はじめての春③

文字数 1,023文字

 テレビモニターをちらっと確認すると、巨人の猛攻がつづいていた。ホームランのあと、後続の打者がさらに二塁打を放ち、ふたたび得点のチャンスを迎えていた。
 控え室の空気が、さらに殺伐(さつばつ)とする。チッと舌打ちがどこかから響いた。もう、打たないでいいから! と、心のなかで巨人の選手に嘆願(たんがん)した。
「雨宮、お前、さっき『よっしゃあ!』って、うれしそうに拳握りしめてたやん」甲斐さんは、いらだたしげに貧乏揺すりしていた。「あれ、マジでどういうことなん?」
 隠れキリシタンって、こんなにもびくびくして暮らしていたんだなと、何百年も前の人たちに深いシンパシーを感じた。もし巨人ファンであることがバレたら、すぐにこの場からたたき出されると思いこんでいた。
 必死に訴えた。
「僕は身も心も、阪神グループに(ささ)げたんです! ジャビットくん人形をぼこぼこに(なぐ)って、ぎたぎたに踏みつけろって言われたら、もうよろこんでしますから!」
 そこで、その場にいた全員がいっせいに笑いだした。「冗談に決まってるやん!」と、甲斐さんが俺の肩をたたいた。
「へ……?」俺は涙目のまま、甲斐さんにすがりついた。「冗談って……、えっ、どういうことですか?」
「冗談は、冗談や」と、甲斐さんが少し不憫(ふびん)そうにあやまった。「ごめんな。雨宮があまりに泡食って否定するから、イジってみたくなってな」
「お前、マジでアホやな!」一年先輩の長谷(はせ)さんが、手をたたきながら大笑いした。「まさか、ここにおるのが全員阪神ファンやと思ってんちゃうやろな?」
「えっ、そうじゃないんですか?」頭が真っ白になった。俺のなかで、被害妄想が最大限にふくらんで、あらぬことを口走ってしまった。「巨人ファンがバレたら、みなさんに囲まれて、殺されちゃうんじゃないんですか?」
「囲まれて殺されるて……、関西人を何やと思うてんねん……」
 胸をなで下ろしたのはたしかだが、母さんがこうも言っていたことを思い出した。
 大地はどこか抜けてるところがあるから、お母さんすごく心配なの、と。
 抜けてるのは、あなただよと、叫びたかった。ほとんど母さんにだまされたようなものだ。親子そろってほんわかしてますよねと、他人から言われることが多い。「ほんわか」とは、すなわち「天然ボケ」を柔らかく表現しているのだと、さすがに俺だってわかっている。


→はじめての春④に続く

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