◆まえがき「世界のそんじょそこらで地元メシ」
文字数 2,328文字
世界を旅するようになってから、もう三十七年も経つ。
二十代の頃はバックパッカーをしつつ、各地で働き、三十代では海外専門の添乗員となり、作家デビューしてからは、取材や執筆のために年に数ヵ月は海外にいた。
気が付けば、今や世界の八十五ヵ国に行っている。
そんな僕の旅のスタイルは、昔から変わらない。
ラフな服装で、そんじょそこらをうろつき、どの町に行っても、地元メシ探しに精を出しているのだ。
旅と名物料理はセットのように思われている。一方で、「名物料理にうまいものなし」という真実も同時に語られてきた。
ところが、「地元メシには、まずいものなし」なのである。
断言してもいい。
そんじょそこらの地元の人に愛され、食べられ、定着している料理が、まずいはずなどないではないか。
だから僕は、世界中を旅していると言いながらも、実は、世界のそんじょそこらをうろつきまわって、嗅ぎまわり、地元メシ探しに勤しんでいるのだ。
しかしコロナのせいで、このライフワークともいえる「世界の地元メシ探し」を、断念せざるを得ない状況に陥っている。
にっくきコロナの奴め!
と、ここまで書いてきて、ふっと頭に浮かんだのがイギリスでの旅である。
イギリスの料理はまずいとよく言われるが、その前に、フィッシュ&チップスの店以外、気軽に入れるレストランがいかにも少なかった。あっても中・高級レストランで、そうなると、一ヵ月の旅では、毎日食べるわけにもいかない。
そこで重宝したのが、テイクアウト専門店だ。中華とインドのテイクアウトの店は、地方のどの町でも必ずと言っていいくらいあり、しかもどこでも結構混んでいた。
ある町で入ったお店では、入るとカウンターしかなく、クリーニング屋さんかと思ったほどだ。カウンターにはメニュー表が置かれ、まず僕の目に飛び込んできたのは、「Chop Suey(チャプスイ)」だった。
野菜不足のイギリス旅で、これほどの援軍もいないであろう。
チャプスイとは、元は広東料理で、アメリカから世界に広まったとされている。僕が生まれて初めて食べたのは、インド・コルカタの中華料理屋で、北中米だけでなく、イギリスやオーストラリアや東南アジアなどでも食べられている。
そんじょそこらの世界の地元メシの、代表格的存在である。
「聞いたことないなあ」と日本人には言われがちだが、日本では「八宝菜」となる。世界のチャプスイは、甘い広東醬油味か塩味が、定番である。
チャプスイとフライドライス(炒飯)を、中国系の女性店員に注文し、しばし、医院の待合のような椅子に、妻と二人腰かける。
「おいしいかなあ」
妻が鼻の穴を膨らませる。
奥からは、食材を刻む音、続いて「ジャー、シャッ、シャッ」と、炒め合わせる音が聞こえる。リズミカルである。そしていい匂いが漂ってくる。
僕は間違いないと確信していた。
待つこと十分、女性店員が奥から出てきて、ぶっきら棒に言う。
「チャプスイと、フライドライスだよ」
四角いアルミの弁当箱のような容器に入れられた、二種類の料理はずしりと重い。やはり、一人一品注文すれば十分な量である。世界中で、中華料理は、日本の倍近い分量が、一人前の定量なのだ。
僕たちは、スキップしながらホテルに帰った。もちろん黒ビールも買い忘れずに。
そして狭いホテルのデスクを食卓代わりに、料理の蓋を取る。湯気がもわっと持ち上がり、甘酸っぱい匂いがしてきた。
なんと今回のチャプスイはケチャップ味だったのだ。
まずはフライドライスを皿に取り分けて、上からどっさりチャプスイをかける。
フライドライスの香ばしさが、チャプスイの水分と絡み合い、口の中で、ちょうどいい具合に混ざり合って、中華丼の豪華バージョンのようである。
ケチャップ味だけに、エビチリの味にも近かった。
もちろんうまい!
ああ、世界のそんじょそこらに、地元メシを食べに行きたくなってきた。
本書では、こんな世界の地元メシを紹介している。旅好きで食通を任ずる友人も、ネットで探してもわからない料理が出てくると驚いている。
ネット万能の時代の中でも、まだまだ地元メシまではたどり着けないようで、僕は少々、鼻高々な気分であった。そんじょそこらが、実は意外と遠いのかもしれない。
近いようで遠い、世界の地元メシの数々は、自分で言うのもなんだけど、実に冒険的で、魅力的、垂涎の的なのですな。
巻末には、本書に登場する地元メシの索引も用意してある。来るべき日の旅の予習に、あるいは文庫版なので、旅に持って行っても役立つこと請け合いである。
それではみなさん、Bon appétit(召し上がれ)。
次回(明日5月25日)は『食べるぞ! 世界の地元メシ』第1章「社会主義国キューバの地元メシ」掲載! 社会主義国の地元メシとは⁉ お楽しみに!
岡崎大五(おかざき・だいご)
1962年愛知県生まれ。文化学院中退後、世界各国を巡る。30歳で帰国し、海外専門のフリー添乗員として活躍。その後、自身の経験を活かして小説や新書を発表、『添乗員騒動記』(旅行人/角川文庫)がベストセラーとなる。著書に『日本の食欲、世界で第何位?』(新潮新書)、『裏原宿署特命捜査室さくらポリス』(祥伝社文庫)、『サバーイ・サバーイ 小説 在チェンマイ日本国総領事館』(講談社)など多数。現在、訪問国数は85ヵ国に達する。
岡崎大五『食べるぞ! 世界の地元メシ』好評発売中!

二十代の頃はバックパッカーをしつつ、各地で働き、三十代では海外専門の添乗員となり、作家デビューしてからは、取材や執筆のために年に数ヵ月は海外にいた。
気が付けば、今や世界の八十五ヵ国に行っている。
そんな僕の旅のスタイルは、昔から変わらない。
ラフな服装で、そんじょそこらをうろつき、どの町に行っても、地元メシ探しに精を出しているのだ。
旅と名物料理はセットのように思われている。一方で、「名物料理にうまいものなし」という真実も同時に語られてきた。
ところが、「地元メシには、まずいものなし」なのである。
断言してもいい。
そんじょそこらの地元の人に愛され、食べられ、定着している料理が、まずいはずなどないではないか。
だから僕は、世界中を旅していると言いながらも、実は、世界のそんじょそこらをうろつきまわって、嗅ぎまわり、地元メシ探しに勤しんでいるのだ。
しかしコロナのせいで、このライフワークともいえる「世界の地元メシ探し」を、断念せざるを得ない状況に陥っている。
にっくきコロナの奴め!
と、ここまで書いてきて、ふっと頭に浮かんだのがイギリスでの旅である。
イギリスの料理はまずいとよく言われるが、その前に、フィッシュ&チップスの店以外、気軽に入れるレストランがいかにも少なかった。あっても中・高級レストランで、そうなると、一ヵ月の旅では、毎日食べるわけにもいかない。
そこで重宝したのが、テイクアウト専門店だ。中華とインドのテイクアウトの店は、地方のどの町でも必ずと言っていいくらいあり、しかもどこでも結構混んでいた。
ある町で入ったお店では、入るとカウンターしかなく、クリーニング屋さんかと思ったほどだ。カウンターにはメニュー表が置かれ、まず僕の目に飛び込んできたのは、「Chop Suey(チャプスイ)」だった。
野菜不足のイギリス旅で、これほどの援軍もいないであろう。
チャプスイとは、元は広東料理で、アメリカから世界に広まったとされている。僕が生まれて初めて食べたのは、インド・コルカタの中華料理屋で、北中米だけでなく、イギリスやオーストラリアや東南アジアなどでも食べられている。
そんじょそこらの世界の地元メシの、代表格的存在である。
「聞いたことないなあ」と日本人には言われがちだが、日本では「八宝菜」となる。世界のチャプスイは、甘い広東醬油味か塩味が、定番である。
チャプスイとフライドライス(炒飯)を、中国系の女性店員に注文し、しばし、医院の待合のような椅子に、妻と二人腰かける。
「おいしいかなあ」
妻が鼻の穴を膨らませる。
奥からは、食材を刻む音、続いて「ジャー、シャッ、シャッ」と、炒め合わせる音が聞こえる。リズミカルである。そしていい匂いが漂ってくる。
僕は間違いないと確信していた。
待つこと十分、女性店員が奥から出てきて、ぶっきら棒に言う。
「チャプスイと、フライドライスだよ」
四角いアルミの弁当箱のような容器に入れられた、二種類の料理はずしりと重い。やはり、一人一品注文すれば十分な量である。世界中で、中華料理は、日本の倍近い分量が、一人前の定量なのだ。
僕たちは、スキップしながらホテルに帰った。もちろん黒ビールも買い忘れずに。
そして狭いホテルのデスクを食卓代わりに、料理の蓋を取る。湯気がもわっと持ち上がり、甘酸っぱい匂いがしてきた。
なんと今回のチャプスイはケチャップ味だったのだ。
まずはフライドライスを皿に取り分けて、上からどっさりチャプスイをかける。
フライドライスの香ばしさが、チャプスイの水分と絡み合い、口の中で、ちょうどいい具合に混ざり合って、中華丼の豪華バージョンのようである。
ケチャップ味だけに、エビチリの味にも近かった。
もちろんうまい!
ああ、世界のそんじょそこらに、地元メシを食べに行きたくなってきた。
本書では、こんな世界の地元メシを紹介している。旅好きで食通を任ずる友人も、ネットで探してもわからない料理が出てくると驚いている。
ネット万能の時代の中でも、まだまだ地元メシまではたどり着けないようで、僕は少々、鼻高々な気分であった。そんじょそこらが、実は意外と遠いのかもしれない。
近いようで遠い、世界の地元メシの数々は、自分で言うのもなんだけど、実に冒険的で、魅力的、垂涎の的なのですな。
巻末には、本書に登場する地元メシの索引も用意してある。来るべき日の旅の予習に、あるいは文庫版なので、旅に持って行っても役立つこと請け合いである。
それではみなさん、Bon appétit(召し上がれ)。
次回(明日5月25日)は『食べるぞ! 世界の地元メシ』第1章「社会主義国キューバの地元メシ」掲載! 社会主義国の地元メシとは⁉ お楽しみに!
岡崎大五(おかざき・だいご)
1962年愛知県生まれ。文化学院中退後、世界各国を巡る。30歳で帰国し、海外専門のフリー添乗員として活躍。その後、自身の経験を活かして小説や新書を発表、『添乗員騒動記』(旅行人/角川文庫)がベストセラーとなる。著書に『日本の食欲、世界で第何位?』(新潮新書)、『裏原宿署特命捜査室さくらポリス』(祥伝社文庫)、『サバーイ・サバーイ 小説 在チェンマイ日本国総領事館』(講談社)など多数。現在、訪問国数は85ヵ国に達する。
岡崎大五『食べるぞ! 世界の地元メシ』好評発売中!
