今こそよむべき感動の名作マンガ!『しんきらり』

文字数 1,649文字

 やまだ紫さんの『しんきらり』を光文社文庫から刊行します。
青林堂の雑誌「ガロ」で連載され、単行本が刊行されたのが1982年。多くの読者によって愛され、読み継がれてきた作品ですが、最初の刊行から40年経った今でも(今こそ!)、このマンガは新しい魅力を放っていると思います。

 主人公は専業主婦です。
 団地のような集合住宅に住んでいて、夫と、娘がふたり(猫も)いる。

 主人公の語りの多くを占めるのが、娘たちの成長に対する喜びと愛です。
 でも、愛おしいと思いながら、娘たちが自分の自由を制限していると感じ、鬼のように怒ってしまうこともあります。
(あれ、それすごくわかる)
 夫を頼もしいと感じつつ、圧倒的な無理解に震えることがある。
(そうそう、結局家庭は妻にまかせっきりなんだから)
 そして、団地に住む他の子供の親から、ぶしつけなまなざしや言葉を浴びせられることも。
(女同士はたいへんなの)
 でも自由のため、連帯しようとすることがある。
(シスターフッドだ!)
 そして主人公は、母、妻、嫁であることを越えて、自分が自分であることを発見し、日常を少しだけ乗り越えていくのです。
 主人公の感情を、著者のやまだ紫さんは、丹念に、美しいことばと絵で描き出していきます。

『しんきらり』が描くのは、主人公の女性が、女性であるがゆえに体験すること、とも言えると思います。それは今も続く女性たちの生きにくさ、そして女性たちが世間から与えられた役割としてでなく、一個の人間として生きようとする思いに通じるものだと思います。
 主人公は世間から見られる自分と、本当の自分との間の違和感を忘れずに、本当の自分こそを大切に、日常を生きていこうとしています。
 その生き生きした感情は、今生きる女性が読んでも決して古びていないし、私たちが生きていくための勇気を与えてくれる物語だと思うのです。

 近年、韓国発のフェミニズム文学が大きな注目を集め、女性が声を上げることを肯定し、新たな連帯を生むムーブメントを呼び起こしました。
『しんきらり』の発する声は、それらほど大きな声ではないかもしれません。でも、40年も前に、この優れた作品が世に出ていたことを、知ってほしいと思います。
 そして「キム・ジヨン」のような、当たり前だと押し付けられているものを当たり前だと思わないひとりの女性に出会い、ぜひ、共感したり、応援したり、ムカついたり、してほしいと思います。

 手に取りやすい文庫版になったので、ぜひ若い人にも読んでもらいたいです。
 素晴らしい作品が、未来へ長く読み継がれていくことを願ってやみません。
(編集担当Y)



【書誌情報】
山川ちはるは、会社勤めの夫と二人の娘と暮らす専業主婦だ。他人から見たら平凡かもしれない、子育てと家事に追われる毎日の中で、ちはるは様々な思いを抱き、感動している。子供の成長に驚き、夫の無理解に震え、そしてやがて自分自身を発見する――。雑誌「ガロ」で連載、主人公の精神を瑞々しく描き出し、読者からの強い共感を得て読み継がれてきた感動の名作。

【著者略歴】
やまだ紫(やまだ・むらさき)
1948年、東京都世田谷区生まれ。69年「COM」5月号『ひだり手の…』でデビュー、以後同誌に精力的に作品を発表。71年『ああせけんさま』が「ガロ」2月号に入選、翌年には『風の吹く頃』で「ビッグコミック賞」佳作入選。女性漫画家の先駆けとして高い評価を受ける。結婚と出産・育児のために休筆、78年に復帰後は多方面に精力的に作品を発表。2006年度から京都精華大学マンガ学部教授に就任。2009年逝去。作品に『性悪猫』『ゆらりうす色』『Blue sky』『愛のかたち』など多数。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み