第57話 渡された動画には、大河内を葬るための決定的な証拠が!

文字数 3,103文字

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『いやっ……やめて! 誰か……助けてください!』
 ビデオカメラのディスプレイ――折り畳まれたマットの上で足をバタつかせ、必死に逃げ出そうとするブレザーの制服姿の女子生徒。
 二人の男子生徒が、女子生徒の両腕を押さえつけていた。
『なにやってんだよ、お前ら! もっとしっかり押さえろよ!』
 金髪ロン毛の男子生徒……達臣(たつおみ)が男子生徒達に怒声(どせい)を浴びせた。
『お前も諦めておとなしくしろ!』
 達臣が女子生徒の両足首を摑(つか)み、力づくで開こうとした。
『いやーっ!』
 女子生徒の蹴りを顎(あご)に受けた達臣が尻餅をついた。
『痛ぇ……てめえっ、ふざけんじゃねえぞ!』
 激怒した達臣は、女子生徒に馬乗りになり拳(こぶし)を振り下ろした。
 二発、三発、四発、五発……達臣が、なにかに取り憑(つ)かれたように女子生徒を殴打(おうだ)した。
『なあ、達臣君……もうやめたほうがいいんじゃないかな』
 恐る恐る、男子生徒の一人が達臣に言った。
『うるせえんだよ、てめえは!』
 達臣が男子生徒を殴りつけ、ふたたび女子生徒に拳を振り下ろした。

「ひどいな……もう止めろよ」
『スラッシュ』のミーティングルーム――鈴村(すずむら)がディスプレイから視線を逸(そ)らした。
「いまからが大事なところだ」
 立浪(たつなみ)はディスプレイを凝視したまま言った。
 女子生徒の頰は陥没し、鼻は曲がり、両瞼(まぶた)はゴルフボールほどに腫(は)れ上がり眼球を塞(ふさ)いでいた。
 
『おいっ、どうした!? おい……おい!』
 達臣が、ぐったりして動かなくなった女子生徒の身体(からだ)を揺さぶった。
『達臣君……死んだんじゃないの!? ヤバいよ……』
『俺ら、押さえていただけだから……』
 二人の男子生徒が倉庫から逃げ出した。
『おいっ、待て! お前ら! くそっ……』
 一人残された達臣は、震える手でスマートフォンを取り出した。
『父さん……達臣だけど……。あのさ……俺……人を殺したかもしれない……』

「どうだ? 花巻(はなまき)さんの爆弾の代わりになるだろう?」
 立浪はビデオカメラのスイッチを切ると、鈴村に顔を向けた。
「ああ。だが、これは殺害現場の動画だ。俺らの手に余る。当然、警察に提出するよな?」
 鈴村が念を押すように言うと、ブラックの缶コーヒーを呷(あお)った。
「結果的には警察の手に渡るだろう」
「結果的にって、どういう意味だよ?」
「沖田(おきた)さん……提供者が動画を渡す条件として、マスメディアの力で七年前の女子高生失踪事件を大々的に取り上げてほしいと言ってきたんだ」
「マスメディア!? お前、ネットに上げようとしてるんじゃないだろうな!? 絶対にだめだぞ!」
 鈴村が血相を変えて言った。
「落ち着け。それくらい、俺にもわかってるさ。だがな、提供者を裏切るわけにはいかない」
 立浪は淡々とした口調で言った。
「なに言ってるんだ! 情報提供者に義理立てしている場合じゃないだろう? 七年前失踪した少女の殺害現場なんて流してみろ!? 遺族から訴訟を起こされて、会社もお前も大変なことになるんだぞ!」
「だから、わかってるって。何年『スラッシュ』編集部にいると思ってるんだ」
「だったら、その動画を警察に持ってゆくんだ」
 すかさず、鈴村が言った。
「何度も言わせるな。情報提供者を裏切ることはできない」
「なら、情報提供者に返すんだな」
「それはできない」
「立浪、お前……」
「大河内(おおこうち)の息の根を止めるネタを手放せるわけないだろう!」
 立浪は鈴村を遮(さえぎ)り一喝した。
「怒鳴って悪かった。鈴村、俺を信じてくれ。会社に迷惑をかけるようなまねはしない。動画は警察に渡すのと同じタイミングでSNSに拡散する。警察の面目が立つし、沖田さんとの約束も守れる」
「それはそうだろうが、遺族は黙っていない。必ず裁判沙汰になる。そうなれば会社にも迷惑が……」
「『スラッシュオンライン』は使わない。俺個人のアカウントを使うから安心しろ。これだけの衝撃的なネタなら、どのアカウントで暴露しても同じだからな」
 ふたたび立浪は、鈴村を遮り言った。
「『スラッシュ』は大丈夫でも、お前はどうなる? 個人のアカウントであんな動画を拡散したら、遺族は絶対にお前のことを許さないぞ。よくやってくれたと、感謝されるとでも思っているんじゃないだろうな?」
「まさか。訴えられるのは覚悟の上だし、甘んじて罰を受けるよ。そのときには大河内の息子はもちろん、大河内も檻(おり)の中に入っているわけだから、俺の役目は終わっている。娑婆(しゃば)にいてもやることはないし、刑務所にいても同じだ」
 立浪は淡々とした口調で言った。
 本音だった。
 真実を知ったあの日から、父の仇(かたき)を討つことだけを考え生きてきた――それ以外に望みはなかった。
「役目が終わった? 馬鹿を言うな。お前には編集者としての本分があるだろう」
 鈴村が立浪を見据え、厳しい口調で言った。
「いま、お前と議論している時間はない」
 立浪は席を立ち上った。
「おい、どこに行くんだよ」
「編集ルームだ。早速、牧野健(まきのけん)の薬物動画をUPする準備に取りかからないと」
「花巻さんは、知ってるのか?」
「いいや。報(しら)せたら、金を強請(ゆす)り取るためにすぐに大河内と交渉を始めるはずだ。牧野の動画を拡散する前に、情報が大河内に伝わったら厄介(やっかい)だからな」
 花巻は大金を大河内から強請り取るためなら、立浪の立場など考えないだろう。
 牧野健と達臣の動画を、間を置かずに拡散するつもりだった。
 看板タレントの薬物スキャンダルで「帝都(ていと)プロ」は傾き、息子の殺した死体を遺棄(いき)した罪で大河内は檻の中に囚われる。
 花巻の出る幕は、どこにもない。
「花巻さんは牧野の動画が拡散されたほうが交渉しやすいから、邪魔はしないはずだ。な、悪いことは言わない。まずは花巻さんに報告しよう」
 鈴村が諭すように言った。
「だめだ。あの人は信用ならない。とにかく、お前は余計なことをしないでくれ」
 立浪は言い残し、ミーティングルームを出た。
                   ☆
『国民的俳優 ラウンジのVIPルームで覚醒剤をキメてご乱交!』
『牧野健 会員制高級ラウンジで美女と薬物吸引!』
『衝撃! 牧野健がラウンジ美女と覚醒剤!』

 五坪の空間、一脚のスチールデスク、二台のデスクトップのパソコン。
 編集ルーム――立浪はデスクチェアに背を預け、ディスプレイに表示された見出しを見比べた。
 昔は写真修正のためにカメラマン専用の部屋になっていたが、パソコンが普及してからは「スラッシュオンライン」に使う動画の編集室となった。
 鈴村と別れて、既に二時間以上が経っていた。
 雑誌の「スラッシュ」に掲載するわけではないが、立浪は拘(こだわ)った。
 牧野健のスクープを、一人でも多くの人間の眼に触れさせたかった――一人でも多くの人間に、大河内自慢の宝物を糾弾(きゅうだん)してほしかった。
 立浪は壁掛け時計を見た。
 午後七時三十分。
 今夜は徹夜になるだろう。
 明日の正午までには、記事を拡散したかった。
 デスクの上に置いていたスマートフォンが震えた。
 ディスプレイに表示されたのは、花巻の名前だった。

(第58話につづく)

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