第49話 花巻への疑念は強まるが、大河内を倒すためなら――

文字数 2,843文字

「私の目的は大河内を芸能界から干すことではなく、社会的に抹殺(まっさつ)することです。最低でも刑務所送りにしなければ納得できません」
「じゃあそうすれば? でも、立浪ちゃんのネタでは牧野なんちゃらを牢屋にぶち込めても、大河内は無理だけどね~」
「では、花巻さんの切り札は使わせて貰(もら)えないということですか?」
 立浪は押し殺した声で訊ねた。
「使わせないんじゃなくて温存……僕と立浪ちゃんの身を守る保険にするのさ」
「花巻さんが、そんなに大河内を恐れるとは不自然ですね」
「別に恐れてなんかいないさ。戦略だよ、せ・ん・りゃ・く。無血革命に越したことはないでしょう?」
 花巻がスティックキャンディをしゃぶりながら言った。
 立浪の中で、疑念が確信に変わりつつあった。
「花巻さん、一つ訊(き)いてもいいですか?」
「なになに? なんでも訊いてちょーだい」
「花巻さんは、まさか大河内と手を組むつもりじゃないんでしょうね?」
 立浪は花巻を見据えた。
「僕が大河内と!?
 素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた花巻が、数秒後に大笑いした。
「立浪さん、ボスに失礼でしょう?」
 黒木が立浪を睨(にら)みつけた。
「黒木ちゃん、いいのいいの、怒らない怒らなーい。立浪ちゃんが疑念の塊(かたまり)になるのも無理はないさ。それに立浪ちゃんの言ってることは、当たってるしね~」
 花巻が飄々(ひょうひょう)として摑(つか)みどころのない口調で言った。
「大河内と手を組もうとしていたことを認めるんですか?」
 立浪は念を押した。
「ああ、認めるよ。一枚目の切り札だけでやめてあげる代わりに、二枚目の切り札を買い取ってほしい……この条件を呑(の)ませることを大河内と手を組むというのなら、そうなるよねぇ」
 相変わらず花巻の腹の内は読めなかった。
 花巻は「帝都プロ」に赴(おもむ)き大河内と会ったことがバレているとは知らない。
 また、立浪も言う気はなかった。
「なるほど、そういう意味だったんですね。安心しました。もし、花巻さんと大河内が手を組んだら太刀打ちできませんから」
 立浪は笑顔を見せた。
 追い詰めれば捨て身になるのは花巻も同じだ。
 ここは花巻を信じた振りをするのが賢明だ。
 花巻は牧野健のスキャンダル記事が世に出ないかぎり、大河内から金を引っ張れない。
 いや、引っ張れるが自らの所有する爆弾を取引材料に使わなければならない。
 それは花巻と大河内の全面戦争を意味する。
 立浪を盾(たて)にしてこそ、花巻は恩を着せつつ大河内から大金をせしめることができるのだ。
 気になるのは、「帝都プロ」で花巻と大河内が密会していたのが事実なら、立浪が牧野健のUSBを渡したこと……大河内に土下座したことを聞いたのかどうかだ。
 大河内が立浪の演技だと知ったなら――牧野のスキャンダル動画を公開するまでの時間稼ぎだと知ったなら、おとなしくしているはずがない。
 大河内から聞いたとしても、交渉を有利に進めるために花巻は知らないふりをするはずだ。
 立浪にそのことを訊ねてこないのは、大河内と手を組もうとしている証(あかし)だ。
 花巻も牧野の薬物動画が公開されたほうが好都合なので、大河内にそのことは言わないだろう。
 だとすれば、いまの段階で花巻は大河内になにを話したのか?
 呉越同舟(ごえつどうしゅう)を申し出てきただろう花巻に、大河内はどんな返事をしたのか?
どちらにしても大河内が中富の監禁、暴行動画を花巻が所持していると知ったら、どちらと手を組むかは言うまでもない。
「もう、心配性だね~。立浪ちゃんは~。絶対に裏切らないとは約束できないけど、あんな獣より立浪ちゃんのほうが全然ましだからさ~」
 花巻の言葉だけを聞いていると噓(うそ)が吐(つ)けない男に見えるが、一流の詐欺師(さぎし)は詐欺師に見えないから一流なのだ。
「信じます。失礼なことを言ってすみませんでした」
 立浪は頭を下げた。
「いいよいいよ、正直に口に出してくれたぶん、立浪ちゃんは信用できる男だよ。ところでさ~、牧野健の薬物スクープはいつ頃流すの? 百聞は一見に如(し)かずで、早く大河内を芸能界から追放できたら、僕が裏切るんじゃないかって心配もなくなるでしょう?」
 花巻が気になるのはそこだ。
 立浪が牧野のスキャンダルを報じれば、大河内との交渉を有利に進めることができる。
 花巻が裏切るとすれば、金を手にしてからだ。
 大河内に協力し、立浪を罠(わな)に嵌(は)めることくらい平気でやるだろう。 
 立浪が身を守るには、切り札を使うまでの間に策を講じなければならない。
 牧野のスキャンダル記事がWEBに流されるまでは、花巻も手出しはしないはずだ。
「さっきも言った通り、私の目的は大河内を芸能界から追放することではなく、社会的抹殺です。ですが保険のために中富社長の監禁暴行の動画を温存するという花巻さんの考えは理解しましたから、別の武器を用意します。牧野健のスキャンダル記事を流すのは、それからです」
「別の武器ってなになに?」
 花巻が興味津々の顔を立浪に向けた。 
「大河内に止めを刺せるだけのネタです。花巻さんの爆弾が使えなくなったので、大河内を社会的に抹殺できるような強力なネタを集めます」
「ノンノンノン。そんな無駄なことをやるより、牧野なんちゃらのスキャンダルを早く記事にしたほうがいいって。大河内の両翼をもぐにしてもさぁ、まずは片翼から千切っていかないとね」
 花巻がウインクした。
 さすがは百戦錬磨の男だ。
 少しの動揺も見せずに立浪を諭してみせた。
 だが、内心は焦っているはずだ。
 立浪が片翼をもいだタイミングで、花巻が大河内に魔の手を差し伸べる。

 口止め料を払ってくれたらさぁ~、残る翼はもがれないようにすることと、あんたに協力することを約束するよ~。

 花巻の大河内にたいしてのセリフが、実際に聞いたかのように立浪の脳内に響き渡った。
「大河内の片翼を奪っても、もう片方の翼が残れば手負いの獣になります。両翼をバッサリ切り落とせるネタが揃ってからじゃなければ、牧野のスキャンダルを記事にはできません」
 立浪はキッパリと言った。
「立浪ちゃんは本当に頑固だねぇ~。磯野波平(いそのなみへい)の息子なんじゃないの? オーケーオーケー! 僕の負けだよ。爆弾を投下してあげるから」
「ありがとうございます!」
 立浪は瞳を輝かせ頭を下げた。
「ただし、牧野なんちゃらのスキャンダル記事を流してから、しばらくは時間を貰うからね。大河内からこれを引っ張らなきゃだからね~」
 花巻が人差し指と親指で円マークを作り破顔した。
 信じたわけではない。
 金が手に入ったら立浪に動画を渡さずに、素知らぬふりをするくらいは平気でやる男だ。

(第50話につづく)

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