第23回

文字数 2,810文字

「密は避けよ」「旅には出よ」と政府の旗揚げゲームめいた指示に踊る2020年・秋。

連休には各地が観光客で賑わうニュース映像が踊り、空気は変わってきたのかもしれません。


観光もいいけど、でもボクらはやっぱりひきこもり。

そうは思いませんか?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、困難な時代のサバイブ術!

皆さまにも実践していただける、「ひきこもり生活」を実現すべくはじめた「不労所得・生活編」だが、まだ高く飛ぶ前の助走として後ろに下がっているところなので、お伝えできることは特にない。

ちなみにロケ地は東尋坊なので、あと3歩ぐらい後退したらなんらかのハプニングが起きるかもしれないが、死んだ方が儲かるレベルで保険に入っているので心配はいらない。


むしろ保険費で生活が苦しいぐらいだ。


このように「保険関係の仕事をしている人間と親戚関係になるな」というのも、ひきこもり生活実現には欠かせない要素である。俺のように結婚するなどもってのほかだ。


初日に6桁万円のマイナスを出して以来放置していた証券口座に久々にログインし、株を買い増したその日に首相辞任で日経平均がホーンテッドマンションしたところまでは話したと思うが、その後買った米国株なども、私が買った途端軒並み下落している。


この世に生を受けて早や40年弱、様々なことに「才能がない」と気づいてきたが、まさかこの年でここまで才能がない分野にまだ出会えるとは思っていなかった。

逆に言えば、40過ぎてから、屁が常人の10倍臭いなど、埋没していた己の才能に気付けるかもしれない、ということだ。自分を凡人などと決めつけるのは死ぬまで早い。


私も最近、投資だけではなく、「人間の才能がない」という新たな可能性に気付きはじめている。これは逆に言えば「土とかに向いている」という才能の発見である。

まだ土には作物を育てたりする力があるので、正確には「砂漠の才能がある」と言った方がいいかもしれない。


このように、ひきこもりとして生きていくなら「自己分析」というのは必要不可欠である。

自分は何が得意で何が不得意なのか、何が大切で何がそれほどいらないのかを理解することで、不得意なことを避け、得意なことを生かし、いらない物への金や時間などのコスト削減をすることで、ひきこもり生活実現の難易度はぐっと下がっていくのだ。


逆に自己分析段階で、自分は外で働いたり他人と関わることがそんなに苦ではない、とわかったなら、ひきこもり生活を目指す必要すらない。


まず「そこまでしてひきこもりてえか」という「NYへ行きたいか」レベルの己の意思確認が必要である。


ところで、なぜ突然、投資損失を増やす気になったかというと、ここで目指すひきこもり生活というのは、いわゆるセミリタイア、アーリーリタイヤ、最近でいうとFIRE(Financial Independence, Retire Early)なのではないか、と思い至ったからだ。


ただ、小さくまとまって暮らすことを「ミニマリスト」と呼ぶと途端にしゃらくさくなってしまうように、ひきこもり生活も、セミリタイアとか、ファイナンシャルインディペンデンスデイ(主演:ウイルスミス 吹替え:山寺宏一)とか言い出すと、鼻持ちならなくなって全人類から失敗と不幸を願われるようになるため、あくまでひきこもり、と言いたい。


セミリタイアとかアーリーリタイアとか定義は細かくあるのだろうが、簡単に言えば、早いうちに一生暮らせるだけの金を用意し、若くして定年生活を始める、みたいなことである。


実にけしからん舐めた生活であり、何より羨ましい。

よって、私もしばらく「FXで大損した人」に並んで、「セミリタイア 失敗」で検索しまくった時期があった。

しかし、驚くことにセミリタイアの失敗というのは、金が尽きたという例もあるが「やることや、他者との交流がないことに病んできたので、金はあるけど結局バイトをはじめた」という、わけのわからん状況に陥った失敗の方が多いのである。


しかし、生活のために働くのと、精神の健康のために働くのでは悲壮感が違うだろう。自分だってできることならそういう生活がしたい。


このように、定年生活とセミリタイア、そしてひきこもり生活には共通点が多い、ひきこもり生活指南書は少ないが、セミリタイア本は結構ある。それらが参考になるのではと思った次第である。


いろいろなセミリタイア方法を調べてみたが、大体手順は一緒であり、まず最初にやることは「労働で金を稼ぐ」だ。

この時点で「私は部屋に帰らせてもらう」と言いたくなる人も多いだろうが、ここをナシにしようとすると「宝くじを当てる」「犯罪を犯す」など、逆に再現性が一気に低くなってしまう。


そして、労働で貯めた金を投資に回して増やし、一生暮らせる金が貯まったらリタイアする、というのが基本的なセミリタイア方法である。

「ね?簡単でしょ?」というボブ・ロス(CV石井隆夫)の声が聞こえてきそうだが、これが一番誰でもできるセミリタイア方法だそうだ。


こんなの高収入の人間にしか出来ないだろうと思うかもしれないが、そこまででなくても、支出の方を減らし、出来るだけ投資に回す金額を多くすれば可能だという。

セミリタイアを成功させるには、「収入」か「投資技術」か「ケチ」のどれかの要素を高くする必要があるらしいが、一番再現性と成功率が高いのは「ケチ」だそうだ。確かにケチならまだ誰にでも出来る。


そんなわけで、本に書いてあることを鵜呑みにして投資をはじめ、さらに含み損を増やしているのが今である。


しかし、セミリタイアのための投資というのは、一時期の暴落に一喜一憂するものではないということもこぞって書かれている。


よって今は、どんなマイナスを見ても「まだ焦る時間じゃない」のポーズをとったり、右の口角だけ上げて肩をすくめるポーズをする練習をしている。


できれば、セミリタイア本には「どの段階になったら焦るべきか」も書いていただきたい。このままでは、平静を装ったまま死ぬような気がしてならない。

★次回更新は10月9日(金)です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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