力攻め不可!「戦国最強の山城」その強さのワケを徹底分析!

文字数 3,025文字

好評のうちに完結した『謀聖 尼子経久伝』シリーズ。その著者で「中学一年生の頃から尼子経久が好きだった」という生粋の‟尼子マニア”である武内涼氏が、尼子氏の故郷、島根県安来市を訪問。尼子氏の居城にして「戦国最強の山城」という呼び声も高い月山富田城跡など、尼子ゆかりの地を巡って往時に思いを馳せる。さらには、日本一の庭園を眺めたり、ご当地グルメに舌鼓……城郭マニア、戦国マニアのみならず楽しめる武内涼氏の安来探訪レポート
和鋼博物館にて、日本刀を構える武内涼氏。中国山地はたたら製鉄による鋼の一大生産地。「鉄」を押さえたことが尼子氏の繁栄につながった。※特別な許可を得て撮影。
「謀聖」の城は堅牢にして巨大。出雲文明の集大成!
歴史資料館館長・平原金造さんの説明を受ける武内氏。「歴史家の磯田道史氏は、『出雲文明の最後の結晶が、月山富田城であった』とおっしゃっています。ただ難攻不落の城であったというだけではなく、月山富田城や尼子経久が築いた街は、出雲文明の集大成ともいうべき場所なのです」(平原氏)
「経久は宇喜多直家、毛利元就と並び『中国の三大謀将』の一人に数えられ、『雲州の狼』とも呼ばれました。下剋上大名のハシリともいうべき人物です。しかし、同時に『天性、無欲正直の人』とも評されていて、経久は、貴重な刀剣や駿馬でも、無造作に家臣に与えてしまったそうです。また、貧しい領民に出会うと、自らの衣服を与えて食料を施す。領内の年貢率も低かったと思われ、民にも慕われていました」


尼子経久の魅力をこう語る武内氏。戦国初頭、一度は浪々の身となるも、ついには山陰山陽十一ヵ国の太守となった経久。その躍進は、難攻不落とも最強の山城とも称される月山富田城を奪取したことから始まるのだ。


まず、武内氏は月山富田城の麓にある安来市立歴史資料館を訪ね、往時の城を模したジオラマで全体を俯瞰。その後、いよいよ登城にかかる。

谷筋の道を、息を切らして登る。頭上の尾根には複数の曲輪があり、そこから弓矢などで攻撃されたらひとたまりもないだろう。巨大な土塁や石垣を越えたのちに現れるのが山中御殿平。山の中腹にあるのだが、そうとは思えぬほど平らで広い空間で、この城の巨大さが実感できる。


しかし、本丸など主要な郭部がある山頂に至るには、さらに「七曲り」と言われる600mほどの九十九折れの急な山道を登らねばならないのだ。まさに「一夫関に当たれば万夫も開くなし」といったとことろ。


この城の構造の関しては、次回「『これは殺られる!』城郭マニアの震えが止まらない最強山城!」で詳述するとして、武内氏はこの城の強さについてこう語る。


「力攻めは難しいでしょうね。しかし、この城は長期の籠城戦にも強かったのです。籠城の際、山城では最大の難点となるのが水の補給ですが、山中御殿にも大井戸がありましたし、『山吹の井戸』は山頂付近にあるにも関わらず今も自噴しています。食料の備蓄は大前提ですが、山中の木の実などで不足を補うこともできたでしょう。経久の跡を継いだ晴久の時代ですが、第一次月山富田城の戦いでは、大軍によって城を包囲した大内・毛利の連合軍を撃退し、追撃によって大内・毛利軍に痛手を与えています。この敗北が、大内氏の衰亡の要因となりました」


尼子経久自身は、いわば‟奇計”を用いてこの城を奪取したわけだが、それは『謀聖』とまで言われた経久の智謀があったからこそできた業。その‟奇計”については、ぜひ『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』をお読みいただきたいが、武内氏はさらにこの城の「強さの本質」をこう分析した。


「第二次月山富田城の戦いでも、毛利軍は城を包囲して兵糧を絶ちました。城下の田畑で稲刈り、麦刈りを断行し、周囲の山に付け城を建てて監視するという徹底した包囲で、城は完全に孤立します。それでも尼子の領民の中には、監視をかいくぐって城内に兵糧を届けた者がいたそうです。城内の混乱もあり、結局、義久(経久の曾孫)は降伏、開城することになりますが、そんな状況でも尼子を応援しようとする領民がいたという事実こそ、尼子の強さ、そして、この城の強さの理由の一つといえるのではないでしょうか」


月山富田城から、中海方面を遠望。島根半島、弓ヶ浜半島、日本海まで見渡せる。
経久とその父・清貞の墓所がある、安来の洞光寺の住職と。
最強の山城の後は「日本一の庭園」。経久が浸かった温泉も!
「20年連続日本一」、足立美術館の庭園。周囲の山を借景とした見事な庭園だ。
月山富田城が日本一の山城だとしたら、安来にはもう一つの「日本一」がある。


城下のほど近くにある足立美術館は日本画の巨匠・横山大観のコレクションなどで有名だが、その庭園はさらに有名。それもそのはず、足立美術館の庭園は、アメリカの日本庭園専門誌『数寄屋リビングマガジン/ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』の「日本庭園ランキング」で「20年連続日本一」に選ばれているのだ。


美術に興味がある方なら、ぜひ加納美術館にも足を延ばしてほしい。豊富な備前焼のコレクションや、生涯を平和運動に捧げた画家・加納莞蕾の作品を見ることができる。


登城の疲れを癒す温泉もある。城下にある「さぎの湯」は「御殿湯」と呼ばれ、尼子ゆかりの温泉。尼子経久も浸かったであろうお湯で、文字通り殿様気分を味わえる。


旅の喜びの一つ、グルメも充実している。高級魚のノドグロや宍道湖のシジミ松葉ガニなどの「海の幸」はもちろん、出雲そば島根牛牡丹鍋など「山の幸」にも恵まれているので、その両方を楽しめる。


「月山富田城からは飯梨川を通じて中海、日本海が見渡せます。美保関の公用銭、たたら製鉄の鉄が尼子家の強さの源泉ですが、それだけに限らず、まさに出雲の豊かな山海の恵みを受けて発展したのが尼子だと言えるでしょう」(武内氏)


「出雲の恵み」が詰まった安来市を皆様もぜひ、訪れてみてほしい。

加納美術館にて、加納莞蕾氏のご息女で、学芸員でもある加納佳世子氏と。
尼子経久も浸かった温泉で殿様気分。安来のグルメも味わえる「さぎの湯荘」は足立美術館徒歩一分。
安来駅近く、創業50年の老舗「志ばらく」。出雲そば、絶品です。
おいしいステーキやハンバーグが味わえる「グルメ&コーヒー 舶来屋」
安来市で行われた講演会の様子。尼子愛に満ちた聴講者で会場がほぼ満員に。
大好評! 武内涼著「謀聖 尼子経久伝」シリーズ、堂々完結!

世は戦国初頭。一度は浪々の身となるも、ついには山陰山陽十一ヵ国の太守となった尼子経久。戦国武将の端緒とも言われるその生涯を描く、文庫書下ろし「国盗り」歴史巨編!


『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』(第一巻) 

『謀聖 尼子経久伝 風雲の章』(第二巻) 

『謀聖 尼子経久伝 瑞雲の章』(第三巻) 

『謀聖 尼子経久伝 雷雲の章』(第四巻)

武内涼(たけうち・りょう)

1978年群馬県生れ。早稲田大学第一文学部卒業。映画、テレビ番組の制作に携わった後、第17回日本ホラー小説大賞の最終候補作となった原稿を改稿した『忍びの森』で2011年にデビュー。'15年「妖草師」シリーズが徳間文庫大賞を受賞。'22年『阿修羅草紙』で第24回大藪春彦賞を受賞。主な著書に『秀吉を討て』『駒姫―三条河原異聞―』『敗れども負けず』『東遊記』『暗殺者、野風』『阿修羅草紙』『源氏の白旗 落人たちの戦』「源平妖乱」シリーズなど多数。

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