第52回

文字数 2,557文字

春と夏の間ですね。

いい天気の日こそひきこもりどころ。

頑張っていきましょう。


エブリディ、インターネット、ひきこもり。

心閉ざしてもいいじゃない。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

前回「孤独」の原因は「暇」であり、ひきこもりは「孤独に強い」のではなく「一人で時間を潰す能力に長けている」のではないか、という話をした。


美味しんぼの海原雄山の名言といえば「馬鹿どもに車を与えるな」だが、それと同じように「根暗に時間を与えるな」という言葉もある。


根暗に時間を与えると、ネガティブな考えが止まらなくなり、気づいたら異臭を放つ青紫色の液体になっており掃除が大変だからだ。

しかし、ゾンビなどに追いかけられながら「寂しい…リスカしょ…」などと思わないように、暗い人間でも「考える暇」さえなければ、そこまで溶けずに済むのである。


つまり、これからいっぱしのひきこもりになりたいという人間は、暗いことを考える暇がない程度の「時間を潰す術」を身に着けておかなければいけないということだ。


それを身につけずに「当面の生活費は大丈夫」みたいな準備だけでひきこもると、三日も経たずに「こんな所にいられるか!私は社会に戻らせてもらう!」と、推理小説で惨殺される人の逆ムーブをすることになってしまう。

まだ社会に戻る元気があるならよいが、そのまますっかり病んでしまう恐れもある。


緊急事態宣言で強制ひきこもり生活を強いられた後、すぐにひきこもりに順応した人間と瞬く間に病んだ人間に別れたのも、一人で家の中で時間を潰す術を持っていたか否か、が大きかったのではないだろうか


私も既に丸三年ひきこもっており、その間鼻くそとチェイスし過ぎて出血することはあってもリストカットすることはなかったし、むしろ社会に居た時より健康になった。

ゆえに自分は一人が向いており、孤独に強い人間だと思っていた。


しかし以前に書いたが、台風で「停電」になり、ネットも仕事も出来ず、何もやることがなくなった結果、たったの一日で「寝た切り」の状態になってしまった。


このように、人は一人でいることが辛いのではなく「やることがない」という状態が辛いのではないだろうか。

やることがないと暗いことを考えがちになるし、「何もしていない」ということから時間を無駄にしているという焦り、そして「俺は必要とされていない存在」という飛躍に繋がっていく。

何もしていないから、ではなく余計なことをするから周りに必要とされなくなる場合も多いのだが、この「やることがない」というのは、実際人間の心に的確なダメージを与える。


辞めさせたい社員がいる場合は、キツイ仕事を与えるのではなく「仕事を与えず、その場にいさせる」方が速やかに辞めるという。


陰惨な「北風と太陽」みたいな話だが、人間は感性が野蛮で大雑把なので、忙しいとそれを「充実」と勘違いしてしまう恐れがあるのだ。

それよりも、何もせずにそこにいろ、と言われた方が時間が経たずに苦痛だし、周りが働いている中、自分だけ何もしていないというのは孤独以外の何物でもない。


このように、人の心にとって一番重要なのは他者との繋がりなどではなく「やること」なのかもしれない。

会社で「何もせずに九時五時でずっと座っていろ」と言われたら一刻も早く辞めたいと思うだろうが、そこに「マリオのスーパーピクロス」が一つ与えられるだけで「一生このままで良い」と思う可能性は十分ある。


ひきこもり志望でなくても、昨年来、突然「家から出るな、人と会うな」と言われることが現実として起こってしまったのである。

再びそのような自体になっても「ギロと思ったら自分の腕かい!」みたいなギャグを言わないで済むように、「一人で時間を潰す術」の一つや二つは常備しておいた方が良い。


ここで注意しなければいけないのは「一人でやること」というのは「やりたいこと」でなければ駄目という点だ。

まして「やらなければいけないこと」であってはならない。


「一人の時間が出来たらあのゲームをしよう」というのは、一見「やりたいこと」のように見えるがそうではない。

そんなことをしている場合ではないのにソシャゲの周回をしてしまったり、就業中なのに周りの目を盗んでソリティアをやる手が止まらねえ、という経験が誰にでもあるのではないだろうか。

つまり「やりたいこと」は時間がなかろうが、周りに人がいようが「やってしまう」もしくは時間を作って「やる」ものなのである。


「時間ができたら」とか条件付きな時点で、そこまでやりたいことではなく、いざ時間ができても意外とダルくてやらず、瞬く間に「やることがない」の状態に陥ってしまう。

まして「時間が出来たら部屋の掃除をしよう」なんてやるわけがないのだ。

もし部屋の掃除がしたいなら、それをやるための体力、気力を貯めるための「休息」と「楽しいこと」の存在が不可欠なのである。


停電時はそれが全くなかったため、時間とやるべきことはあっても、やる気がおこらず寝たきりになってしまったのだ。


行動というのは全て「体力」と「気力」を消費して行うものである。


「ひきこもり」をするにも当然それは必要なのだ。

特にひきこもりは体力が落ちやすいので「気力」が重要になってくる。


「体力を補う気力の限界」と、横綱のような理由でひきこもり界を引退してしまわないように、ひきこもりになる前に、必ず家で一人でできる「気力回復方法」を確保しておこう。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は4月30日(金)です。
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