第92回

文字数 2,291文字

ひきこもれる限りひきこもって行こう。生き残るために……。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

前々回ぐらいで、正月休みがない文句を担当に直接言わず、2000字ほどの原稿にして送ったところ、何も言ってないのに急遽一週休みになっていた。


わかっていらっしゃるとは思うが、このように無言で自分の意思を押し通そうとするやり方は、付き合って3日以内のカップル、2歳以下の幼児、そして社会不適合者と猟奇殺人鬼しかいない出版業界でしか通用しないので、それ以外の方はぜひ「言語」という文明的手段を使っていただきたい。

言語が無理な場合はボディランゲージでも良い。もちろん「体当たり」という意味でだ、これだけでも相手には「クソ怒っている」ということは伝わる。


2022年にもなったことだし、そろそろひきこもりの時代が来たのではないかと思い、新年一発目の「ひきこもり検索」をしてみたものの、依然トップに出てくるのはホットな「ひきこもり事件」と「ひきこもり問題をどう解決するか」ニュースばかりである。

もしかしたらまだ2021年13月なのかもしれない。


しかし、ひきこもり問題対策も、ひきこもり当事者やひきこもり経験のある芸能人が体験談を語るなど、「とりあえず部屋から引き摺り出せ」という縄文式から大分進化したように思える。


そういった当事者たちが口を揃えていうのは、「あまり高い目標や過度な期待を押し付けないでくれ」ということである。


もちろん当事者が「一刻も早く外に出て正社員になるよう何時間でも諭せ、頷くまで寝かせるな、それでもうんと言わないなら、両肩を激しく揺さぶることで頷かせろ」などと言うわけがないのだが、これだけ当事者が同じことを言うのだから「高過ぎるハードル」がいかにひきこもりの心を折るかがわかる。


そもそもひきこもりになる原因自体が、「高過ぎる目標と周囲の期待」だったりもする。


ひきこもりになる原因は「外が寒い」など人それぞれだが、「挫折」はひきこもりになる大きな理由の一つである。


しかし、登らなければ転落もできないように、挫折というのは目標がなければできないのである。

そして目標が高ければ高いほど挫折はしやすくなる。


逆に目標が「呼吸」であれば、挫折をしようと思ってもなかなかできない。むしろ生きているだけで目標を連日達成であり、自己肯定感が上がる。


また挫折は、自分で定めた目標を達成できなかった時にも起こるが、周囲の期待に応えられなかった時にも起こる。

むしろ自分の目標が達成できなくとも、周囲が「お前は良くやってるよ、息とか」と言ってくれれば立ち直れたりする。

逆に、周囲に勝手にクソでかハードルを立てられ、それを越えられなかったことで盛大なため息をつかれる強制挫折というのは、理不尽でしかない。


強制挫折によりひきこもった場合「こうなったのは周囲のせい」という気持ちが永遠に消えないため、まずひきこもり問題解決に必要な家族間の信頼が築けないし、最悪こうなった原因である家族を困らせてやろうという思考になってしまう。


話は変わるが、先日母から「病院に検査に行くから車で送迎してくれ」という依頼があった。


母もすでに70半ばである、普通で考えれば、子供も同席し医者の説明を聞くのが道理であろうが、病院に着くと「検査が終わるまで駐車場で待ってていい」という、戦力外通告をされたので本当にその通りにした。


また先日同じく母より、祖母がデイサービスから帰ってくる時間、用があって不在になるのでババアが帰ってくる時間、実家にお前が存在しておいてくれ、という要請があった。


そして実家に行ってみると、本当に言われた以上にやることはなく、ヘルパーに連れ帰られたババアが自力でベットに横たわるのを棒立ちで見つめ、母が帰ってくるまでその場に存在し続けるのみであった。


もしそれ以上の仕事があったら、おそらく母は私に依頼しなかっただろう。


このように私の親は私に対し全く何の期待もしていないのである。


その甲斐あって私は立派なひきこもりになったため、「期待しようがしまいがひきこもりになる」という悲しい事実が判明したに過ぎないが、そのおかげで私は自分がこうなったのは親のせいだとは1ミリも思っておらず、100億%自分のせい、という清々しい気持ちでひきこもりをすることができている。


それにもし親が私に過度な期待を抱いていたら、私は未だに実家にひきこもり、母も世話しなければいけない人間がもう1人増えていた可能性がある。

それが「実家を出てひきこもる」に抑えられたのは、期待しない教育の賜物と言ってもいい。


また、「存在する」という弩級ミッションをクリアしたことにより、現在私は「親孝行した」と得意満面である。


中年をつけ上がらせていいことなど何もないが、成長段階では低いハードルを設定して成功体験と自己肯定感を伸ばすというのは大事である。


ぜひお子さんには、「存在」するだけでクリアできるミッションをたくさん与えて欲しい。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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