第101回

文字数 3,030文字

一昔前であれば、アニメや漫画と言えば日本だったし、そこから「HENTAI」という万国共通語を生み出したことはあまりにも有名である。


しかし現在では、海外でもクオリティが高いアニメや漫画が次々と生み出されている。

このままでは日本がいつの間にか経済先進国でなくなってしまったのと同じように、漫画やアニメ、そしてHENTAIの国と呼ばれなくなってしまう日も近いかもしれない。


そして何度も言うが、「HIKIKOMORI」も日本発祥の文化である。

何かの発祥の地について語ると大体論争が起こるものだが、HENTAIとHIKIKOMORIの起源に関してだけは、諸外国も異論を挟む余地が見当たらないようだ。


しかし作者の自分が描いた絵より読者のファンアートの方が上手い、というのはよくある話だ。

「元祖」という肩書きにあぐらをかいていては、すぐ後続に追い落とされてしまう。


つまり油断していたらHIKIKOMORI先進国の座も奪われかねない、ということだ。


文化に専有権はないし、日本発の文化が世界に広がるのは誇らしいことかもしれないが、「HIKIKOMIRIって日本発祥だったんだ、知らなかった」と言われてしまうようでも困る。


幸い今のところ日本がひきこもりのトップシェアを誇っているように見えるが、今後ライバルになり得る国のことはチェックしておく必要がある。


今後、他の国のひきこもりの数が日本に迫ってきた際は、「母ちゃんにだけ高圧的」など「日本らしさ」を出していくことで勝負していかなければならない。


まず、いろんな意味で世界を牽引する強国アメリカだが、悪いがひきこもりに関してだけは「眼中にない」といったところだ。


そもそもアメリカには成人した子供を家に置いておくという文化がなく、強烈な個人主義国なため、たとえ大人になった子供に困難が起こっても「親が面倒を見なければ」という発想がないのである。

つまりアメリカは、ひきこもりの芽が出る土壌がない不毛の地ということだ。


だが、ひきこもる場所がないからアメリカには社会からドロップアウトする人間がいない、というわけではない。

社会から逸脱した人間はひきこりにはならず、ホームレスになるのだ。

よって、アメリカは日本がひきこもり大国なのに対してホームレス大国なのだそうだ。


つまり、社会から脱するにしても内に行くか外に行くか、でお国柄の違いが出ているということである。

やはり日本は物理的にも「内向的」と言わざるを得ないようだ。


アメリカが相手にならないとすれば、逆にどんな国がライバルとして立ちはだかってくるかというと、意外にも「イタリア」が候補に上がっている。


イタリアと言えば、日本とは真逆の陽キャの群生地で、イタリア人は日光を当てないと死ぬというイメージだが、実際は日本人とかなり似た国民性を持っているらしい。


イタリア人と日本人の共通点と言えば、「意外と胸毛が生えている」以外思いつかないが、イタリア人は意外ではなく「普通に生えている」という感じだし、ひきこもり後進国のアメリカ人だってデフォルトで生えていそうだから、胸毛の線は一旦消して考えるべきだろう。


胸毛を消したらもう何も思い浮かばないと思うので結論を言ってしまうと、イタリアは日本に負けず劣らずの家族主義な国であり、特に母親との結びつきが強いマザコン大国なのだそうだ。ちなみにファザコンも多い。


むしろイタリアではマザコンが普通なため、マザコンは恥ずかしいという意識すらないらしい。

よってマザコンだと指摘されたら、「マザコンではなくイタリア系なのだ」と反論することができる。


ひきこもりと親との関係には大きな因果があり、親から過度に無視されたり、逆に過干渉されすぎるとひきこもりになりやすい傾向があるらしい。

私のように「特に理由のないひきこもり」もいるので、ひきこもりは親のせいと断言できるわけではないが、個人主義より家族主義の国の方が、ひきこもりが発生しやすいというのだけは確かのようである。


続いてドイツだが、ドイツ人と日本人は国民性が似ていると言われるので、ドイツもひきこもりが発生しやすいのではと思いがちだが、ドイツはアメリカ同様、成人した子供を家に置いておく文化がないため、ひきこもりが育ちにくい土壌のようだ。


だが一方で、ドイツでは「ゲーム依存」が深刻化しているという。

おそらく屋外でゲームに依存している奴は少数派だと思われるので、ひきこもり大国になる素質はあると言える。


だが、ドイツは日本より「不登校」に対しとても厳しく、子供が病気などの理由以外で学校に行っていないと、即ポリス沙汰になる恐れがあるそうだ。

逆に言えば子供は「学校以外で学ぶことを許されていない」ということであり、学校に行かず家で学ぶなどの選択肢がないということだ。


ドイツ人は日本人と同様真面目で勤勉と言われるが、それは社会がこちらに要求する社会性ハードルが高すぎるという意味でもあり、それもひきこもりが発生しやすい原因の一つである。


つまりドイツはひきこもりの芽が出やすい土壌ではあるが、芽の段階で周囲がそれに除草剤をぶっかけるため育ちづらい環境ということだ。


社会がこちらに求める要求が高い上に、ひきこもって逃げることも叶わないという意味では、ドイツは日本よりも社会性がない人間に厳しい国と言える。


対してイタリアは日本やドイツに比べればおおらかな国なので、ひきこもりが育ちやすい環境ではあるが、芽自体はそこまで出やすくないのかもしれない。


つまり日本は、社会の一員として認められるための水準が高く、それを越えられなかった人間がひきこもりになりやすい上、それを匿う家という名の温室、さらに除草剤どころか、数十年にわたり衣食住という名の養分を与えてくれる飼育員までが完備された国なのだ。


ここまで揃っているのは、やはり世界広しといえど日本だけなのではないか。もはやひきこもりは、宝石やサンゴ礁と同じで「自然が産んだ奇跡」と言えるのではないだろうか。


人間というのは、生物を乱獲しまくり、絶滅寸前になってから焦って保護するという愚かとしか言いようのない行為を繰り返してきた生き物である。


今も世の中は「ひきこもりを減らそう」という風潮になっているが、いざひきこもりが絶滅寸前になったら焦るに決まっている。


つまり、日本のひきこもりはオーストラリアでいうコアラみたいな側面がある、ということだ。


コアラをとりあえず根絶やしにしたり「もっとハダカデバネズミみたいに社会性のある生き物になったらどうだ?」と言っても仕方がない。

コアラがコアラのまま生きていける環境を与えるのがベストなのと同じように、引きこもりにもひきこもりのまま生きていく術を与えた方が良い。


そして、コンビニに行く時だけ外出するひきこもりを見たら、コアラがユーカリを食っているぐらいの微笑ましい目で見てほしい。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中


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