第67話 花巻を遠ざけようと、鈴村に相談する立浪だが――

文字数 2,824文字

「どこかお怪我でも?」
 ゆっくりとしか歩けない立浪に、怪訝(けげん)な顔で振り返ったバーテンダーが訊ねてきた。
「足を挫(くじ)いただけです」
 立浪はバーテンダーに言うと、歯を食い縛り足早に歩いた。  
「お客様。お連れ様がお見えになりました」
 バーテンダーが声をかけながら、個室のドアを開けた。
「とりあえず、ウーロン茶をお願いします」
 立浪はバーテンダーに告げ、鈴村の正面の席に座った。
「なんだ、酒を吞まないのか?」
 鈴村が不思議そうに訊ねてきた。
 立浪は無言で、キャップとサングラスを取った。 
「おいっ、その顔はどうしたんだ!?
 変形して赤紫に腫れ上がった立浪の顔を見て、鈴村が驚愕の声を上げた。 
「大河内と、いろいろあってな」
「まさか……大河内に拉致されたのか!?
 鈴村が身を乗り出した。
「いや、俺のほうから会いに行った」
「なんだって!? 牧野健(けん)の動画を流されたことで怒り心頭の大河内のところに、自分から行くなんて自殺行為だろ!?
 鈴村が素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
「事情があってな」
「事情って……どんな事情があったら、そんな危険なことができるんだよ!」
「お前、遠山誠二(とおやませいじ)先生と花巻と三人でクラブに行ったことあるだろう?」
 立浪は切り出した。
「ああ……どうしていきなり、そんなことを訊くんだ?」
 鈴村が訝(いぶか)しげに訊ね返してきた。
「お前、そこでなにがあったか覚えてないのか?」
 立浪は質問を続けた。
「なにかって……言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
 立浪は無言で、スマートフォンを差し出した。
 ディスプレイには、鈴村が半裸で十七歳の少女と添い寝している画像が映し出されていた。
 画像を見た鈴村の顔が強張(こわば)った。
「花巻が盗撮した写真の一部だ。その飲み会は、遠山先生を嵌(は)めて弱味を摑むために開いたものだったらしい。ロリコンの遠山先生と、十代の少女の淫行写真を撮るためだ。酔い潰れているお前と少女の痴態も、面白半分に撮ったそうだ」
 鈴村は、顔を強張らせたまま画像をみつめていた。
 無理もない。
 知らないうちに、未成年の少女との淫行写真を撮られていたのだから。
「ところが、その面白半分の写真が切り札になった。大河内を金蔓(かねづる)として生かしておくために、達臣の動画を拡散しようとする俺を止めるためのな。言ってる意味、わかるか?」
 立浪の問いかけに、鈴村は小さく顎を引いた。
「こんな写真が公開されたら、お前は仕事も家庭も失う。だが、俺は大河内への復讐を諦めきれない。考えに考えた末に、大河内を潰す前に花巻を排除することにした」
「花巻さんを排除する? それは、どういう意味だ?」
 鈴村が、弾(はじ)かれたように立浪に顔を向けた。
 立浪は、大河内とのやり取りを花巻に話した。
 話を聞いているうちに、鈴村の顔が蒼白(そうはく)になった。
 立浪が経緯を話し終わっても、鈴村は口を半開きにしたまま言葉を発しなかった。
 運ばれてきたウーロン茶を立浪が飲み干すまで、鈴村が口を開くことはなかった。
「それでそんな怪我をしたのか……。つまり……お前は、大河内を騙(だま)して花巻さんを潰そうというのか?」
 ようやく、鈴村が掠(かす)れた声で訪ねてきた。
「鈴村家を、路頭に迷わせるわけにはいかないからな」
「馬鹿野郎……すぐやめろっ、大河内に連絡して取り消すんだ!」
 鈴村が血相を変えて言った。
「もう遅いよ」
「遅くないっ。達臣の動画を渡すから、すべてなかったことにしてくれと電話するんだ!」
 鈴村が、スマートフォンを差し出してきた。
「そんなことしたら、大河内を潰せないだろう。俺のことより、自分の心配をしたほうがいい。こんな写真を花巻に撮られたんだから、この先どんな脅しを受けるかわからないぞ」
 立浪は、スマートフォンを押し返しながら言った。
「俺のことなんて、どうだっていい! 大河内を使って花巻さんを潰す!? やってることが、大河内と同じじゃないか!」
 鈴村の言葉が、立浪の心に爪を立てた。
「なんとでも言えよ。大河内と同類になったとしても、お前を犠牲にすることだけは絶対にできない。苦渋の選択ってやつだ」
 鈴村にたいする言葉は噓ではないが、立浪のやっていることが卑劣(ひれつ)な行為であることに変わりはない。
「電話したくないなら、動画を警察に提出しろ」
 鈴村が言った。
「無理だ。花巻をなんとかしないと、お前の写真をバラ撒(ま)かれてしまう。それに、動画データは別の奴に持たせて……」
「これか?」
 鈴村が言いながら、上着の胸ポケットから取り出したUSBメモリーを宙に掲げた。
「なぜ、お前がそれを!?
 立浪は、思わず大声を張り上げた。
「誰かから俺とお前の仲を聞いたフリーの記者が、文芸部を訪ねてきてな。お前からUSBメモリーを預けられたけど、荷が重いから持っててほしいとな」
「あいつ……」
 立浪は舌打ちした。
「お前と二十四時間連絡が取れなかったらこいつを拡散しろなんて、誰だってビビるだろう。しかも記者なんだから、大河内の恐ろしさはよく知っているわけだしな。かわいそうだから、怒るんじゃないぞ」
 鈴村が念を押してきた。
「まあ、いい。とりあえず、それを返してくれ」
 立浪が手を伸ばすと、鈴村がUSBメモリーをポケットに戻した。
「なんのつもりだ?」
 立浪は鈴村を見据えた。
「大河内の同類になるんじゃない」
「何度も言わせるな。大河内の復讐とは別に、お前の弱味を握っている花巻をこのまま放置……」
「全部噓だ」
 鈴村が立浪を遮った。
「噓? お前、なにを言ってるんだ?」
 立浪には、鈴村の言葉の意味がわからなかった。
「未成年の女との写真も、花巻さんから持ちかけられた話だ。お前の大河内への復讐を止めるための切り札にしたいという理由だったので、俺も話に乗った。噓を吐いたのは、悪かったと思っている」
 鈴村が、伏し目がちに詫(わ)びた。
「じゃあ……あのクラブで起こった出来事は、花巻とお前のシナリオだったというのか!?
 立浪は、掠れた声で訊ねた。
「ああ」
「もしかして、自宅に第一抵当権を打たれているというのも噓なのか!?
 質問を重ねる立浪に、鈴村がバツの悪そうな顔で頷いた。
「お前、どうして俺を……」
 あまりのショックに、言葉の続きが出なかった。
立浪の思考は混乱し、現実を受け入れることができなかった。
「お前を欺(あざむ)いてしまって、本当に申し訳ない」
 鈴村がテーブルに両手をつき、深く頭を下げた。
「詫びなんかいらないっ。花巻に魂を売るなんて……いったい、どういうつもりなんだ!」
 立浪は鈴村を問い詰めた。

(第68話につづく)

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