須藤古都離『ゴリラ裁判の日』ロングインタビュー(前編)

文字数 4,905文字

第64回メフィスト賞を満場一致で受賞した『ゴリラ裁判の日』。

著者の須藤古都離さんのロングインタビュー(全3回)をお届けいたします。

デビュー前のこと、新人賞に応募をするときの気持ち、『ゴリラ裁判の日』着想のきっかけ、影響を受けた小説家、ゴリラのこと、書いていて一番楽しかったこと、これからのこと――。

じっくりお話しを伺いました。


聞き手:大矢博子さん

趣味だというこなれた和装でインタビュー会場に登場した須藤古都離さん。

メフィスト賞受賞作『ゴリラ裁判の日』の執筆秘話から込められたテーマ、そしてデビューまでの道のりについても話を伺いました。


▼デビューするまでの、試行錯誤の日々


――メフィスト賞受賞おめでとうございます。デビューが決まったときにはどのようなお気持ちでしたか?


須藤 ありがとうございます。書いた小説を人に読んでもらうという機会がなかったので、 これで読んでもらえる、人に伝えることができるっていうのが何より嬉しかったですね。


――例えば文芸系のサークルで発表したりウェブの小説投稿サイトに投稿したりというご経験もなく?


須藤 全然なく。サークルも入ってないですし、友人に読んでもらうよう頼んでも、なかなか素人のものを読み続けてくれる人はいなくて。ウェブ小説も未経験です。横書きが、なんか読み味が違う気がして好きじゃないんですよね。それと、これは失礼に思われちゃうかもしれないんですけど、無料で公開しちゃうのはもったいないなっていう思いが自分の中にあって──(お金をとれる)価値があると自分では思っていたので(笑)。だからもう僕は自分1人でずっと孤独に書いてたっていう感じです。


――小説を書き始めたのはいつ頃ですか。


須藤 20歳ぐらいの時に、ショートショートみたいなのを書いてSNSにアップすることはあったんですけれども、本格的に書き始めたのは3年前(33歳当時)ぐらいですね。 


――読む側から書く側へ変わったきっかけって何かあったんでしょうか。


須藤 単純に言うと、仕事が向いていなかったっていう……(笑)。サラリーマンをやってたんですが、 何かもう少し違う生き方があるかなと。自分の中でこういうものを書きたいっていうイメージはあったので、それを書いたらもしかしたらお金になるんじゃないかなと思ったんです。小説家になりたかったというよりは、サラリーマンが向いてなかったから別の仕事を探したっていう感じですね。


――「こういうものを書きたい」というのがあったんですね。


須藤 小説を読んできて、自分が読みたい本が出てないなという気持ちがあって。僕の頭の中にある物語を書いたら、絶対面白いはずだって思ってはいたんです。でも実際書いてみたら、実力が全然足りなくて! ストーリーやアイデアはあるんですけど、人が読めるものができなかったんですよ。 そこから読みやすい文章が書けるように、技術を磨くのに3年間かかりました。


――文章技術を磨く、とは具体的にどのようなことを?


須藤 ただ小説をたくさん読んだとしか言えないですねえ。僕の小説は友達に読んでもらっても、翻訳小説っぽいってすごく言われてたんですが、というのも、ずっと海外のものしか読んでなかったんですよ。スティーヴン・キングとかクライヴ・バーカーとか、SFやホラーばっかり読んでたんです。そのせいか自分が普通に書いてても、なんだか海外ものっぽく思われてしまいがちで。それを友達に指摘されたので日本の小説を読み始めて、そこで初めて日本の小説は文章やストーリーの持っていき方の、ちょっとしたところが違うんだなって気づいたんです。


――確かに『ゴリラ裁判の日』は翻訳小説のような味わいがありました。


須藤 物語と文章の表現の関係って、ストーリーの面白さと表現の面白さっていうのを両方求めるとぶつかり合っちゃうというか、バランスがやっぱり難しいんですよね。僕は今回、文章表現よりもストーリーの面白さを際立たせたかったので、飾った文章じゃなくて、文章を読んでると思わせないような文章、文字を読んでるってことを忘れさせるような表現をしたいと。じゃあそんな文章を書くためには、どうすればいいのかっていうのを日本の小説を読んで学びました。だから(文章技術を上げるには)やっぱり読んで、 こういう書き方がいいんだっていうのを探すしかないかなと思いますね。


――「こういう書き方がいい」と思われた作家さんはいますか?


須藤 そういったことをいちばん教えてくれたのは、東野圭吾さんの本です。最初に僕が書いた小説は、かっこいい表現というか、自己満足で終わるような文章を書いてたんですよね。それが自分の味だと思ってたんですけど、東野圭吾さんの本を読んだ時に、あ、なんか水みたいだなって思ったんです、無色透明の。水ってどこでもあるじゃないですか。蛇口をひねれば出てくる水道水。でも東野さんの文章ってどこにでもある水道水に見えて、実は精製された純水なんです。本当にピュアな水で濁りがないような感じ。(東野さんの文章を読んで)それに気づけるかどうかって、文章を書く上ですごく大事な違いなんじゃないかなって個人的には思います。


――そうやって読みやすい文章を磨いていったんですね。


須藤 『ゴリラ裁判の日』は初めて書いた長編を、テーマは同じままで百パーセント書き直したものです。最初に書いたものは、早川のSFコンテストに出して一次選考を通過したんですが、編集者の方から「アイデアはいいけど読みづらい」というコメントをもらったんです。じゃあ、読みやすくすれば大丈夫なんだと自分の中で解釈しまして。で、そこから読みやすい文章はどうやったら書けるのかっていうのを日々考えながら書き続けて、やっとここにこぎつけたなって感じですね。


――翻訳小説ばかり読んできたっておっしゃってましたけど、キングの他に、具体的に影響された作品や作家はいますか。


須藤 小さい頃から本は読んでたんですけど、最初に作家に注目したのは、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』です。それでエンデすごいって思っちゃったから、日本の文学を読まないで、海外の文学に行っちゃったと思うんですけども、そこからなぜかスティーヴン・キングとか……(笑)。色々読んだんですけど、やっぱり個人的にはSFが好きで。SFって、いちばん遠いところまでいちばん早く連れてってくれる文章だと思うんですよね。


――かっこいい!「いちばん遠いところまでいちばん早く連れてってくれる文章」!


須藤 はは。でも実はそれってSFじゃなくてもできるんですよね。例えば僕、ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』がすごい好きなんですけど、あれって本当にただお茶会をする1日だけの話なのに、読んでいるときは意識が宇宙の果てまでもう一瞬で飛んで、一瞬で戻って、過去に戻って、過去から戻ってきて……というのが本当に一瞬のうちに起こるんですよね。それこそ、SFよりも「遠くに早く持ってってくれる文章」なんですけど、それを真似する技術はまだない。でもこういう書き方もありなんだって気づきまして。影響を受けたっていうのは……特定の誰かというよりはいろんなものを読んだ上で、 自分の中で取捨選択していったっていう感じですかね。ヴァージニア・ウルフの真似しても、絶対に書けないんで。


――実は私今回読んでいて、川原泉さんの『ブレーメンII』(白泉社)やうめざわしゅんさんの『ダーウィン事変』(講談社)といった漫画作品を思い出したんですけど、小説だと絵がない分、自分の想像の中でどんどんローズを膨らませていけるように感じました。


須藤 絵だとやっぱりゴリラになっちゃうんですけど、文章だとそこらへんがぼやかせるというか、ゴリラであることを忘れる瞬間があると思うんです。ゴリラの話してたんだっけ、人の話してたんだっけというモヤモヤ感というか、その形を失わせるのが小説だとうまくできるのかななんて思いつつ、でも『ダーウィン事変』は続きを楽しみにしてます(笑)。



――SFの賞に応募し続ける手もあったと思うんですけど、なぜメフィスト賞に?


須藤 『ゴリラ裁判の日』はSFとしての強度が低いんですよ。エンタメではあるんだけど、ミステリーとかSFとか特定の賞に持っていくと、ジャンル性が弱い。でもメフィスト賞はミステリーの賞としての強みは持っていながらも、ジャンルとしてはなんでもオッケー、面白ければなんでもオッケーと言ってたんで、じゃあいいかなと。 


――メフィスト賞はこれまでも意識されてたんですか?


須藤 (ちょっと焦りながら)あの、いや、実はすごく失礼な話なんですけど、メフィスト賞自体には全然、あの、思い入れがないというか…… あの、なんというかその、今まで読んでなかったんですよね。でも今回受賞して、メフィスト賞の作家を見た時に、ここで出られてよかったなっていうのはすごく思ってます。というのは、ミステリーの作家って本当に読者を意識した書き方がすごくうまいんですよ。最初から最後まで読者を騙すことを前提にして書いていながら、そのドライブ感というか、読者を飽きさせない書き方をしている。ここで勉強させていただきたい! だからメフィスト賞で出られたのはすごく良かったなって、今は思ってます。本当ですよ!


――いや、疑ってませんから(笑)。メフィスト賞に応募した時に、手応え感じられましたか?


須藤 えっと、すごく変な話なんですけど、毎回手応えはあるんですよ。これはいけるだろうと思って、でも毎回失敗して、毎回落ち込んでっていうの繰り返してるんで……。講評の座談会が出る前に受賞の連絡はもらったんですけど、実際にどういう評価だったかっていうのは、座談会を読んで初めて知ったんです。自分の作品がこういう風に評価されてるのかって、 すごくびっくりしましたね。


――どこにびっくりされたんでしょう、想定外の感想が出たっていう感じですか。


須藤 想定外でした。他の人の小説を読んだ時には、この人はキャラクターの書き方がうまいなとか、セリフがうまいなとか、ストーリーの運び方がうまいなとかって思うんですけど、自分の小説は客観的に読めないので……自分の中ではテーマは面白いとは思っていたんですが、それを読者に面白いと思ってもらえるかはわからなかったんですよね。それが座談会で、僕の小説に対してキャラクターがいいとか、セリフがいいとか、表現がいいって言われてて、「あ、本当ですか」って。 今までけなされてばかりで褒められ慣れてないもので、褒められたのは嬉しいけれども、本当にそれを受け止めていいんだろうかみたいな不安も若干覚えつつ。でも、あの座談会の感想が初めての「褒めてくれた感想」だったので、 何回も何回も読み返しました。



気になる中編は、3月20日の12時に公開!



『ゴリラ裁判の日』

須藤古都離

講談社

定価:1925円(税込)

カメルーンで生まれたニシローランドゴリラ、名前はローズ。

メス、というよりも女性といった方がいいだろう。

ローズは人間に匹敵する知能を持ち、言葉を理解し「会話」もできる。

彼女は運命に導かれ、アメリカの動物園で暮らすようになった。

そこで出会ったゴリラと愛を育み、夫婦の関係となる。

だが ―― 。

その夫ゴリラが、人間の子どもを助けるためにという理由で、銃で殺されてしまう。

どうしても許せない。

 ローズは、夫のために、自分のために、人間に対して、裁判で闘いを挑む!

正義とは何か?

人間とは何か?

アメリカで激しい議論をまきお こした「ハランベ事件」をモチーフとして生み出された感動巨編。



『ゴリラ裁判の日』特設ページはこちら!

須藤古都離(すどう・ことり)

1987年、神奈川県生まれ。青山学院大学卒業。2022年「ゴリラ裁判の日」で第64回メフィスト賞を受賞。本作が初めての単行本となる。「メフィスト」2022 SUMMER VOL.4に、 短編「どうせ殺すなら、歌が終わってからにして」が掲載されている。2023年夏に、新作「無限の月」発売予定。

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