「死亡予定入院」第5回・気づけば土俵際
文字数 1,435文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!
題して「不気味に怖い奇妙な話」。
えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!
第一弾の「死亡予定入院」は毎週火曜、金曜の週2で掲載します!(全7回)
第5回は「気がつけば土俵際」。
ぼろぼろのところに追い打ちをかけるかのような〇〇!
第5回 気づけば土俵際
もう立って歩けますよ、という医師の言葉がどこか遠くに聞こえた。
午前8時、朝食。
手術後なので流動食だ。味が無く、げろまずい。
大部屋なので他の入院患者の声が聞こえてくる。一様にしゃがれた年寄りの声だ。
「やだー」「食べないよお」「こんなにいらない」
さもありなん。私自身、食欲がない。口に入れても味がない。しかしそれでも食べなければ回復できない。
頻繁に点滴が交換されていく。麻酔が切れてきたようで、患部が痛み始める。ナースコールで看護師を呼んだら、すぐに痛み止めの点滴に交換してくれた。
「ずいぶん早く点滴が進みますね。まるで身体の方から吸い取ってるみたい」
たぶんそうなのだろう。身体が薬を求めている。
しかも回復している実感がある。いや成長している。10代の頃に感じていた、第2次成長期のような感覚がある。なんだこれは。別のなにかに生まれ変わるのだろうか。
昼食前に個室へ移動することになった。ベッドに載せられたまま、エレベーターで3階へ向かう。長い廊下を進んで運ばれた部屋は、大型の液晶テレビが壁にかけられた個室だった。冷蔵庫まで設えてある。
「管を抜きますね」
排尿の量が少ないことを看護師は訝しんだ。たぶん大量の発汗で水分が出たのだろう。
激痛に、私は叫び声を上げた。奥まで入っていた排尿の管が引き抜かれたが、管だけでなく肉の一部がずるうりと引き出された感覚がある。正直に言うが、これほどの痛みはここ数日で最大のものだった。
昼食にはシチューが出た。やっと固形物を口にすることができて嬉しい。
昼食を終えてひと眠りしたあと、私は部屋の外へ出てみることにした。歩くことに支障がないくらいに回復していた。
ここまで私の回復に向けて尽力してくださった方々、救急隊員や医師や看護師のみなさんに、あらためて感謝する。
病室へ戻って仮眠していると、4時過ぎに家族からの差し入れだという荷物が運び込まれた。
なぜ直接見舞いに来ないのかと看護師に訊いたら、私は誰とも会うことが出来ないという。
ここは隔離病棟。私は面会謝絶患者だと聞かされた。
そんな……。
気もそぞろがちに届けられた品を確かめる。
着替えの下着や歯ブラシ、そして自宅に届いたという出版社からの大きな封筒――に目を剥いた。
6月に刊行を予定している単行本の再校ゲラだ。この著者チェックを終えなければ本は出ない。
命はあっても生活ができない――そんな事態が脳内に巡る。
それもまた、ある意味『死ぬ』ということではないか。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。