【Day to Day】『コロナ禍の先へ』

文字数 2,227文字

【2021年4月開催「2000字書評コンテスト:『Day to Day』『MANGA Day to Day』『Story for you』」受賞作】


コロナ禍の先へ:書評『Day to Day』『Story for you』


著・mika

 ボッカッチョの『デカメロン』は、十人の男女がペストから逃れるため、フィレンツェ郊外の別荘に引きこもり、それぞれ一日一話ずつ全百話を物語る。ルネサンス初期の人々が、疫病による危機をどう生きるかについて語り合った名作である。
 世界規模で新型コロナウィルスが猛威をふるった2020年4月から、日本の作家たちによる物語やエッセイが一日一話ずつ、文芸メディア「tree」で発表された。『Day to Day』と名づけられたこの試みは、全百話からなる現代日本版『デカメロン』だ。

「7月8日 京極夏彦」は、コレラやスペイン風邪など過去に起こった同様の危機を人々がどう乗り越えたか語る。
「4月17日 周木律」は、予期せぬ事故による深刻な危機を乗り越え、地球に帰還したアポロ13号の逸話を語り、「僕たちも、知恵と忍耐と勇気を持って立ち向かおう」と読者に呼びかける。
「6月3日 知念実希人」は、姿の見えないウィルスという「敵」に立ち向かう男を描く。気を抜けば自分も「敵」に襲われる「戦場」で、彼は「自分はヒーロー。人類の『敵』と戦うヒーロー」と自分自身を奮い立たせる。世界中で命を賭して「敵」と戦う医療従事者たちは、まさに「数多の英雄」だ。
「6月1日 月村了衛」は、恐ろしいのはウィルスだけではないと伝える。小学三年生の孝史は、母親から「もう裕太くんに近寄ったらあかんで。一緒に遊んだりしたら二度と家へ入れへんからな」と怒鳴られる。孝史の一番の仲良しだった裕太の母親は、病院に勤めていた。感染者や医療従事者への差別が子供の心に影を落とす。

 昨年7月1日から8月31日まで一日一話ずつ「tree」で発表された『Story for you』は、全62話からなる子供のための物語集だ。
「7月13日 鯨井あめ」は、中学二年のナナとララが学校帰りにアイスを買い、公園でその冷たさを楽しむ。「今年だけ体験できる、八月の放課後」という言葉に、ハッとさせられる。例年ならば夏休みに入っている8月、全国各地の学校で休校による遅れを取り戻すため、真夏の授業が行われた。「生きかえれ、夏休み」というナナの叫びに、なくなった夏休みへの子供たちの思いを感じる。
「8月20日 大崎梢」は、小学五年の亜美が偶然に視覚障がいのある少女と出会う。亜美は「わたしのお母さんが病院で働いてるから、うつしたら悪いと思って」と泣きそうになって下を向く。亜美は近所の人にもクラスメイトにもウィルス保持者のように恐れられていた。障がいのある少女の母親は、「うちはずっと、病院の先生にも看護師さんにも薬剤師さんにもお世話になっているのよ。もしかしたらあなたのお母さんにも会っているのかも。とても感謝している人がいると伝えてね」とやさしく声をかけた。

 私たち大人の言動次第で、子供たちの心は傷つけられたり、癒されたりする。姿の見えない「敵」はウィルスだけではなく、私たちの心の中にあることを物語は教えてくれる。
 昨年、アメリカではアフリカ系アメリカ人への差別に抗議するBLM運動が盛り上がった。今年3月にはアジア系差別への抗議を訴えるデモが起こった。疫病がもたらした恐怖は差別感情をあおり、日常生活を奪っている。
 子供たちが物語を通じて、差別する側とされる側、双方の気持ちを理解することは、この先に差別をなくす一助となると思う。

 疫病による危機を乗り越えた先に、よりよい社会をどう築くのか。子供たちのために紡がれた『Story for you』の中に、そのヒントを見つけることができる。
「7月8日 矢野隆」は、なぜ敵国を憎んでいるのか分からないほど長く争いが続いている二つの国、その睨み合う敵味方のど真ん中で武器を捨て、「もう止めよう」と叫んだ若い兵士が描かれる。 
「7月6日 浅生鴨」は、巨大な壁に囲まれた村に暮らす13歳のニキが壁の割れ目を見つけ、壁の向こう側に暮らす少女と出会う。ニキは「壁の向こうは化物の住む恐ろしい場所」だと言い聞かされていたが、壁の向こう側の少女は「そっちの人って、みんな病気なんでしょ?」と尋ねる。壁のこちら側も向こう側も互いに差別し合っていたことが窺える。ニキは壁の向こう側を知った。巨大な壁が取り壊される未来も近いかもしれない。
「7月18日 今村翔吾」は昔話の桃太郎を鬼の視点から描く。肌の色によって鬼と蔑まれてきた赤丸は、自分たちの財宝を奪いに来た桃太郎に「金なら分けてやる」と言う。桃太郎の村は疫病によって困窮していた。赤丸は「困った時はお互い様だ。今は争うべきではない。戦うべきは他にいるのだ」と桃太郎に教え諭す。

『Day to Day』と『Story for you』に共通するのは、物語の力強さだ。図書館も書店も閉鎖していた時に、オンラインで本作に励まされた若い読者が多かった。今年3月に刊行されたことで、ウェブ小説に馴染みのない読者も、これから手に取ることができるだろう。

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