第12話 スキャンダルを恐れない、したたかなタレントの提案は!

文字数 3,884文字

 すべてが、立浪のシナリオ通りに運んだ。
 立浪が柏木を直撃したのは、彼の驕(おご)りと過信を見越してのことだった。
 事務所よりも自分のほうがうまく事をおさめられるという思いのある柏木なら、単独取材に応じる可能性があると考えたのだ。
 自分に都合のいい記事を書かせる方向に持ってゆけると、柏木は本気で思っている。
 事務所が入れば、たしかにすぐに事実を認めるだろう。
 翌週には柏木のスキャンダルは大々的に報じられ、天国から地獄へ叩き落される。
 だが、それは彼にとって最悪の事態ではない。
 事務所が全面的にスキャンダルを認めるのは、小火(ぼや)のうちに鎮火(ちんか)するためだ。
 世間の好奇心も新展開がないかぎり、二週間を過ぎたあたりから急速に薄くなる。
 違約金を払い謹慎して禊(みそぎ)をすませば、以前の立ち位置に戻るのは難しくても芸能界復帰の可能性は残されている……地獄から生還することができるかもしれない。
 しかし、スキャンダルをなかったことにしようと噓を吐(つ)いて後追い報道で発覚した場合、柏木は再起不能の痛手を負ってしまい、天国はおろか地上に戻ってくることもできない。
 尤(もっと)も、そのほうが何週にも亘(わた)ってトップページを飾るネタになるので立浪にとっては好都合だ。
「では、一つずつ誤解を解いていきますね。まずは、杏奈君は恋人ではなく僕のスタッフです。といっても、事務所のスタッフではなく僕の専属マネージャーです」
「彼女は、柏木さんが個人的に雇ったマネージャーさんということですか?」
 立浪が訊ねると、柏木が頷き二粒目のボンボンショコラを口に放り込んだ。
「素朴な疑問ですが、柏木さんの事務所には優秀なマネージャーさんが大勢いらっしゃるでしょう? どうして、わざわざ外部の人間を雇うんですか?」
 立浪は、ひとまず柏木を泳がせて様子を見ることにした。
 ネタ元を杏奈だと明かすのは、あとのほうがいい。
 柏木が噓を吐けば吐くほどに立浪にとっては好都合だ……二の矢、三の矢を放つネタを集めることができる。
「たしかにウチの事務所はマネージャーの頭数は揃っていますが、タレントも大勢所属しているのでケアレスミスが多いんです。軟水のミネラルウォーターしか飲まないのに硬水を買ってきたり、コーヒーはアカシアの蜂蜜でしか飲まないのにレンゲの蜂蜜を持ってきたり……どれも些細(ささい)なことですけど、僕は完璧主義者なのでその日一日のリズムが狂ってしまって、仕事に支障を来(きた)してしまうんですよ。だから、僕に専念できるマネージャーがほしかったんです」
「杏奈さんとは、どちらで知り合ったんですか?」
 立浪はトラップを仕掛けた。
 杏奈と柏木の出会いは西麻布(にしあざぶ)のラウンジ――噓を吐いてくれれば、ネタがさらにおいしくなる。
「西麻布の『ルージュスター』というラウンジです。僕はお酒が飲めなくて、そういったところに行ったことなかったんですけど、信頼する先輩が会わせたい人がいるからどうしてもと言うので、仕方なく一度だけつき合いました」
 柏木が先手を打ち、自らラウンジの名前を出してきた。
 どうやら、後先考えない保身だけの男ではないようだ。
「その先輩というのは、どういった方ですか?」
「僕が売れない頃に所属していた劇団の主催者です。ギャラが一舞台二万円の時代に、ご飯を食べさせてくれたり家賃を貸してくれたり、先輩には本当にお世話になりました。僕の命の恩人と言っても過言ではありません。その先輩に、女優を目指している女の子がいるから相談に乗ってほしいと頼まれましてね。お世話になった方だから断れなくて、それで条件付きで会うことにしたんです」
「条件ってなんですか?」
 立浪は、柏木に訊ねた。
 恐らくでたらめだとは思うが、万が一ということもある。
 それに、作り話を膨(ふく)らませるほどに柏木は自らの首を絞めることになるのだ。
「女優は就職活動したからといってなれる職業ではないので、とりあえず僕のマネージャーになって演技の勉強をして貰うことを条件にしました。僕も、個人的にマネージャーを探していたので先輩の申し出は渡りに船でした」
「なるほど、そういうことだったのですね。では、DVのほうは仕事をミスしたときの体罰ですか?」
 立浪は、ノーモーションからのボディブローを打ち込んだ。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか~。いまどき、小学校の先生が悪さをした生徒にゲンコツしただけで問題にされる時代ですよ? ドラマや映画のお仕事をさせて頂いている僕がマネージャーに、それも未成年の女性に体罰を与えると思いますか?」
 柏木が予想に反して、動揺をおくびにも出さずに穏やかな笑みとともに受け流した。
 立浪が思っているより遥かに、柏木は肚(はら)の据わっている男なのかもしれない。
「じゃあ、あの顔の痣(あざ)はどうしたんでしょう?」
「じつは、それがいまの頭痛の種なのです」
 柏木が、深刻な表情でため息を吐いた。
「といいますと?」
 立浪は柏木を促した。
 舌先三寸の人たらしが、どんな物語を聴かせてくれるのか愉しみだった。
「あとから知ったのですが、杏奈君は質(たち)の悪い男とつき合っていて、ある日、顔中痣だらけにして僕の前に現れました。理由を訊(き)いたところ、暴力を振るう彼氏の存在が発覚して……それで、追い返すわけにもいかずに一時的に僕のマンションに避難させることにしたのです。幸いに使っていない部屋がありましたので」
 微塵(みじん)の躊躇(ためら)いもなく、柏木が流暢(りゅうちょう)に説明した。
「柏木さんの話をまとめると、杏奈さんは劇団を主宰している先輩の紹介で預かった女優志望の女性で、とりあえず演技勉強を兼ねた専属マネージャーとして個人的に雇った。顔の痣は質の悪いDV彼氏に殴られたもので、一時的に柏木さんのマンションに避難させた……そういうことですね?」
 立浪が念を押すと、柏木が頷いた。
「避難させるなら、事務所のスタッフに場所を用意して貰うとか、ホテルやウイークリーマンションに宿泊させるとか、方法はいくらでもあったでしょう? 知名度の高い人気俳優のあなたが若い女性と同じマンションに住んでいるとなると、邪推(じゃすい)するなというほうが無理な話です。しかも、杏奈さんの顔は痣だらけです。現に、柏木保さんが恋人に暴力を振るっているというネタの提供者が現れたわけですから」
 立浪は、外堀を埋めにかかった。
「その点に関しては、僕も反省しています。親しい友人に、よく怒られるんですよ。お前は人を信じ過ぎる、もっと疑いの心を持てってね。でも、僕は人を騙(だま)すより騙されるほうがいいです。あ、こういうところがだめなんだな。また、友人に怒られちゃますよ」
 柏木が、照れくさそうにお人好しで愚直な男を演じた。
「杏奈君を自宅マンションに住まわせたことについては、仕方のない事情もあったんです。先ほどご説明したように、事務所のマネージャーに不満があったので杏奈君を雇ったという都合上、面倒を見てくれとは頼みづらかったんです。それに、DVを受けている女性をマネージャーにしていると知ったら、面倒に巻き込まれるから事務所はクビにしろと迫ってくるでしょう」
「僕も事務所と同意見ですけどね。柏木さんほどの人気俳優に、そんなリスクを背負わせるわけにはいきません。それとも、リスクを背負ってまで彼女を近くに置いておきたい理由でもあるんですか?」
 立浪は、婉曲(えんきょく)な物言いで柏木の様子を窺(うかが)った。
「ありますよ」
 柏木が笑顔で即答した。
「あ、立浪さんが想像しているような意味ではないですよ。杏奈君には、僕の考えやルーティンをみっちり教え込んでいます。いま彼女をクビにするとそれまでの労力が無駄になりますし、新しい者を雇うと一から教えなければなりません。僕は合理主義ですから、そういう無駄が一番嫌いなんですよ」
「いやいや、柏木さんには本当に感心します。なにを訊いても、スラスラと完璧に答えますよね。まるで、あらかじめ答えを用意していたみたいに」
 立浪は、柏木の瞳を見据えた。
 挑発したわけではない。
 柏木の面の皮の厚さと頭の回転の速さに、本当に感心していた。
「事実ですからね。それと、ホテルやウイークリーマンションだとセキュリティが心配だったんです。DV彼氏が追いかけてくる可能性は十分に考えられますから。その点、僕のマンションはセキュリティ面で安心ですし……まあ、でも、たしかに迂闊(うかつ)でした。僕の部屋に彼女が出入りしていたら、男女の仲だと疑われちゃいますよね」
 柏木が無邪気に笑った。
「柏木さんのお話は、よくわかりました。お話の通りなら、情報はガセネタでしょう。だけど、いまの段階では柏木さんのお話だけで証明するものが……」
「ありますよ」
 柏木が、立浪を遮った。
「ほう、なんです?」
「野原(のはら)さんに……僕の先輩ですが、連絡先を教えるので訊いてください」
 柏木が、まっすぐに立浪をみつめた。
 彼の瞳から、疚しさはまったく感じられなかった。 
「本当に、いいんですか?」
「ええ。僕も、疑われるのは嫌なので、むしろお願いしたいくらいです」
 柏木が迷うことなく即答した。
 柏木は相当に、したたかな男なのかもしれない。
(第13話につづく)

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