第34話 大河内からの反撃は、早くも始まっていた。最初の犠牲者は――

文字数 2,489文字

「殺害現場や死体を見たわけじゃないから断定はできないけど、中富社長が消えた以上は殺されたと考えるのが普通だろうねぇ」
 相変わらずの飄々とした態度の花巻からは、惚けているのかどうかの判別はつかなかった。
「じゃあ、大河内が逮捕されても死体が出てこなければ、いずれ釈放されるでしょうね」
 立浪は幾パターンもの大河内の追い詰めかたに思考を巡らせながら言った。
「まあ、そうなるだろうね。だけど中富社長に激しく暴行している現場は映っているから、傷害罪として立件できるよ。今回の場合は複数で中富社長に重傷を負わせている上に監禁罪も加わるから、大河内が初犯であっても執行猶予なしで三年は食らい込むね。お兄ちゃんは、それじゃ満足できないの?」
花巻が訊ねてきた。
「できませんね。三年くらい刑務所に入っていたところで、大河内の帝国は揺るぎませんよ。逆に刑務所帰りで箔(はく)がついて、余計に恐れられる存在になるでしょうね。このネタを使う前に、『帝都プロ』にもっとダメージを与えておく必要があります」
 立浪は、頭の中でパズルを組み合わせつつ言った。
 ピースを嵌める順番を間違えると、パズルは完成しない。
「残念だけど、大河内のネタはこれしかないよ」
「十分です。新たなネタは、私のほうでなんとかします。それより、花巻さんにお願いがあります」
立浪は花巻に向き直り、改まった口調で言った。
「なになに? 金は貸さないよ」
 花巻が高笑いした。
「花巻さんのネタで大河内から金を引っ張るのを、半年……いや、三ヵ月待って貰えませんか?」
「三ヵ月!? なんで!? どうして!?
花巻が身を乗り出し、矢継ぎ早に訊ねてきた。
「さっきも言いましたが、三、四年の懲役では大河内の牙城を崩すことはできません。俺の目的は大河内を社会的に永遠に抹殺することです。そのために、花巻さんの切り札は温存して止(とど)めとして使いたいのです」
「止め?」
「『帝都プロ』に致命的ダメージを与えるのに三ヵ月ください。大河内の片翼を捥(も)いでから、花巻さんのネタで止めを刺します」
「大河内の帰る場所をなくしてから刑務所送りにするってわけ?」
花巻がスティックキャンディをしゃぶるのを中断し、立浪を見据えた。
「はい。大河内にとって、『帝都プロ』は権力の証(あかし)であり大金を生み出す城です。落城してから刑務所にぶち込まれれば、精神的なダメージは全然違ってくるはずです」
 立浪は一言一言噛み締め、押し殺した声で言った。
 五秒、十秒……花巻が無言で立浪を見据えていた。
 テーブルの上――立浪のスマートフォンが震えた。
 ディスプレイに表示される福島(ふくしま)の名前。
「ちょっと、失礼します」
 立浪は花巻に断ると、スマートフォンを耳に当てた。
「どうしました?」
『アイミーの記事は取り下げだ』
 福島の暗鬱(あんうつ)な声が、受話口から流れてきた。
「いまさら、なにを言っているんですか!? アイミーの記事の掲載は、編集長も許可したじゃ……」
『もう、編集長じゃない。「日光倉庫」に異動が決まった。倉庫の管理人だ』
 福島が吐き捨てるように言った。
「『日光倉庫』に異動!? 嘘でしょ!」
思わず大声を出す立浪を、鈴村が弾(はじ)かれたように見た。
「日光倉庫」は「日光社」の子会社で、書籍の在庫を保管する倉庫だ。
『わざわざこんな嘘を吐くわけないだろう。「白電堂(はくでんどう)」の担当者からウチの取締役に圧力がかかったんだよ。「関東たばこ産業」のイメージキャラクターに起用されている矢田(やだ)けんたろうを降板させると、「帝都プロ」の大河内社長から連絡があったそうだ』
「え……」
 立浪は絶句した。
 矢田けんたろうは若手俳優の中では三本指に入る売れっ子で、去年と一昨年の二年続けて「日本アカデミー賞」の最優秀主演男優賞を受賞している。
『系列事務所の看板タレントのスキャンダルを掲載するような雑誌に矢田を出したくないと。当然、「白電堂」は大慌てだ。「帝都プロ」とはズブズブだからな。さっき、ウチの取締役から直々(じきじき)に連絡が入った。記事を取り下げないと「関東たばこ産業」が「スラッシュ」の広告から撤退するとな。ついでに、俺の出向も言い渡されたよ。辞令は週明けに出るそうだ』
 福島がため息交じりに言った。
「関東たばこ産業」は「スラッシュ」にとって大広告主だ。
 スポンサーの一言でテレビ局が番組内容を変えるのと同じで、大広告主は「スラッシュ」に絶大な影響力を持っている。
『なぜか、元凶のお前にはお咎(とが)めなしだ。まったく、理不尽な話だよ。とにかく、そういうわけだから記事は差し替えだ。俺が「スラッシュ」最後の仕事で記事の差し替えをするから、お前は月曜まで出てこなくていい。じゃあな』
 一方的に言うと、福島が電話を切った。
「おい、アイミーの記事がだめになったのか?」
放心状態でスマートフォンを耳に当てたままの立浪に、鈴村が心配そうに訊ねてきた。
「早速、虎が牙を剥いてきたみたいだねぇ」
 花巻が呑気(のんき)そうな声で言った。
「お兄ちゃん、強烈な先制パンチを食らったんでしょう? 大丈夫?」
花巻が立浪の顔色を窺うように訊ねてきた。
「広告代理店を通じて、ウチの取締役に圧力をかけてきました。編集長は子会社の倉庫に飛ばされるようです」
 我を取り戻した立浪は、平静を装い説明した。
「マジか……」
鈴村が表情を失った。 
「でも、安心してください。取り下げられたのは、系列事務所のタレントのスキャンダルですから。どっちみち、次は本丸のドル箱をターゲットにするつもりだったので大勢に影響はありません」
 立浪は花巻だけでなく、自らにも言い聞かせた。
「頼んだよ~。僕の大切な宝物(ネタ)を無駄にしないでよ~。もしそうなったら、大河内の前に僕がお兄ちゃんを食い物にするからぁ」
 花巻がスティックキャンデイを噛み砕き、鋭い眼で立浪の双眼を射貫いた。

(第35話につづく)

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