第23話 所属事務所の社長とトップアイドルが仲よさそうに現れた

文字数 3,414文字

「それよりさ、これ、いつまでも抱いてなきゃなんないの? 邪魔なんだけど」
 小百合が、赤子のぬいぐるみの頭を叩(たた)きながら迷惑そうに訊ねてきた。
「カムフラージュのためです。赤ん坊を抱いているというだけで、ターゲットはマスコミかもしれないという警戒心を解くものです。それに、車内の女性が小百合さんかもしれないと疑われる確率も低くなります」
 立浪は、淡々とした口調で言った。
「お前が張り込みに連れて行ってくれって頼んできたんだろうが? ごちゃごちゃ文句を抜かすなら、車から降りろ」
 三上が口を挟み、スライドドアを指差した。
「嫌よ。写真撮られたときの愛美の引き攣(つ)った顔を、この目で見たいんだから」
 小百合が言うと、三上が呆れた顔で首を左右に振った。
「写真が撮れて記事にするときに、愛美さんと広瀬社長が『ロアビル』の前で待ち合わせて『エンジェル7』の研究生が使っていた寮で逢瀬(おうせ)を重ねていたと、小百合さんに証言して貰(もら)いたいのですが、受けて頂けますか?」
「私が!?
 小百合が弾(はじ)かれたように立浪を見た。
「できれば。もちろん匿名(とくめい)でも構いませんが、同期のメンバーが実名でインタビューに答えるのとでは信憑性(しんぴょうせい)と衝撃度に雲泥(うんでい)の差があります」
「そんなこと、できるわけないじゃない! 名前なんて晒したら私が非難されるし、それに、社長に殺されるわ!」
 小百合のヒステリックな声が車内に響き渡った。
 予想通りのリアクションだった。
「立浪ちゃん、そりゃそうだ。いくらなんでも、実名公表なんてできるわけねえだろう。実名じゃなくても、元研究生って表記だけで十分なインパクトだ」
 三上が、打ち合わせ通りの言葉を口にした。
「元研究生か……それじゃ弱いが、業界関係者とかあやふやにするよりはましかもしれませんね」
 立浪も、打ち合わせ通りに事を進めた。
「元研究生って、私は現役のメンバーなんだけど!?
 小百合が、憮然(ぶぜん)とした表情で言った。
「なら、現役のメンバーだと書いていいんですか? そんなことしたら犯人探しになりますよ? ウチとしてはそのほうが説得力ありますが、小百合さんのためを思って妥協案を出しているんです。それとも、現役メンバーで行きますか?」
「行くわけないでしょう! 元研究生でいいわよ」
 小百合がふて腐れたように言った。
 三上が、小百合の背後で片目を瞑(つむ)った。
 立浪の狙いは端(はな)から、元研究生という表記での掲載を小百合に納得させることだった。
 いまでこそすんなり受け入れているが、最初から立浪が元研究生で表記することを提案したら断ったに違いない。
 最初は実名で掲載したいとハードルを上げておいて、最終的には元研究生に落とせば小百合も受け入れるという読みが当たった。
 遠くから、甲高(かんだか)いエンジン音が聞こえてきた。
 特徴のある排気音で、スポーツカーであることがわかった。
 車内に緊張が走った。
「社長の車よ」
 小百合が向けた視線の先――およそ二十メートル離れたスロープを下りてくる黒のフェラーリ。
 駐車スペースに駐(と)められたフェラーリのドライバーズシートから男が、パッセンジャーシートから女が降りてきた。
 女はキャップと眼鏡をかけているが恐らく愛美で、黒のガウチョパンツの上に白のTシャツをシンプルに合わせたモデル風ファッションだった。
 男は短髪に陽灼(ひや)けした四十代と思しき中年男性で、白のデニムパンツにサーモンピンクのニットセーターという若作りファッションで決めていた。
「二人に間違いないですね?」
 立浪は小百合に確認した。
「間違いないわ! 愛美と社長よ!」
 小百合が興奮した口調で即答した。
 三上の腕が、さりげなく愛美の腰に回った。
 愛美は驚いたふうもなく、二人の関係の深さを物語っていた。
 立浪はドライバーズシートのパワーウィンドウを下げた。
 阿吽(あうん)の呼吸でドライバーズシートの背後に移動した三上が、望遠カメラを連写した。
 愛美が広瀬の腕を振り払ったが、時既に遅し――決定的瞬間は、三上のカメラに捉えられていた。
「三上さん、行きますよ」
 立浪は言い終わらないうちに車外に出た。
 スライドドアが開くと同時に、三上も立浪のあとに続いた。
 立浪と三上はアルファードの陰に身を隠し、二人が近づくのを待った。
 三上は接写に備え、すでにレンズを交換していた。
 マンション内に続くエレベーターに乗るには、立浪達の目の前を通らなければならない。
 次第に、二人の足音が近づいてくる。
 立浪は三上に目顔で合図し、アルファードの陰から飛び出した。
 突然、目の前に現れた二人の男に、愛美と広瀬が顔を強張(こわば)らせ固まった。
 三上の連写するシャッターの音が、地下駐車場で続いている。
 肉食獣に狙われた小動物が岩陰に隠れるように、愛美が広瀬の背後に回り込んだ。
「お前ら! どこの社だ!?
 状況を察した広瀬が、険しい形相で問い詰めてきた。
「日光社(にっこうしゃ)『スラッシュ』ニュース部の立浪です。あなたは『エンジェル7』の所属事務所の『ニュースタープロ』の広瀬社長ですよね? そして、連れの女性は『エンジェル7』のセンターのアイミーこと桜愛美さんですよね? 既婚者で所属事務所の社長であるあなたとアイミーが不倫交際していると情報が入ったのですが、お認めになりますか?」
 立浪はコンパクトジンバルカメラを広瀬に向けながら、矢継ぎ早に質問を浴びせた。
 立浪は一つ一つの質問に答えがほしいわけではなく、「オンラインスラッシュ」で突撃取材を流す際のインパクトを優先した。
「な、なにを馬鹿なことを言ってるんだ! そんなこと、あるわけないだろう! おいっ、カメラを……」
「このビデオカメラの動画は、スマートフォンに転送されています。インタビュー動画はすべて『オンラインスラッシュ』で配信しますので、言動にはお気をつけになったほうがよろしいかと思いますよ」
 立浪の忠告を装う恫喝(どうかつ)に、広瀬が三上に詰め寄ろうとした足を止めた。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ。こっちの話も聞かないで配信するなんて、一方的だろう?」
 置かれている状況を察した広瀬はトーンダウンし、冷静になったぶん事の重大さを実感したのか顔面が蒼白(そうはく)になっていた。
 無理もない。
 国民的アイドルグループの不動のセンターと妻のいる男性の不倫スクープは、「エンジェル7」とアイミーの関わる仕事の規模を考えると甚大な額の違約金を生み出すだろう。 
 しかも不倫だけでも大スキャンダルなのに、相手が所属事務所の社長となるとその衝撃は計り知れない。
「だからいま、お話を伺っているんです。お二人が不倫関係でないというのならば、きちんと説明してください。なぜ、現在は使用されていない元寮にお二人でいらっしゃったのか。カットしたりせず、そのまま配信しますから」
 立浪は、平板な口調で言った。
「わかった。わかったから、いったん、動画撮影をやめてくれないか? 一分、いや、三十秒でいい。そのあと、きちんと取材に答えるから。頼む」
 立浪に懇願する広瀬――愛美は広瀬の背後で顔を両手で覆い、俯(うつむ)いたまま銅像のように動かなかった。
「わかりました。三十秒だけ止めます。なんですか?」
 立浪は言うと、ジンバルカメラのスイッチを切った。
「お前は、ウチの親会社がどこだか知らないのか?」
 動画撮影を中断した途端に、広瀬の言葉遣いも眼つきも一変した。
 いや、素に戻ったというほうが正しい。
「はい。『帝都プロ』で社長は大河内さんですよね?」
 立浪は涼しい顔で答えた。
「それを知っていながら系列のドル箱タレントを潰すようなまねをして……」
「三十秒経ちました。話がそれだけなら撮影を再開します」
 立浪は広瀬を遮(さえぎ)り、事務的に告げた。
 もちろん、覚悟の上だ。
 というより、大河内が出てくるのを待っていた。
 大河内がどれだけ危険で狂暴な猛獣かを……これまでにどれだけの血肉を喰らい帝国を築いたかを世間に知らしめるのが目的だった。
(第24話につづく)

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