第6話 担当する記者の扱いに腐心する立浪だったが・・・・・・

文字数 3,270文字

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 パーティションで区切られた五坪ほどのスクエアなスペース……四階のミーティングルームの丸テーブルに立浪を含めて四人の男性が座っていた。
 立浪(たつなみ)以外の三人は、ニュース部A班にネタを提供するフリーの記者だった。
 毎週月曜日の午前中に、記者達がそれぞれのネタを立浪にプレゼンするプラン会議が開かれる。
 立浪は、スマートフォンの画像を人差し指でフリックした。
ラーメンを啜(すす)りながらスマートフォンに視線を落とすガタイのいい若い男性は、新谷明人(しんたにあきと)だった。
 新谷は去年、在京球団にドラフトで一位指名され、高卒デビューでいきなり十勝をあげたプロ野球界期待の大型ルーキーだった。
「どうだい? この侘(わび)しい表情、最高だろう? タイトルイメージは、『野球界のプリンス、スマホを弄(いじ)りながら寂(さび)しく一人飯』だ。購買意欲をそそるだろう? 」
 ベテラン記者の古田(ふるた)が、毛穴の開いた団子鼻の鼻翼(びよく)を膨(ふく)らませ得意げに言った。
「ピントもバッチリだし、最高の表情を切り取ってるし、俺ってやっぱ写真誌記者として最高にセンスがあるよな。そう思わねえか?」
 たしかに、古田が盗撮した五枚の画像はどれも顔をはっきりと捉えていた。
 喜色満面に自画自賛する古田の両サイドに座っている相良(さがら)と高岡(たかおか)が、薄笑いを浮かべていた。
 彼らの薄笑いの意味が、立浪にはわかっていた。
 立浪が抱える記者は、キャリア二十年の古田が最年長の四十五歳で、キャリア十年の高岡が三十四歳、キャリア二年の相良が最年少の二十五歳だった。
 立浪は意図的に、二十代、三十代、四十代という世代別に記者を起用していた。
 年代が違えばターゲットに選ぶスキャンダルも、アプローチの仕方も多様になってくる。
 スポーツ選手が積極的に新しいトレーニング法や食事法を取り入れて進化してゆくように、写真誌の世界にも新しい血を導入しなければならない。
 昔ながらの泥臭い張り込みも大切だが、若い世代はツイッターやインスタグラムなどのSNSを駆使して合理的かつ迅速に情報収集する。
 もちろんSNSはガセネタも多く、ただ情報を集めるだけではだめだ。
 最終的にものを言うのが記者のセンスなのは、昭和生まれも平成生まれも変わらない。
「これだけ?」
 立浪は、スマートフォンを古田に戻しつつ確認した。
「ああ、それだけバッチリ写ってりゃ十分だろうが。苦労したぜ。新谷がこのラーメン店の常連だと情報仕入れてから三週間通い続けて、ようやくゲットした写真だ。おかげで、三キロも太っちまったよ」
 古田が妊婦のように突き出たメタボリック腹を掌(て)で叩き、豪快に笑った。
 驚異的な忍耐力でターゲットを追い続け、嚙(か)みついたら離さない執拗(しつよう)さから「スッポンのフルさん」の異名(いみょう)を取り、同業他誌を出し抜きスクープを連発していた時代もある。
 だが、それは昔だからスクープになり得たネタであり、情報に溢(あふ)れ目が肥(こ)えた令和の読者の心には刺さらない。
「これじゃ弱いな」
 立浪はにべもなく言った。
 もっと気遣ってやりたかったが、同情では古田が家族を養えない。
 叶うことのない希望を抱かせるより、未練を断ち切り次の獲物を狙わせるのが彼のためだった。 
「おいおい、あんたの眼は節穴か? 新谷の注目度を知らねえわけじゃないだろう? 二流選手の一人飯には誰も興味がなくても、新谷なら話は違ってくる。そんなことも……」
「わかってないのは、フルさんのほうだよ。有名人の侘しい一人飯という狙い自体は、否定していない。ただ、そのテーマに十九歳のスポーツ選手は違う。十代の男子が一人で飯を食っても孤独感はないし、しかもラーメンは基本的にグループやカップルで食べることが少ないから、一人で食べていても違和感がない。でも、たとえばベテラン女優が一人でラーメンを食べている画(え)だったり、ベテラン男優がスーパーで夕食の総菜を買ったりコンビニで弁当を買ったりしている画であれば、侘しさ指数がグンと上がるってもんさ」
 立浪は、古田を遮(さえぎ)り不採用の理由を並べた。
「そりゃそうかもしれねえが、新谷は球界期待のスーパールーキーだから、意外なプライベートが記事になれば話題になるって。なあ、立浪ちゃんさ、俺を信用してくれよ。ここんとこ、何週間もボツが続いてるからこっちが苦しくてよ」
 古田が半泣き顔で、人差し指と親指で円マークを作って見せた。
 たしかに、この一ヶ月、古田のネタはすべて不採用だった。
 裏で古田のネタに手を加え、クオリティアップして編集長と副編集長が参加するゴールドプラン会議に提出したこともあるが、それでも不採用になってしまった。
 立浪にはわかっていた。
 古田の感性が古く、情報についていけていないことが理由だと。
「新谷選手が一人でラーメンを食べるのは、意外なプライベートなんかじゃないですよ」
 突然、相良が口を挟(はさ)んだ。
「なんだと!? そりゃどういう意味だ!?
古田が相良を睨(にら)みつけた。
「どうぞ」
 相良がスマートフォンを古田の前に置いた。
「こりゃなんだ?」
 古田が怪訝(けげん)そうに言った。
「新谷選手のインスタです。古田さん、さすがにインスタグラムは知っていますよね?」
 相良が、小馬鹿にしたような口調で訊(たず)ねた。
「馬鹿にすんな! インスタくらい知ってるに決まってるだろ!」
 古田が血相を変えた。
「だったら、新谷選手の一人ラーメンのネタなんて提出しないと思いますけど。ほら」
 相良が言いながら、インスタグラムの投稿画像をタップした。
「え……」
 画像に視線を落とした古田が絶句した。
「新谷選手のラーメン好きは、プロ野球ファン、新谷選手のファン、マスコミ関係の間では有名な話です。自身のインスタでも、いま古田さんが見ている通りラーメンを食べている画像を投稿しています。たまたまじゃなく、先月は三十五回投稿しているうちの十回はラーメン店巡りの画像です。古田さんがSNSをチェックしないから、三週間も無駄足を踏むんですよ」
 相良が淡々とした口調で言うと、古田を冷めた眼で見た。
「無駄足だと!? 若造っ、もう一遍言ってみろ! 俺はな、てめえが洟(はな)たれ小僧だった頃から記者をやってるんだよ! 舐(な)めた口利(き)いてんじゃねえぞ!」
テーブルに掌を叩きつける古田の怒声が、ミーティングルームに響き渡った。
「だから、古田さんはだめなんですよ。取材に要した時間の長さや苦労を評価の対象にしているようですが、僕に言わせればそんなものは害悪でしかありません」
 相良が、古田に向けた視線同様に冷え冷えとした口調で言った。
「俺が害悪だと!?
古田の下膨(しもぶく)れの顔が、みるみる紅潮した。
「そもそも、三週間もラーメン店に通い詰めたことを功績として口にする自体、わかってない証拠です。自腹ならまだしも、『スラッシュ』編集部に必要経費として請求するわけですよね? そんな無駄な時間とお金をかけるくらいなら、日に一時間でも新谷選手のインスタやツイッターをチェックすればよかったんです。そうしていれば、ラーメン店に張り込まずに済んだはずですからね。古田さんの時代の言葉で言えば、百害あって一利なしというやつですよ」
 相良が、微(かす)かに片側の口角だけを吊り上げた。
「てめえっ、もう許さねえぞ!」
古田が相良の胸倉を摑(つか)んだ。
「フルさん、いまはミーティング中だ」
 立浪は、古田を制した。
「でも、こいつが……」
「これ以上続けるなら、いますぐ退室して貰う。残り二つのネタ、プレゼンできなくてもいいのか?」
 立浪が見据えると、古田が唇を嚙んで黙り込んだ。
(第7話につづく)

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