〈宇治十帖編〉第2話 薫vs.恋愛フリーライダー匂宮 三角関係黎明編

文字数 6,058文字

なんと『刀剣乱舞』の舞台にも『源氏物語』の名が……。これはもう履修するしかない!

必要に迫られたみなさんにもぜひ読んでもらいたいエッセイ「ファスト源氏物語」シーズン2。『探偵は御簾の中』シリーズの汀こるものさんが、冗長な「宇治十帖」を面白くまとめてツッコミまくる。

今回は甘やかされて育ってしまったばかりに、モンスター化した男をご紹介!

とにかく紫式部が描くゲス野郎が凄すぎる。たぶん、あなたが思うより強烈です。

 第2回ですが編集さんが一瞬ためらった「宇治十帖で一番面白い文章」を平安の原文で先にお出しします!


 おりたちてあながちなる御もてなしに、女はさもこそ負けたてまつらめ。わが、さも口惜しう、この御ゆかりには、ねたく心憂くのみあるかな。いかで、このわたりにも、めづらしからむ人の、例の心入れて騷ぎたまはむを語らひ取りて、わが思ひしやうに、やすからずとだにも思はせたてまつらむ。まことに心ばせあらむ人は、わが方にぞ寄るべきや。されど難いものかな。人の心は。

(訳:女は匂宮の方から強引なことをされるとたちまち負けてしまう。悔しい、彼絡みの件ではわたしばかり情けない思いをさせられる。どうにかして例によって例の如く匂宮が夢中になっている美女などをわたしが横から奪い取って、穏やかでないここ最近のこの気持ちを彼にも思い知らせてやりたい。本当にもののわかる賢い女はわたしになびくべきだ。だがままならない、人の心は)


 何だこの典型的なアレは!

 悪いインターネットみたいなことが書いてある! 源氏物語に!?


「匂宮にわからせてやるために美女をNTRしたい。その辺にいないか」


 目的が美女ですらない! しかし思えば光源氏は何人もよその女をNTRったのにこんなことを言ってくれる男は1人もいなかった!


 というわけでこれは五十二帖『蜻蛉』で最後の方の薫の独白です。面倒くさくてわかりにくい薫、完成型を先に見せておきます。最終的にクソ男なりに何かになったような風格すら漂うという風情です。お楽しみに。


 この宇治十帖という話、「チャラ男vs.非モテ、男同士の巨大感情」も超強い


『宿木』あらすじ

 大君の喪が明けると中君は宇治を引き払い、匂宮の二条院の邸に引き取られて正式な妻となった。大君の死から立ち直れない薫は自分こそ彼女の夫になるべきだったという思いを捨てられない。その頃、匂宮は夕霧大臣の娘・六の君との政略結婚が決定。薫には皇女・女二の宮が降されることになった。中君は匂宮の子を懐妊していたがまたしても匂宮は邸に寄りつかなくなる。夫が大臣家で婿として饗応を受けていると思うと気が気でない中君。一方、中君のわびしい暮らしを噂に聞いて、薫は彼女への恋慕が募る。ついに中君のもとを訪れてかき口説こうとするが、妊婦の腹帯を見て思いとどまる。翌日、匂宮は中君の部屋で薫の残り香に気づき、妻の不貞を疑う。薫に恩義を感じる中君は父が残した落胤、異母妹の浮舟を大君の身代わりにと薫に勧める。女二の宮と望まぬ結婚をした薫は、宇治を通りかかった浮舟を必死で覗き見る。


 さてここで改めて第1回ではろくに言及してなかった匂宮の紹介を。光源氏の娘・明石中宮の3番目の息子。薫とは戸籍上、叔父と甥。実際の血縁では……いとこ。家系図がねじれていてややこしい。


 薫のフレグランス体臭設定が羨ましくて複雑な練り香を研究して焚きしめているのであだ名が「匂宮」


地の文「光る君はそんなオタクくさい努力しなくてももっと美しかった」


 ……何かコワいな……宇治十帖は紫式部作じゃないって説もあるらしいが、本人以外がこんな辛辣なこと書くか?


 それはともかく匂宮は薫の行く先々について行きたい。宇治八の宮の娘・中君とか薫がべらべら喋って初めて知った。既に感情が巨大な男


 先週の更新分で実は夕霧の娘と結婚する予定だったのに宇治辺りをうろついて遊んでいるので母に叱られて謹慎を喰らっていた。


明石中宮「宇治に好きな人がいるなら邸に連れてきて愛人にしなさい、こちらで女房として世話してあげるから! あなたは三男だけど皇位継承権があるのよ。お兄さまたちの後で即位させてあげるから人聞きの悪い遊びはよして!」


 ……そんな三男まで順繰りに即位させてやるとかある? たまによくあるらしい。


 そもそも明石中宮の長男と次男は幼い頃からバリバリ帝王学を学ぶため宮中で英才教育を受けていたが、三男になるとまあいいかとなって匂宮だけ六条院で光源氏と紫の上が雑にかわいがって育てていた。源氏物語本編の最後の方。当時5歳。


匂宮「ぼく思いついたんだけど桜の木の周りに几帳を立てたら花が散らないんじゃないかな!」


光源氏「宮は賢いなあ」


 対照的にこの頃の薫は何をしても「もう柏木に似てる、怖い」と避けられていた。


 それから20年後の宇治十帖の匂宮。

 大君危篤で薫が走り回っているのに匂宮は過保護な夕霧と明石中宮に叱られて宇治に行けず、姉・女一の宮の話し相手とかさせられてた。


匂宮若草のね見むものとは思はねどむすぼほれたるここちこそすれ

(訳:在原業平は若草にたとえて実の妹まで口説こうとしたって聞くと、真似したいわけじゃないけどムズムズするよね! あーあーやれない女がいくら美人でもつまんねーなー)


 5歳児が甘やかされて25歳になるとこうよ


 清く正しく生きている姉、他にこんなセクハラしてくるヤツこの世にいないのであまりのショックでリアクションが取れない。


 ……綺麗なキャラを続編でガクッと落とす仕草、これやっぱ原作者本人がやる手つきなんじゃないの?

 

 厨二病が複雑骨折して全方位的に面倒くさい薫に対してわかりやすい平安性欲モンスター匂宮! 一目見て底の底までわかる直球のクソ野郎です!


 さて大君は薫に看取られて死にました。流石に気まずいのでのこのこ匂宮もやって来てたどたどしく中君を慰めたりした。


 そして匂宮がやっと中君を「妻として」京に迎える決心をする。


 彼には「皇位継承権3位のオレサマ、帝に即位した暁には中君をお妃にしてやるぜ!」という大望があった。明石中宮の言う通りに愛人コレクションにストックしたら、匂宮が即位しても中君の身分はずっと愛人で固定してしまうのだ。


 こうして中君は姉の喪が明けると京都市内の二条院に移り、そこで匂宮と結婚生活することに。

 薫が用意した邸だ。通い婚なので女の中君の方が豪邸に綺麗な服とご馳走を用意して婿・匂宮を迎えなければならないところを全部薫に仕度してもらった。何せ薫は故・宇治八の宮から直々に中君の衣食住の世話を任されたので。


「引っ越したらご近所さんですよ!」


中君「はあ……」


「わたしの邸に大君を妻として迎えることができていたら……中君は大君に似ている……わたしが匂宮の妻にしてしまった……大君はわたしと中君こそ結ばれるべきと言っていたのに……」


中君「不穏なオーラを感じる……こうなると、この人、わたしにとって何?」


 匂宮と中君と薫が二条院に一堂に会すると、何か、気まずい。

 中君の胸中は複雑だ。


 一応薫の婚約者ということになっていたのに当の薫の策略で匂宮と結婚して、いろいろあったけど当事者の自分より横にいる姉の方が「匂宮さま薄情! わたしがついていながら妹を結婚ガチャ爆死させてしまった!」と大騒ぎして死んでしまった。わりとどうしたらいいのかわからない。


 それでも「宇治の愛人その1」ではなく一応京都市内に匂宮の妻として居をかまえ、妊娠もしたのだから匂宮の妻として筋を通さなければ


 一方、匂宮は帝位を意識するからには夕霧大臣の娘とも政略結婚して舅一家に媚びへつらわなければならなかった。第三皇子、口を開けていれば帝位が転がり込んでくるなんてムシのいい話はない。帝活しなければ


 お互いつらい立場。


 わかってはいるが、ぽろっと「やっぱりわたしなんかが宮さまの妻になろうなんて身のほど知らずだったんだわ。宇治に帰った方がいいのかなあ」と、よりにもよって薫に弱音を吐いてしまった中君


「やっぱり遊び人の匂宮を巻き込むんじゃなかった……何で中君をあいつと結婚させてしまったんだ……」


 薫は見た目こそ普通に社会生活を送っていたが、大君の死から立ち直れず錯乱しまくっていた「匂宮が不実なせいで大君が!」とキレる方がまだマシだった。この理由でキレてたのはむしろ中君で、薫は何となく怒るタイミングを逃していた。多分、同じ家で育っても皇子さまの匂宮ばっかヒイキされて薫は何かと我慢させられて怒り方がわからなかった。


 人は怒るべきときに怒らないと、後々で累積エラーになって斜め上に噴出する。

 薫、どう考えても大君死んだときに出家するべきだったんじゃ?


「母上を残して出家なんてできない! 社会的地位もあるし世間への責任が」


 あ、こいつ絶対出家しないわ。


中君「姉さまの言う通りに薫さまと結婚していればよかったわ。今からでも宇治に帰ります。おつき合いください」


「つき合う!? つき合いますか!?」


中君「え、いやそういう意味じゃ」


 御簾から手を入れて中君の袖を掴む薫。そのまま御簾の中に押し入る。


「そもそも大君はあなたとわたしを結婚させる予定だったのだから!」


中君「待って待って待って」


 押し倒されてついに泣き出す中君。


「何だ子供みたいに。泣きたいのはわたしだー!」


 薫、無茶苦茶言った後でふと我に返り、自己嫌悪して途中でやめて牛車で帰宅。


「つわりで具合悪いって聞いてたけど本当だったな。お腹大きくなってたし腹帯見たら気の毒になってやめちゃったよ。ああわたしっていつもいつもヘタレで嫌になる」


 妊婦の腹帯。平安用語で「標の帯」


「触ってわかるほどお腹が大きくなっていた」説もあるが、「当時の着付けが雑だった」説を推したい。

 どんくらい雑かというと。


 まず女は全裸に長袴だけ穿いて腰のところを適当に結びます。長袴はいつも穿いているのでその下に腰巻きがあるかどうかは些細な問題です。

 単衣だの袿だの小袿だの表着だの細長だの、色とりどりのトップスを羽織ります。

 特に何も帯を締めずに完成です。

 

 上着の前身頃を大きめに作って何となく前を合わせるだけで紐も帯も使わずにいると、迂闊に動くと乳房がこぼれる。

 高貴女性は座ったまま動かないのでこれでも生活できる。絵では帯締めてるって? それは「女房の裳唐衣」の「裳の腰紐」です。側仕えの女房は着飾らなければならないが高貴女性の日常着はもっとラフな格好してる。


 この状態で男に袖を引かれると、おっぱいがポロリして腹帯も見える。


 袴の下に単衣や小袖を着込むとこういう事故は防げるので平安物ドラマなどではそうなっている。現代物でもドラマで普段着は着てないし。


 源氏物語では『空蝉』受領の娘・軒端荻が暑いし女しかいないからとおっぱい丸出しで碁を打っていた。他に雲居雁は授乳に恥じらいがない。


 宮さまの令嬢で人妻なのにいきなり薫に腹帯が見えるほど裸にされた中君は泣いてしまった。


 薫の遠慮は現代人が考える「妊婦マークに怖じ気づいた」とはちょっと違う。腹帯は夫が締めるものなので「匂宮のマーキング跡」の意味はあるかもしれない。なお「妊婦とやってはいけない」という認識は(あんまり)ない


 翌日、久しぶりにタイミング悪く中君のもとを訪れた匂宮。


中君「やっぱり男はケダモノなんだわ。宇治に帰るなんてもう言いません」


匂宮「一層お腹が大きくなって愛しいぜマイハニー。ところで薫の匂いしないか? おれは詳しいんだ。下着の中まで匂うような。いやこんなに美人なんだから間違いの1つ2つはあるだろう。キミは薫とは長いつき合いなわけで」


 メチャ責めるわけではないが完全にやったものと決めつけてくる。

 ちなみに側仕えたちはバッチリ見ていたが、薫さまのなさることを止められないので気を利かせて途中で退出してしまい誰も真相を知らない。


 薫の寸止め、本人が「我慢した」と思っているだけで女の方には寸止めで助かったというメリットが全くない。中君には「途中でやめてあげた」などと恩着せがましく言われる筋合いはなかった。いっそ最後までやられていたら告訴できたのに。一応この時代、不倫には刑事罰があります。


 今や、薫には明白に非モテから来る認知の歪みが発生していた。

 中君はモテるクソ野郎と非モテクソ野郎の間に挟まれてしまった。


 中君は母を喪い父を喪い姉を喪い、今は身重、財産といえば宇治の小さな邸1つ、領地など持ち合わせがない。宇治ではギリ生存できていたが、京で匂宮と結婚生活を営むには薫から生活費をもらい続けなければならない。


 詰んだ。


中君「結婚しないまま死んだお姉さまが羨ましい!」


 生者が死者を羨む時代だ。

 その後、ノコノコやって来てDV夫のような言いわけをする薫


「違うんです、わたしは生まれてこの方、出家したいキャラでやってきたのに大君に恋してからずっとペースが狂って。こんなのわたしじゃない。大君そっくりの人形を作ったり絵を描いて拝んだりしようかなあ」


中君「人形ですか」


「はい」


中君「なら最後の手段です。父の隠し子という娘さんがいます、姉にとてもよく似ていて。その人を人形とすればどうでしょうか」


 この場合「人形」は着せ替え人形と神道・陰陽道で病などの穢れを移して川に流す人の形に切った紙の護符「ヒトガタ」と両方の意味。


「……そんなに似てるの?」


中君「似てる似てる。だからわたしに言い寄ってくるのもうやめて」


 ここで中君、家族に冷遇されていた腹違いの妹・浮舟を本人の知らんところで薫に紹介。限りなく「売り飛ばした」と言える。


 後日、薫は宇治の邸をメンテしていたら浮舟が偶然通りかかり、必死で姿を垣間見る。


「後ちょっとのところで顔が見えない! こう、こっちの角度なら」


浮舟づきの女房「あら、いい香りが……誰かお香を焚いているの? 都って雅ー」


 エグザイルダンスばりに角度を変えて、腰が痛くなるほどみっともなくガン見してた。


「大君と中君のいいところばっか似てるー! 勝訴ー! 蓬莱山まで楊貴妃の霊に会いに行った玄宗皇帝よりわたしの方が勝ってるー! 浮舟ちゃん今すぐ結婚してー!」


 ……お前、出家したいので女に興味ないとかしょうもない見栄張ったのが全ての発端とはいえ、ここまで堕ちるか? 1回くらい色即是空とか言ってみようや?

汀こるもの(みぎわ・こるもの)

 1977年生まれ。大阪府出身。追手門学院大学文学部卒。

『パラダイス・クローズド』で第37回メフィスト賞を受賞し、2008年にデビュー。以来、「THANATOS」「完全犯罪研究部」「レベル99」「探偵は御簾の中」シリーズ上梓のほか、ドラマCDのシナリオも数多く手がける。

Twitter:@korumono

平安ラブコメミステリー「探御簾(たんみす)」シリーズ最新作

『探偵は御簾の中 白桃殿さまご乱心』発売中!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色