後編 雑誌の「雑」を大切にして

文字数 5,820文字

2020年1月号から大胆にリニューアルした文芸誌「群像」。1946年創刊という歴史ある雑誌に、これまでの純文学作品とともに、近年発表の場が失われつつある「論」のラインナップが新たに加わった。そこには、社会との接点を大事にした総合雑誌を目指す意図があるという。昨年6月に編集長に就任し、今回のリニューアルを決断した戸井武史編集長に、新生「群像」における目論見や、それをとりまく背景について聞いた。

雑誌の「雑」を大切に、興味を広げる多様性を

──先程お話のあった「論点」では、リニューアル第一号となる1月号から昭和史の実証的研究の大御所である保阪正康さんの「天皇制」の話題が入っていたり、かと思えば「気候危機とマルクス」といった視点や、話題の「ルシア・ベルリン」を取り上げたり、石井ゆかりさんの「占い」論を入れたりと、かなり攻めた内容になっていますね。


「天皇制」と「占い」と「マルクス」が並んでいるという面白さを感じていただけたら嬉しいですね。私はどうしても、雑誌の「雑」の部分を大切にしたいと思っています。ウェブメディアがこれだけ広まっているなかで、「紙で出す意味ってあるの?」と当然のように聞かれるのですが、やっぱり「意味はある」と思うんですよね。デパートで買い物をするときのように、隣の店も自然と目に入るということが紙の最大の強みだと思います。


リニューアルしてから「分厚いねぇ」って言われるんですけど、「全部読んでください」と言うつもりはまったくないんです。ひと月は短いですし(笑)、それぞれの読者に何かが引っかかればいいと思っています。ウェブメディアというのは、いつの間にかアルゴリズムで最適化されて、自分が見たいものだけしか見ることができなくなっているところがありますよね。「群像」は専門店ではなくて、デパート。できるだけ隣接する店の脈絡をなくして、入れ替わりも激しめにしたい。だから、4ページ前後の連載、「占い」の石井ゆかりさんがいい例ですが、いろいろな分野の書き手に幅広くお願いしていきます。文と論をうたっている以上、論のクオリティも高い水準を保ちたい。周りでサバイブしようとしている同世代の作家や編集者も手厳しい人たちが多いので、面白くない雑誌は作れないです(笑)。



──3月号もかなりバラエティーに富んだ内容になるそうですね。


3月号では朝日新聞「折々のことば」でも知られる哲学者の鷲田清一さんの連載が始まります。「所有論」という、かなり大きなテーマ、まさに「所有とは何か」ということを、縦横無尽に書いていただく予定です。「所有」というキーワードのなかでひとつの大きな論点は「労働」かもしれません。労働もある種の所有物なので、企業はそれをいわば個人からレンタルしているわけですよね。それは今の「働き方」ということとも密接に関係していて、大学者が手探りで考えながら書く著作としてかなり面白いものになると思います。


ほかにも、緊迫状態にあるイスラエルやヨルダンで「国境なき医師団」を取材したいとうせいこうさんのルポルタージュが始まりますし、柄谷行人さんの批評があったり、四方田犬彦さんに韓国問題を書いてもらったりと幅広いラインナップとなっています。

          「群像」3月号

戸井武史(とい・たけし)

1980年埼玉県生まれ。2004年に講談社に入社。入社後は「週刊現代」編集部に配属となり5年在籍。「セオリー」編集部を経て、2010年に「小説現代」編集部、その後文芸ピース出版部、文芸第二出版部へ。2019年6月に「群像」編集長に就任。

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