもできるが、おそらく厳しいだろう。
借金取りもそれを見越して、相続放棄の期限を過ぎてから「実はあなたの親に金を貸してまして」と言いにくるという。
本人の死後、故人の借金も含む財産を、一発で調べる方法はないのだろうか。
結論から言うと、故人の家から銀行の通帳や証券会社からの書類や明細、カウカウファイナンスからの督促などの「ヒント」をガッツで見つけ出し、戸籍謄本など必要書類を5種類ぐらい持って金融機関を総当たりしにいく、ファイト一発なやり方しかないようだ。
まだ、家に紙で通知がくるタイプなら良いが、今はどこもペーパーレスを推進している。
そうなると当然見逃しが起こり、故人の口座から誰も利用していないサブスク料金が引き落とされ続けるなどの事案が多発し、30年後には配信サービスの主な顧客層が「死者」になる可能性がある。
やはり、一番早くて確実なのは、本人が死ぬ前に財産を明らかにしておくことである。
仮に借金があったとしても期限内に相続放棄すれば、実質チャラだ。
そう思っていたが、どうやらそこまで簡単な話ではないらしい。
まず相続放棄というのは借金だけ放棄できるわけではなく、全ての財産の相続を放棄しなければいけないそうだ。
貯金30円、借金300万円などのシンプルイズベスト状態であれば、引き算さえできれば迷うことはない。
しかし、財産というのは、現金だけでなく、土地や家、車、なども含むのである。
借金を相続放棄するなら、家や土地の相続も放棄せねばならず、借金を相続しない代わりに住む家がなくなったり、家と土地を残すために借金を背負うことになりかねないのだ。
さらに相続人が複数いる場合は混迷を極めるだろう。
さらに「著作権」も財産になるそうだ。
私も著作は複数持っているが、私が死ぬごろにはどれも半年に1回「27円」程度が支払われるものになっているだろう
もし年額54円のために一つ一つ相続の手続きをしなければいけないとなったら、もはや負の遺産である。
気持ちよく全てを放棄するためにも、私は逆に借金のみを残して死ぬべきなのかもしれない。
しかし、相続を放棄すれば借金が消滅するというわけではなく「次の相続人に移るだけ」らしい。
例えば、故人の配偶者と子供が相続放棄した場合、故人の親兄弟、最終的には甥や姪にまで回ってしまうそうだ。
さらに相続を放棄した場合、次の相続人に通知が行ったり告知をする義務はない、という極悪仕様なのである。
全く親交のない、おじさんやおばさんの借金を突然背負わされる可能性がある、ということだ。
つまり自分の不始末が親戚中を駆け巡り、関係を破壊し尽くす可能性があるということだ。
日本人は人に迷惑をかけることを嫌がる傾向があるので、「次の相続人に多大な迷惑がかかる」と言われたら放棄ができず、そのまま負の遺産を引き続いてしまうケースも多いのかもしれない。
相続人が全員放棄すれば、支払い義務は生じなくなるらしいが、自分の従兄弟などに「俺の親父の借金がお前のところに行くから放棄してくれ」と、腹を十字に割って説明するのも根性のいる話である。
とても親戚同士だけでシラフで話せる話ではなので、そうなった場合は弁護士など「冷静な他人」を入れて説明した方が良いという。
ネットで調べただけなので間違っている点もあるかと思うが、とにかく財産というのはあってもなくても面倒くさいものだということはわかった。
中途半端な財産であれば下手に残さない方が面倒がなくて良いのかもしれない。
私の場合、現金や不動産が残らない自信はあるのだが、このままいくと、無駄に著作権だけは残ってしまい、27円が親戚を駆け巡る可能性がある。
生前に著作権を放棄しておくという方法もあるのかもしれないが、現在自分の部屋すら片付けられない自分が、そこまで身ぎれいにして死ぬとも考えづらい。
いっそ、誰にも発見されず、死後も私の口座に27円が振り込みされ続けた方が一番楽なのではないかと思う、どうせ解約されないままのサブスクの支払いで相殺されていくだろう。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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