若き新人による芸道プラス推理もの『化け者心中』評・縄田一男
文字数 1,143文字

『化け者心中』蝉谷めぐ実(KADOKAWA)本体1650円+税
第十一回小説野性時代新人賞受賞作品である。
舞台は文政(ぶんせい)期の江戸。中村(なかむら)座で六人の役者が車座(くるまざ)になって台本の前読みをしていると、その真ん中に投げ込まれた生首ひとつ。そして蝋燭(ろうそく)が消えた一瞬、その生首はかき消えて、後には、血や肉片が残されていたという次第。こんなことをするのは鬼の仕業だ、誰かが、鬼の成り代わりに違いない、といういわば死体なき殺人の捜査をするのは、かつて稀代の女形(おんながた)として人気を誇った魚之助(ととのすけ)と鳥屋の藤九郎(ふじくろう)。但(ただ)し、魚之助は熱狂的なファンに足を斬りつけられ、それが元で両足を喪(うしな)っていた。
往時、芸道ものといえば、川口松太郎(かわぐちまつたろう)や邦枝完二(くにえだかんじ)が数々の名作を手掛けていたが、平岩弓枝(ひらいわゆみえ)など一部の作家を除いては、その後継者がいなかった。そこに蝉谷(せみたに)めぐ実(み)という二十七歳の新人が登場したのである。剣豪ものや戦国ものは、次々と後継者が生まれ、作品も深化していったが、芸道ものだけが、オーソドックスなままだった。そこに二十七歳という若さで、独特の語り口と結構を持った作者が登場したのだから、いきなり、ニューウェーブが現われたと思う向きがいるかもしれない。
が、芸道もののファンは、魚之助が実在の某歌舞伎役者を念頭に置いて設定されたものであることは想像がつくだろうし、芸道ものプラス推理ものという土台の面白さが加わるのは、このジャンルの新たなファンをつくるのに充分であるといえよう。魚之助も役者の芸を極めるエキセントリックさを充分承知しており、そこに藤九郎の常識人としての理性が加わるというコンビも面白くできている。
選考委員の中にはシリーズ化を望む者もあるが、この作者とこの内容ならば充分、可能であろう。二弾、三弾と続くことを期待したい。
人気シリーズの前半戦の山場

前回、下巻の刊行が待ち切れないと記した〈羽州(うしゆう)ぼろ鳶(とび)組〉の十一巻。『襲大鳳(かさねおおとり)』がいよいよ登場した。
面白さはもはやくどくどと記すこともあるまいが、作者は〝あとがき〟で、本書は前半戦の山場でドラマでいうシーズン1の最終回だと記している。そして、この連作にも「いつか終わりは来る」と述べたあとで、最終巻の構想は決めてあるとも記している。それはそうだろうなと思い乍(なが)ら、一瞬寂しさが横切る一方で、その時は作者の新たなる飛躍の時であろうと胸のおどる思いである。