第55回

文字数 2,552文字

そろそろ夏が来たといってもいいのではないか。


ひきこもり同士諸君は、梅雨でカビないよう除湿を使いこなそう。

文明の力で四季折々の快適な籠城ライフ!


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

家族やパートナーがひきこもりで悩んでいるという人もいるだろう。


しかし、それを何とかしようとする前に、それが本当に何とかしなければいけないことなのか見極めてから行動した方が良い。


まず、平素は会社などに行って、休日なるとどこにも行かずに一人で部屋にいるという状態をひきこもりと呼んではいけない。

そんなの、うちの娘はコロナ前まで盆と年末に数日姿を消していたが、良からぬことでもしているのではと心配するようなものである。

徹夜組や転売ヤーでない限りは止める必要はないし、むしろ干渉することで家族間に大きな溝が出来てしまう可能性が高い。


仮に、会社にも学校にも行っていないという状態だったとしても、奇しくもコロナの影響で仕事も勉強も家から出ずにできるということが証明されてしまったのだ。


誰しも、勉強をしているのにその時の格好が全裸だったというだけでお母さんに「マジメに勉強しなさい!」などと言われたら、勉強する気自体なくなるだろうし、自分のことを理解してくれない親に対して不信感をいだくだろう。


それと同じように、会社や学校に行っていなくても、ネットなどを使って何かしら活動をしているのに「あんたは一日中何もしないで、そんなことでどうするの」などと叱責されたら本当に何もやる気が起きなくなるだろうし、最悪家族を困らせるためだけに「そこまで言うなら外に出てやらあ」と全裸のまま社会に飛び出し、今度は塀の中にひきこもることになってしまう。


会社や学校に所属せず外にも出ないという客観的事実だけで、無職のひきこもりと断じて、家族が動き出すのはまだ早い。

本当は何かやっているかもしれないし、少なくとも本人的には何かしているつもりなのかもしれないのだ。

「無理解」は時に、「無関心」より本人の負担になる可能性がある。


よって、まずはひきこもってしまった家族がどういう状態なのか見極める、つまり「見守る」必要がある。

傍から見れば一日中PCに向かって遊んでいるように見えても、何かしら勉強をしているのかもしれないし、仕事をしているという可能性もなくはない。

ただし、「うちの子は商品を仕入れて欲しい人に売る仕事をしているようだ」という場合は転売ヤーに落ちている可能性があるので、ある意味ひきこもりより止める必要がある。



観察の結果「ダメだこいつ早く何とかしないと」という作画小畑健状態になったなら早めに家族が対策を考えた方がいいだろう。


ただし、対策を講じると言っても、本人に無断でひきこもり矯正施設への入居を決めるなどしてはいけない。

よく、ジュノソボーイなどが「お姉ちゃんが勝手に応募した」と言っていたりするが、これも家族が勝手に本人の将来を決めかねないことをしているという点では、してはいけない行為である。

特にひきこもり相手に「お母さんあんたの写真ジャニーズに送っといたから」などと言ったら、その日のうちに新聞に載る事件が起こる。


どうにかするにしても、重要なのは家族がどうなってほしいかではなく、本人がどうしたいかなので、まずはそれを聞きだす必要がある。

ここで家族の希望をゴリ押しすると、結局自分のためであり、親身になってくれているわけではないと思われてしまう。


そこでユーチューバーやゲーム実況者になりたいと言い出しても、頭ごなしに否定してはいけない。

むしろ、会社などに所属するのが向かない人間にとってはありな選択肢である。

それ以前に「やりたいことがある」だけでもマシであり、たとえ「チーズ蒸しパンになりたい」と言い出しても「いいね、美味いし」ととりあえず本人の意思を肯定することが大事であり、「チーズ蒸しパン なりかた」でググるなど協力姿勢を取った方がいい。


それよりも、何もやりたくない、どうでもいい、という返答の方が問題でありその場合は無理に何かやらせると逆効果なので、何かやる気になるまでもう少し休ませる必要があるかもしれない。


これをやってみてはどうか、と家族が提案することもあるが、そこで本人が苦手としている分野のものを勧めると「俺のことを何もわかっていない」と再び心を閉ざしてしまう。


特にひきこもりたての頃は「人間に向いていない」「地球に向いていない」と思い込んでいるし、少なくとも社会に向いてないとは思っている。そんな人間にすぐに「社会に出ろ」と言うのは、「自分の苦しみを全く理解してくれていない」と思われるだけになってしまう。


よって提案するとしたら「チーズ蒸しパン」が正しい。


つまりひきこもりに対しては家族が本人を何とかするのではなく、まず本人の意思を確認し、それをサポートするという姿勢が大事なのである。


しかし本人の希望を確認した結果「流浪人になりたい」、つまり「絶対に働きたくないでござる」という固い意志を表明されてしまうこともある。


そう言われたら、つい平手という名の抜刀術を食らわせたり、引き出し屋に直電したくなってしまうだろう。


しかし、暴力や強引な手段というのはそれこそ修復し難い溝を生む。


やはり最終的に家族に求められるのは、「忍耐」なのである。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は5月21日(金)です。
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