第10回 小説講座 タイトルのつけ方

文字数 3,087文字

メフィスト賞作家・木元哉多、脳内をすべて明かします。


メフィスト賞受賞シリーズにしてNHKでドラマ化も果たした「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズ。

その著者の木元哉多さんが語るのは――推理小説の作り方のすべて!


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    ここまで着想から物語が立ちあがり、主役のキャラクターが形づくられるところまでを話しました。

    次に決めるのはタイトルです。

    これはすぐに決まりました。この場合、二択しかないからです。

『閻魔堂沙羅の推理奇譚』か、『閻魔堂へようこそ』(主役の決めゼリフです)。これ以外はちょっと考えづらい。


    タイトルをつけるときの最低条件は、タイトルを読んだだけで、「誰が何を?」がすぐに分かることです。

    テレビ番組でいうと、『水曜日のダウンタウン』は、水曜日にダウンタウンがやっている番組だと分かります。

『踊る!    さんま御殿!』は、明石家さんまの番組で、「踊る」「御殿」とあるから、社交パーティーのように人が集まるにぎやかな番組だと分かる。

『しゃべくり007』は、「しゃべくり」とあるから芸人トーク番組で、七人の芸人が出るということが分かる。

『林修のニッポンドリル』は、林修の番組で、「ニッポンドリル」とあるから日本に関する教養系の番組だと分かる。

『マツコの知らない世界』は、マツコ・デラックスが「知らない世界」を探訪する情報系の番組だと分かる。

『有吉の壁』は、有吉弘行の番組で、「壁」というからには体当たりするか、よじのぼるかして突破しようとするチャレンジ系の番組だと分かる。

『モヤモヤさまぁ〜ず』は、さまぁ〜ずがモヤモヤと(肩に力を入れずに)やっている番組だと分かる。

    タイトルを読んだだけで、誰がどういうことをやっている番組なのか、一目瞭然で分かるようになっています。


『ポツンと一軒家』

    今、テレビ番組表を見て、いいと思ったタイトルがこれです。

    文字通りで、山の中にポツンと建っている一軒家を番組スタッフが訪ねていって、なぜこんなところで暮らしているのかを聞く番組です。その理由のなかに、その人の歴史やアイデンティティがある。

    訳あって山に籠っている人もいるし、もともと集落があったけど、みんな去っていって一人残されたという人もいます。人それぞれですが、山の中での不便な生活を、知恵と体力で乗りきっています。

    仙人みたいな暮らしをしているので、変人かと思いきや、意外と気さくだったり、教養人だったりします。もちろん偏屈で危ない感じの人もいるのだろうけど、その場合には放送しないのでしょう。


『チコちゃんに叱られる』

    これもいいタイトルです。文字通りで、チコちゃんに叱られる番組です。

    ませた孫娘に、「おじいちゃん、そんなことも知らないの?」的にバカにされる役を岡村隆史がやっていて、ひと昔前の家族的な趣きもあります。それをタイトルでぴたっと表しています。

    いずれにしても、短い言葉で「誰が何をやっている番組なのか」がパッとイメージできることが基本です。


    千鳥の番組で、いい例と悪い例を。

    埼玉テレビで放送している『いろはに千鳥』はいいタイトルです。これはタイトルが韻を踏んでいます。

「いろ(io)」と「ちど(io)」、「に(i)」と「り(i)」が韻を踏んでいて、「は」を挟んで、「io(a)iioi」なので、音声的に気持ちがいい。

「いろはに千鳥」って言いたくなります。早口言葉の逆で、ものすごい早口で何回も言うことができる。

「いろはに」から連想されるのはカルタ。カルタは玩具なので、千鳥がやっている楽しそうな番組だと分かります。

    逆に理解できないのは『相席食堂』。

「相席食堂」とだけ聞いて、どんな番組だが想像できるでしょうか。

    普通に考えたら、グルメ番組だと思う。あるいはドラマ。たとえば食堂を経営している老夫婦の物語で、安くてうまいのだけど、客席が少ないため、相席になりがち。それでその店は常連客から「相席食堂」と呼ばれている。でも、相席になるせいで客同士がなかよくなって、恋愛に発展したり、トラブルが発生したり。そういうドラマなのかと思います。

    番組を見ると、ぜんぜんちがいます。

「相席食堂」だけだと、誰がやっている番組か分からないうえに、ジャンルさえ分かりません。楽しそうな番組だという雰囲気さえない。なぜこのタイトルでOKが出るのか、理解不能です。

    ベタですけど、「千鳥の爆笑食堂」ならまだ分かります。千鳥の番組で、「爆笑」があるからバラエティー番組だと少なくとも分かるからです。

    あるいは「千鳥のちょっと待てぃ!」でもいい。何が「ちょっと待てぃ!」なのかが気になるという意味で、タイトルとしてありえます。『ホンマでっか⁉︎TV』と同じ理屈です。

    逆にすごいのかもしれないと思えてきました。タイトルなんて関係ねえ、内容がおもしろけりゃ視聴者は見る、という間違った考え方に基づく、ぶっきらぼうな戦略なのかもしれないと。

    昔の頑固親父のこだわりラーメン屋みたいに。店の名前なんていらねえ、表にラーメンとだけ書いておけ、飯がうまけりゃ客は来る、気に入らねえなら帰れ、というような。


    いいタイトルは、少ない言葉で多くの情報を伝達しています。「誰が何を?」が一瞬でイメージできて、ジャンルが分かって、なおかつ言葉の響きがいい。

    主人公の名前がタイトルになっているものもあります。『半沢直樹』『名探偵コナン』『警部補    古畑任三郎』などです。

『テレビ千鳥』も同型です。

    タイトルが文章なのも最近多い。テレビ番組でいうと、『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』『今夜くらべてみました』『家、ついて行ってイイですか?』などです。

    いいタイトルほど肩の力が抜けています。ウケを狙ったものではなく、気取りや気負いもなく、文字通りのものがタイトルになっていることが多い。

    そういうタイトルを与えられた番組のほうが長く続いている気がします。


    それで『閻魔堂沙羅の推理奇譚』とタイトルをつけました。

    沙羅が主人公なのが一発で分かり、「推理」とあるからミステリーだと分かる。あとは音の響きを確認する。声に出して読んでも、かなり読みやすい。

    画数の多い漢字をあえて使っているのは、作品の雰囲気(沙羅の魔性)を出したいがためです。京極夏彦の『姑獲鳥の夏』『魍魎の箱』などと同じ発想です。

    これははじめからシリーズものとして想定しているので、あえて気取らないタイトルにしています。

    一冊、二冊で終わるのではなく、ある程度長く続けたい。僕は自分を長編作家だと思っています。処女作は短編連作ですが、このシリーズで長編を書くところまではやりたい、という当初からの願いがここに込められています。

    では、また次回。

木元哉多さんのnoteでは、この先の回も公開中!

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次回の更新は、9月18日(土)20時です。

Written by 木元哉多(きもと・かなた) 

埼玉県出身。『閻魔堂沙羅の推理奇譚』で第55回メフィスト賞を受賞しデビュー。新人離れした筆運びと巧みなストーリーテリングが武器。一年で四冊というハイペースで新作を送り出し、評価を確立。2020年、同シリーズがNHK総合「閻魔堂沙羅の推理奇譚」としてテレビドラマ化。

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