第33話 人の弱味は僕にとって甘い蜜だからさ――そう言って笑う花巻

文字数 3,011文字

 ディスプレイに表示されたのは、新聞や週刊誌の記事の切り抜きを編集したものだった。

モデルプロダクション社長、高利貸しから借金後に失踪
モデル事務所の社長、消費者金融から五千万の借金を踏み倒し行方不明
「Sスタイル」社長、月一割の街金融から借金、踏み倒し、失踪
二十歳年下のキャバクラ嬢に入れ揚げ貢ぐ
十九歳キャバクラ嬢に嵌った中年男の悲劇

「どこの新聞も週刊誌も、引き抜きトラブルのことなんて一文字も書いてないでしょ? 中富社長がキャバ嬢に入れ揚げて高利貸しから借金した挙句に失踪だなんて、ひどいでたらめ記事だよねぇ」
 花巻が下唇を突き出し、首を横に振った。
「新聞社や出版社に圧力をかけたんでしょう」
「いや、それはないね」
 立浪が言うと、花巻が即座に否定した。
「悠梨ってモデルを不問にする代わりに引き抜きトラブルについて口を封じ、中富社長を消した後に失踪の理由を後付けしたのさ。死体が発見されないかぎり、中富社長は借金を返せないで飛んだ不良債務者扱いになるよねぇ。そんな奴は日本に腐るほどいるから、警察もいちいち捜索しないし。さすがに悪さばっかりしているだけあって、うまいこと考えるよねぇ。完全犯罪だよ。ただし、この動画が存在しなければの話だけどさ」
 花巻がしてやったりの表情で、ノートパソコンを指差した。
「よく、大河内の弱味が摑めましたね」
 立浪は言った。
 お世辞ではなく、本音だった。
「悪党は少し叩(たた)けば埃(ほこり)だらけだから簡単さ。でも、僕は金になるなら善人もターゲットにするけどねぇ」
「善人は叩いても埃は出ないでしょう?」
 鈴村が口を挟んだ。
「鈴村ちゃんは、わかってないね~。弱味っていうのはさ、犯罪である必要はないのよ。その人間にとって世の中に知られたくないこと、秘密にしておきたいことであればいいの。不倫は犯罪じゃないけどさ、社会的地位の高い人間や有名人なら口止め料に一千万や二千万の金を払うからね。人の弱味は僕にとって甘い蜜だからさ」
 花巻が悪びれたふうもなく言うと、野卑(やひ)な笑みを浮かべた。
 やはり、油断のならない男だ。
「この動画の存在を、大河内に明かすんですか?」
 立浪は本題に入った。
 桜愛美(さくらまなみ)のスキャンダルが来週の火曜日に記事になったら、大河内はどんな手を使ってでも「スラッシュ」と立浪を潰しにかかるだろう。
 大河内の息の根を止めるための準備を急ぐ必要があった。
「いずれは明かすけど、タイミングが重要だよね。下手(へた)に突っつくと逆襲にあう危険性のある相手だから、一発で仕留めなきゃならない。僕は大河内から金を引っ張るのが目的だけど、お兄ちゃんは大河内を社会から抹殺(まっさつ)したい……だよね?」
 花巻の問いかけに、立浪は頷いた。
「だったら、こうしようよ。お兄ちゃんが大河内に、中富社長のリンチ事件の現場をおさめた動画が匿名(とくめい)で送られてきたことを告げる。お兄ちゃんは三億で買い取るように交渉する。もちろん、すぐに大河内が払うはずがない。その間に今度は僕が大河内に動画を買い取るように迫る。当然、大河内はお兄ちゃんのことを言ってくる。僕は『スラッシュ』に二億で買い取ってくれないか打診したと言う。つまり、動画の存在を知ったお兄ちゃんが単独で大河内を強請(ゆす)ったという構図を作る。それを知った僕は大河内に二億で交渉する。ここでも、大河内は難色を示すはずだ。一億八千万、一億五千万、一億三千万、一億。僕は渋々ディスカウントし、最終的に一億で手を打つ。大河内からすれば、殺人罪に問われる可能性のある動画を一億で買い取れるなら安いものさ。でも、最初から僕が一億で交渉していたら、大河内は簡単には払わないよ。メジャー写真誌の『スラッシュ』に勤める宿敵のお兄ちゃんが、三億を強請った前振りがあるからこそ僕の交渉がスムーズに運ぶんだよ。僕の狙いは、端(はな)から一億だからさ」
 花巻が愉快そうに笑った。
 だが、糸のような細い一重瞼(ひとえまぶた)の奥の瞳は笑っていなかった。
「花巻さんは目的を達成できますが、立浪の目的はどうなるんですか? 花巻さんが一億を手に入れたら、大河内を抹殺できなくなりますよ」
 鈴村が訝(いぶか)しげな表情を花巻に向けた。
「どうして? 抹殺すればいいじゃない」
 花巻は小さくなったスティックキャンディを舐(な)めながら、さらりと言った。
「でも、花巻さんが一億と引き換えに動画を渡してしまうと潰せなくなりますよ」
 鈴村が疑問を口にした。
 立浪には、花巻の考えがわかっていた。
「コピーがあるから安心していいよ」
「え!? じゃあ、大河内を騙(だま)すんですか!?
「そんなに驚くこと? 鈴村ちゃん、忘れてない? 大河内は殺人犯だよ? 人殺しを騙して一億を奪っても、バチは当たらないでしょう」
 花巻が、あっけらかんと言った。
「私が心配しているのは、そういうことじゃありません。一億を払ったのにコピーの動画で立浪に脅されて……奴がおとなしく従うはずないですよ! 手負いになった獣はなりふり構いません。あなたも、大河内という男を知っているでしょう!? 立浪の命を危険にさらすわけにはいきません!」
「鈴村ちゃん、僕がどういう男かも知っているよね? 目的を達成するために手段を選ばないのは、僕も同じさ。僕の目的を達成するためにお兄ちゃんを利用する。お兄ちゃんも僕のネタを使って目的を達成すればいいじゃない。お互いに利用し合ってお互いの目的を達成する。こんなにウィンウィンの話がほかにあると思う?」
 花巻がスティックキャンディをくわえ、両手の親指を立てて鈴村に突き出した。
「その代償として立浪が危険な目に……」
「やりましょう」
 鈴村を遮り、立浪は言った。
「おい、立浪、なにを言っているんだ!? 俺の話を聞いてなかったのか!?
「聞いていたよ。お前は手負いになった獣同然の大河内は怖いと言っていたが、逆を言えば大河内を手負いにできるだけの強力なネタということだろ? 失踪事件で片付けられている中富社長をリンチしている動画は、警察を動かすだけの力がある。大河内が中富社長を殺していれば、殺人罪に問われるはずだ。そんな切り札を使えるんだから、危険はあたりまえだろう。そもそもお前が、花巻さんが阿漕(あこぎ)な稼業(かぎょう)をしていると知った上で俺と引き合わせたんじゃないか?」
 花巻を立てたわけではない。
 虎を仕留めるのに危険はつきものだ。
 だが、虎を仕留める前にジャングルに潜む毒蛇に咬まれて命を落とす可能性もある。
 花巻という毒蛇(どくじゃ)には、大河内という虎と同じくらいの警戒心が必要だ。
「お兄ちゃんの言う通り! 僕がこんなに貴重なお宝を無料で使わせてあげるんだから、それくらいの危険を冒すのは当然でしょう? 本来なら最初に大金を払って、動画を買い取らなければならないんだからさ。僕が大河内から一億を引っ張る協力するのは、あたりまえじゃないの? ということで、大丈夫?」
 花巻が、鈴村から立浪に顔を向けた。
「ええ、大丈夫です。一つ確認したいのですが、花巻さんは大河内が中富社長を殺したと思いますか?」
 立浪は、花巻を見据えた。

(第34話につづく)

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