〈宇治十帖編〉最終話 ついに決着! 怒濤の伏線回収

文字数 6,457文字

宇治十帖クライマックス!

ゲスさ全開のふたり・薫と匂宮、チョロすぎるヒロイン・浮舟の三角関係の行方は?

平安ラブコメミステリー『探偵は御簾の中』の汀こるものさんが、宇治十帖をかなり端折って、面白いところだけをご紹介するエッセイもついに最終話。

近々やって来そうな紫式部ブームのために、すぐに読めちゃう「ファスト源氏物語」で予習しよう!

 恋愛って何だ、コミュ力か? 経済か? 厨二病? 政治? 宗教? 相手を思いやる心? 〈宇治十帖編〉最終回!

 さあここまでの薫は!


「わたしは一途で社会的なあれやそれやの手順をちゃんとして女にも優しいのに、女は匂宮に強引にされると負けてしまう! 世の中がおかしい! 『わたし、こんなに幸せなの生まれて初めて。薫大将さま、愛人にして。2番目3番目の女でいいの、あなたに尽くしたい』『いやあわたしは仏道の徒として当然のことをしただけなのに、そんな。まいったな、惚れられてしまったぞ。出家したいわたしに色恋など邪魔なだけなのに、いつの間にかハーレムができてしまった。どうしよう』となってしかるべきじゃないのかあ!? 中君も浮舟もどうして!」


 ……見なかったことにしよう!

 ていうかお前の優しさ、異世界の奴隷女に親切なチート男みたいだな。


『蜻蛉』『手習い』『夢の浮橋』あらすじ

 2人の男の間で板挟みになって宇治から消えた浮舟。亡骸も見つからないので宇治川に身を投げたのだと解釈される。悲嘆に暮れて寝込む匂宮、葬儀にすら間に合わなかった薫。真相はわからない。だが実は浮舟は入水したのではなく、物の怪に憑かれてさまよい歩き、山寺に保護されていた。そこで浮舟は匂宮との軽薄な恋から醒め、薫の愛を裏切ってしまった、恥ずかしくて二度と会えないと後悔していよいよ髪を下ろし出家する。いち早く浮舟生存の報を知った薫は匂宮に絶対に知らせないよう釘を刺し、浮舟の異父弟に手紙を持たせて山寺に送り込む。かわいい弟を見て浮舟は涙するが、わからないふりをして手ぶらで帰す。この様子を聞いて薫は思った。「さてはまた別の男に囲われたのか」


 浮舟失踪!

 なぜ入水になったかというと当時の捜査が雑だったから、だけではない。


 失踪では匂宮がお互いに「あいつがさらってどっかに隠したのか」となって無限に疑心暗鬼になると浮舟の侍女・右近が気づいたから。


右近「大将閣下と第三皇子殿下が喧嘩になって……こ、殺し合いでも始めたらこの国はどうなってしまうの!? うちの姫さまは死んだんです! 宇治川に入水したからご遺体もないんです! いえ、あの、ご遺体はあったんですよ! もう火葬しました!」


 その頃、薫はタイミング悪く病に倒れた母・女三の宮の介護で滋賀県大津市の石山寺にいて、葬儀にすら間に合わなかった。


「大君といい宇治は人外魔境の鬼の棲処か?」


 宇治に対する風評被害甚だしい。


 葬儀に間に合った匂宮は特に何もできないままショックで寝込んだ。

 原因は明白だが、薫は世間体を整えるのに甥の見舞いに行かなければならない。


匂宮「いや大層な病気ってわけじゃないんだけど何か涙が止まらなくて……」


「ほーん、よう泣きよる。2人でわたしのことを笑っていたのかなー?」


匂宮「この期に及んで泣きもしない鉄面皮、おれとか情け深いから空飛ぶ鳥が鳴いただけでも悲しいのに。仏道究めてると感情がなくなるってそういう?」


 千年前の京都人、お互い一言も浮舟のことは言わず内心で罵り合う。(※大体この辺原文通り)


「いやこんなときに自分の話してごめんやけどかわいがってる女がいたんですよ。女二の宮降嫁とかあって体裁が悪いから田舎に置いておいて、他にも頼る男がいるみたいだったし、わたしもたまに愛でる分にはいいかなーと思ってたんですけどねー。何か呆気なく死んじゃってねー。いやあこの世は無常です。もしかしてご存知でした? グスッ。あ、泣かないようにしようと思ってたのに」


匂宮「ウウッまた涙が。お、お、お悔やみを言わなければならないところ、おおっぴらにしていないものをわざわざ……」


「あなたの愛人にいいかもねーと思ったりもしたけど、もう知ってたりする? 病気療養中にしょうもない話してごめんね、お大事にー」


 相手を呪い殺すほどではない生かさず殺さずのイヤミ合戦では薫が勝利した。むなしい戦いだった。


 これで薫と匂宮がお互い「お前のせいで!」と殴り合うような男だったらわかりやすかったのだろうが、匂宮は浮舟が悩むとは少しも思っていなかった。サクッとコマして次に行く気満々のところ予想外に死なれて、初めて人生の挫折を味わうことに


 匂宮が泣いている間、薫は浮舟の継父一家に雇用を与えて遺族をケアしていた。いや匂宮も法事に大金を贈りつけたりしてたんだけど縁がないのに何でと気味悪がられた。


 所詮W不倫していたに過ぎない匂宮は浮舟本人が死んでしまうとただの不審者だった。


 薫はと言えば腹立ちすぎて本当は殴り合うどころか浮舟の話をするつもりすらなかった。


「すごいなー匂宮マジで悲しんでたなー、他に女なんて掃いて捨てるほどいるだろうに。浮舟ってそんなにいい女だったっけ?」


 ……いやここがひどいだけで薫も悲しんでたよ……?

 あるいは殴るまでもなく薫が「お前のせいじゃ死ねカスボケ、大君もお前が殺したんじゃ疫病神め」とか言えば匂宮は本当に死んだのかもしれない。柏木が呪い殺された流れよりも自然だ。

 しかし実際にこの段階の薫から出力されたもの。


「わたしも匂宮の夢中になっている美女を横から奪い取りたい!(※〈宇治十帖編〉第2回冒頭参照)


 本当に薫、浮舟のことどうでもよくなってない……?

 ちなみに匂宮によく似た姉・女一の宮に惚れて、例によって目上で手が出せずおどおどしていた。

 そこもう女挟まなくてもよくない? 何か他に直截に幸せになる方法、あるんじゃないの?


 そして月日は流れ……

 浮舟は入水などしていなかった。物の怪に憑かれて宇治から山科区小野まで10kmばかりさすらって山寺に保護されていた。意外と常識的なオチ。

 そこで大尼君に気に入られたのはいいが「あなたは死んだ娘にそっくり。娘の代わりに中将さまの妻になって」とか無茶苦茶を言われて年寄りの部屋に逃げ込んだり大変苦労していた。


 尼の部屋、女ばかりのはずなのにイビキが怖い。一応一国の受領国司の姫の浮舟、受領より更に下々の人に交じって雑魚寝するのが最悪に嫌。

 こうしていると母が恋しい。


浮舟「……よくよく考えたらわたしがこんなところでひどい目に遭ってるの、全部匂宮さまによろめいたせいじゃないの。何であの人の口説き文句信じちゃったのかしら、橘の小島が何って?」


 美しい色恋の手管以外何もない男、ついに浮舟にかけた魔法すら解けた。


浮舟「それに比べて薫さまはお話はたどたどしいところもあったけどいい人だった……今になって愛を感じる……薫さまにひどいことをしてしまった……恥ずかしくて2度と御目にかかれない……」


 浮舟は薫が自分の悪口をボロクソ言っているとか全く知らなかった。


 翌日、横川の僧都に出家させてもらう浮舟。大抵の概略で「中将に言い寄られて出家」となっているが男がウザかっただけではなく反省の一夜が重要だと思う。もっと言えば「寺の飯がメチャまずいのに承知で出家した」という描写が一番重たいのではないかと思う。


浮舟「人生、恥ずかしくてつらいことばかり。朽ち木のように世間から忘れられたい。そう思うと言いたいことも言っちゃう! もう男はこりごりだよー!」


 出家後、かえって明るくなった。

 その後、薫が泣きながら柱に和歌を書いていたとか聞いて浮舟も涙していた。薫は近くで見るとみっともない男だったが噂で聞くと光り輝くようだった。


 この横川の僧都から明石中宮に世間話として浮舟の情報が伝わった。


 京では宇治の出来事がどのように語られていたかというと。

 薫は浮舟の葬式に出られなかったので法事だけでも豪華にしたのが帝にも伝わった。


「女二の宮降嫁で愛人を宇治の僻地に隠してたの? 気遣わせてごめんね。薫大将は何て謙虚で奥ゆかしいんだろう」


 なぜか薫に対する帝の好感度は上がった。

 

 その話の後で、明石中宮は宇治で三男がおやらかしあそばした全貌を噂で聞いてしまい、箝口令を発動していた。本当に浮舟を侍女にしていたらこの母はガチギレしたのではないか。


 帝が薫×浮舟を認めてしまった。


 しかも以前は浮舟と全く仲よくなかった浮舟の義父の息子が、薫のコネで雇用を得て蔵人(帝の秘書官)になっていた。薫推し強火勢の義兄弟が帝のすぐそばに勤務している。

 

 匂宮のNTR案件が彼らの耳に入ったら。


 帝だけではない。真面目な夕霧大臣は匂宮を娘と結婚させたのに、娘婿が弟の愛人を略奪するのにわざわざ宇治まで片道3時間半かけて通ってたと知ったら。


 帝と大臣と大将が組んで「遺憾の意」を発動させたら、第三皇子の匂宮は最悪、皇位継承権と兵部卿の身分を奪われて京都市内出禁にされて世捨て人になる。宇治八の宮と同じになる。たかが恋バナで。


 匂宮の味方は明石中宮だけだった。何のことはない、1回炎上したら死ぬ儚い生きもの、なんか小さくてかわいそうなやつは匂宮の方だった。

 そこに浮舟生存情報。これはもう明石中宮としては薫に元鞘して何ごともなかったことにしてもらうしかない。


明石中宮「あのう……あなたが宇治で亡くしたとおっしゃる愛人の……」


「えっ今更生きてるとか知ったら結構ガッカリだな(※原文通り)


 薫は浮舟生存を知っても、いきなりはしゃがなかった。明石中宮とお互いに地雷を探り合って、事実確認に至るまで数日を要した。


「あーわたしがまだ捜してるとか匂宮が知ったらあっちの方が慌てたり? 一層みっともない真相など知りたくないしいっそわたしはあの女の生死など確かめない方が」


明石中宮「わたしも宮の女癖には困ってるんですよ。もう別の彼女とつき合ってるし、あの子には絶対に知らせませんから。将来があるんです、どうか穏便に」


 世論は自分の味方だとやっと確信した薫。もう浮舟とか匂宮に譲ってよかったが、明石中宮が低姿勢で来るなら仕方ないとなった。仕方ないとは?


 こうして匂宮、母親に「30前にもなって自分の尻も拭けないバカ息子」扱いされてサイレント退場。これが自分で養う甲斐性もないのにお姫さまを口説いた男の末路だ。


 薫はすぐに浮舟のいる尼寺へ馬を走らせて……行くわけではない。尼寺に近づくとかみっともない。中将が入り浸ってるんだから堂々と行ってもよさそうだが、そんなん知らんので。


 多忙な大将さま、スケジュール調整して月に1度の仏教マニア定例比叡山オフ会のフリをして、アリバイを作って噂の横川の僧都に会いに行く。


僧都「知らないこととはいえ大将さまご寵愛の姫君を若くして出家させてしまうとは……」


「あなたが悪いんじゃないですよ、物の怪が憑いていたんだから緊急処置です。それはそうと彼女と連絡取れませんか」


僧都「いえ、尼になった方にそういうのは、うっかり罪深いことになりかねないし」


 ここで笑顔になる薫。


「えっ御存知ない? わたし、生まれてこの方28年、出家したい一筋のハイパー出家したいマンです。尼へのけしからん思いなどありません。ただ娘をなくした母が気の毒で一刻も早く何か知らせてやりたい、わたしは親切な一心で!」


 最後の最後でこれまで薫自身の足を引っ張ってきた厨二病設定「出家したい」が初めて役に立った!


 伊集院光の提唱する「中二病」は元々

「中学2年生がわからない洋楽を聞いたり、おいしくもないコーヒーを無理して飲んだりすること」

 という意味だった。

 が、中学2年生はいつまでも中学生ではない。洋楽のよさもコーヒーの味もそのうちわかる。


 自分の厨二病設定に振り回されてきた薫は十帖の最後になってやっと使いこなす方法を憶えた。匂宮は母親にガキ扱いされたが薫は「大人」になったのだ


 薫は女相手に歯の浮くような口説き文句を言うのは苦手だったが、明石中宮や僧都のような何が損で何が得かはっきりしている「まともな大人」の顔色を見て交渉するのは得意だった。


 クソ度胸で女心をハッキングすることはできても現実的事務能力が全くない匂宮、帝位に即いても薫の傀儡政権にされるのは目に見えていた。


 薫に論破された僧都は言われるがまま、浮舟の父違いの弟を連れて尼寺に行く。


僧都「還俗なさってもこれまで出家していた期間分の功徳が溜まっておりますので来世にポイント持ち越しできます(※原文通り)。薫さまと元鞘しても御仏はお許しになります」


 僧都と弟が泣き落としで浮舟を説得するが、浮舟はぐっと我慢する。


浮舟「わかりません、わたし記憶喪失なので」


 中将に言い寄られてうんざりして出家したのならここで薫のもとに帰ってもいいが、そうではない。

 尼寺は尼のイビキがうるさいし縫いものさせられるし中将はスケベだし飯はまずいし全然いいところではないが、人を頼らず自分の力で生きていける。もう男の機嫌で一喜一憂するのは嫌だ。

 弟はかわいいし母にも会いたかったが、一度この道を行くと決めたらそんな軽い気持ちではいけない。


 だが手ぶらで帰った弟の話を聞いて薫が思うことは。


「他に男ができたのか」


 原文には書いてないが薫は尼というものを信用していない。

 不倫の責任を取ったと称してゴージャス御殿に住んで未だに皇女さま扱いでチャラチャラ尼ごっこしてるこの世で1番ちゃんとしてない尼・女三の宮を身近に見て育ったから! 薫の知っている尼と浮舟の現実は全く違う。作中時間20余年の時を超えて虚無属性攻撃が届いた!

 薫が浮舟の葬式に出られなかったのは女三の宮のせいだった、この描写には意味がある。


 ここで物語は終わる。


 薫は大人になった。非モテはかえってこじらせたがそれ以外は何でもできるようになった。

 その力で今度は浮舟の老いた母に泣き落としをさせる? 恥も外聞もなくどんな手段を使っても自分を捨てた女を呼び戻すのか? 外聞を気にして自分で尼寺に駆けつけてさえいないのに? 情熱で中将に負けてるぞ? 逆に母の呪縛から逃れて尼への偏見を捨てて浮舟の信仰心を尊重することができるか?


 浮舟はすぐその気になる。

 匂宮に簡単に絆されたように、山寺で2~3年過ごしてその気になっただけでは? 彼女はちょっと髪を切っただけのフラフラした小娘、寺で生きていく決意とか信仰とか本物なのか? 話が終わった翌日に、母や弟恋しさに寺を出てしまうのでは?


 そもそも2人の間にあるのは恋愛だろうか?


 2人は成長して各々全然違う大人になった。それはそれでよくないか?


 あるいは薫本人が勇気を出して自分で迎えに行ったら浮舟は戻るのか?


 この後、どうなったかは皆さんで考えてみてください。


 ……と言いたいところなんだけどな。


 千年の間に、薫と浮舟がよりをもどす二次創作が山ほど出てる! 何だよ雲隠十帖って! 匂宮が即位してる! 2人の兄は死んだんかあ!? 余韻がないやろが、余韻が!


 こればかりは紫式部のせいではない。千年後に生まれてしまった俺らが悪いのだ。いや二次創作とか無視すればいいんですけどね……自分が参入したときには既に大手カップリングがはびこっているこの感じ……


 ファスト源氏物語〈宇治十帖編〉、いかがでしたか。これでもメチャ端折ってます。……この企画、探御簾の新刊が出るたびやるんですか?

汀こるもの(みぎわ・こるもの)

 1977年生まれ。大阪府出身。追手門学院大学文学部卒。

『パラダイス・クローズド』で第37回メフィスト賞を受賞し、2008年にデビュー。以来、「THANATOS」「完全犯罪研究部」「レベル99」「探偵は御簾の中」シリーズ上梓のほか、ドラマCDのシナリオも数多く手がける。

Twitter:@korumono

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