森村誠一とねこ ①

エピソード文字数 2,746文字


 だが、私が小学生低学年のころ、二代目か三代目のコゾが、深夜、二階の寝室の枕許に来て鳴いた。いつもとちがう鳴き声に目を覚ました私は、ふと異臭を嗅いだ。コゾは階段の上に行って、さらに鳴いた。コゾに引かれる形で階段の下り口に行った私は愕然とした。階下が烟っている。私は咄嗟に火事だと叫んで、両親や家族を叩き起こすと、階下に駆け下りた。


 炬燵から朦々と煙を発しており、母は竈の上に水のあんばいをしてといであった米入りの釜を取って来て、米ごと炬燵にかけた。発見が早かったので、小火のうちに消し止められた。最後の訪問客の煙草の火が炬燵蒲団に残っていて、くすぶり始めたらしい。危ないところをコゾによって救われたのである。
 それ以後、母親のコゾに対する態度は一変した。大の猫嫌いであった母が、コゾを目に入れても痛くないような、文字通りの猫っ可愛がりをするようになった。


 また、いつのころからか、恐ろしく不細工な黒猫が我が家に立ち寄るようになった。目は目やにだらけ、全身に擦りむけの湿疹が広がり、口は充分に閉じられず舌の先が少し覗いて、いつも涎を垂らしている。まさに化け猫を絵に描いたような面相をしていた。


 なにかの弾みに、家人や私が餌をあたえたのに味をしめて、戸外の仕切り戸に影のように張りついている。だが、決して懐くことはなく、手を伸ばしても身体に触れさせない。餌だけ取ってさっと逃げる可愛げのない猫であった。


 それでも次第に距離を縮めてきて、仕切り戸が開いていると、そろりそろりと家の中に入り込むようになり、家人の足音を聞くとさっと逃げ出した。だが、一定の距離を保って安心したように昼寝をするようになった。


 そんな猫でも、我が家をテリトリーに居つくようになると可愛くなる。数日、旅行をしたりして不在の間は、気になる。餌をまとめて置いてきてあるが、他の野良猫も立ち寄るので、足りなくなるであろう。久しぶりに帰宅して、仕切り戸に影のように張りついている黒いシルエットを見かけると、ほっとする。


 そんなクロが、不在にしてもいないのに姿を見せなくなった。見るからに不健康であったので、その辺で野垂れ死にをしたのか、あるいは猫狩りに捕まったのかと案じていると、十日ぶりぐらいに、秋の夕方、塀の上に姿を見せた。安心した家人が「クロ」と呼びかけて餌をあたえようとすると、一声長く鳴いて、フェンスから外側に飛び下りた。まるで夕陽に身を投げたように見えた。


 その翌日、近所の人が、「おたくのクロが近くの空き地で死んでいる」と伝えてくれた。私の家で餌をやっていたので、うちの飼い猫だとおもったらしい。クロは自分の寿命を悟って、別れを告げに来たのだとおもった。野良でも「一飯」の恩を知っていたのであろう。死んだクロを丁重に葬りながら、あらゆる動物の中で猫が人間に最も近い位置にいるのは、犬のように目立った貢献はしないが、運命的な愛らしさを持っているからではないかとおもった。人間と犬は紐で結ばれているが、人間と猫は運命の糸によって結ばれているような気がする。


 その証拠に、猫は犬のようにリードにつないで散歩に連れ出せない。目に見えない運命の糸によってつながれているので、紐が馴染まないのである。

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