【前編】『風致の島』文庫化!特別対談 黒川博行×赤松利市

文字数 4,433文字

赤松利市さんの東南アジアでのカジノコンプレックス開発を巡る謀略小説『風致の島』が文庫化!

カジノ好きで知られる黒川博行さんとの対談を特別に掲載!

特別対談【前編】

日本にカジノ? 俺たちは賛成やで


小説現代2020年12月号掲載   写真/森 清

小説はまずキャラクターから


黒川 『風致の島』は赤松利市が国際謀略小説に進出したと思って、面白かった。赤松さんの作品は根っこがしっかりしてる。それから記述が丁寧です。表現にバリエーションがある。俺にはできません。

赤松 いえいえ、よう言いますわ。

黒川 言葉も豊富やね。純文学の匂いがある。会話も地の文も説明やなくて描写になってる。けど、たとえば自然の描写がたくさんあるかというとそうやなくて、けっこう省略もされてます。そこは読者に想像してもらおうということやと思いました。

赤松 そうですね。ありがとうございます。

黒川 インドネシア、バリ島という地名を出さないで書いてるのも工夫やね。

赤松 ええ。誰が読んでもバリ島が舞台なんですが。

黒川 自分で書いてても、ここは実名を書きにくいなというのはあります。「アジアの虎」として出てくるのはユドヨノですか。

赤松 いえ、あれはスハルトなんです。

黒川 あっ、そうなんや。大昔の人間やね。俺はまだ存命のユドヨノやと思って読んでました。そこも名前を出さなかった。

赤松 そうなんです。ジンバラン地区の巨大開発のとき、実際に私はやられてるんです。スハルトの息子の会社を信用して二百万円で買ったんです。

黒川 株ですか。

赤松 いえ、家を。でもスハルト政権自体がつぶれてしまったんで、今はただの野っ原になってます。

黒川 へえ、それが作品のモデルになってるんやな。それから、登場人物のキャラクターもみんな濃厚です。各人がこういう奴というのがものすごくはっきりしてて、同じようなキャラクターが一人もいません。キャラクター作りも赤松さんは最初から得意ですね。

赤松 いつもプロットを立てないで書いているので、まずキャラクターからなんです。

黒川 それは俺と一緒です。人間を書くんやからキャラクターが一番大切です。なぜそんなことをする人間になっているのかという経歴、履歴、そこをしっかり書く。赤松さんの作品はデビューから読んでるけど、そこはまったく変わりませんね。キャラクターは最初に何人ぐらい考えたのかな。

赤松 五、六人ですかね。

黒川 それらをバリ島に行かせようと。

赤松 そうですね。バリ島が舞台というのは決まってました。

黒川 でもこれが謀略小説になるとは思ってなかった?

赤松 思ってなかったです。

黒川 やっぱり俺と一緒(笑)。パズルのようなミステリーやったら破綻するけど、我々はハードボイルドやから。

赤松 ミステリーは私には書けません。

黒川 流れを決めるより、その場その場で考える方が面白くなるかもしれん。一冊を仕上げるまでにいろんな岐路があって。『風致の島』は、どういう結末にするのかが難しいと思いながら読んだけど、あの結末しかないかもしれません。

赤松 別の結末も考えはしたんですが。

黒川 あれで正解やと思います。

赤松 大藪春彦賞をいただいた『犬』も書きながら考えました。

黒川 『犬』は主人公をゲイバーのママにしたのがよかった。ラストシーンもすごくよかった。『風致の島』もそうやけど、ラストに情感があるのがええね。

気軽に呪術師に頼んで、バリ島では「人を呪う」


黒川 赤松さんはいろんなことをしてきたから、人が知らない世界をいろいろ知ってますね。『風致の島』にも原発に関わるゼネコンの仕事とかが出てきたけど、あれも自分の経験から書けたんですね。

赤松 そうです。経験が生きてます。バリ島にも一年半住んでましたから。

黒川 俺は行ったことがないんやけど、バリ島はええとこでしたか。

赤松 ええ。好きでした。

黒川 バリ島で普段使ってる言葉はマレー語ですか。

赤松 そうです。一緒に行っていた娘はペラペラになりましたけど、仕事のやりとりをする相手はみんな英語ができたんで、私はマレー語が下手でした。当時はゴルフ場の仕事で稼いでいたんで、バリでさらにひと山当てて移住しようと思ってました。

黒川 何で当てようとしたんですか。

赤松 不動産です。今は違うでしょうが当時はバリ島には不動産屋がなかったんです。でもバリに住みたいという人はいっぱいいるし、うまくいくんやないかと。日本と貨幣価値が全然違いましたし。一対百ぐらいでしたから日本から百万円持って行ったら一億円あるぐらいの感覚でした。メイドを一ヵ月雇うお金が三千円でした。メイドを三人、シッターを一人、専用のドライバーを一人雇っても五人で月に一万五千円です。

黒川 当時のインドネシアはそんなに収入が少なかったんや。

赤松 最初は一対二十ぐらいだったんですが、アジアの通貨危機でどんどん値下がりしたんです。そのときに現地に嫁いだ日本人妻が日本から金を送らせてどんどんルピアを買ってました。値上がりする言うて。でも、全然上がらなかったです。

黒川 バリ島に憧れて行った女たちやね。

赤松 『風致の島』に書きましたように、結婚してみたら第一夫人がいたり第二夫人がいたりするわけです。バリ島では三人までと結婚できるので。さらに、持つ者は持たざる者に分けるという土地なので、なんぼでも金をせびってきますし、それが悪いこととは思ってないんです。

黒川 作中にも登場していたバリアンと呼ばれる呪術師は、普通にいるというか、みんなから知られている存在なのかな。

赤松 各村にいます。日本の感覚で言うと散髪屋より多いです。みんなわりと気軽にバリアンのところへ行って人を呪います(笑)。

黒川 でも効き目はないんでしょ。

赤松 彼らは信じているんで、たとえば体調が悪くなると「誰かに自分は呪われている」と。で、それが歯止めになっているからあんまり喧嘩は起こらないです。現地法人に勤めている日本人が地元の人を怒ったりすると、絶対バリアンに駆け込まれて呪われているはずです。呪った方は呪ってやったということで気が収まるんです。

黒川 呪術師が社会に普通にいてるんですね。今も?

赤松 今もです。いっぱいいます。

黒川 一年半住んで、なんで日本に帰ってきたんですか。

赤松 向こうでの仕事がうまくいかなかったのと、あんまり留守にしてたら日本での仕事も危なくなるかもしれないんで。嫁さんと娘を向こうに住ませて、私は行ったり来たりしてました。今は観光ビザで滞在できるのは一ヵ月までですけど、以前は二ヵ月までいられたんです。切れそうになったらシンガポールに日帰りで行って延長してました。

スロットマシンは金を吸い込む機械


黒川 マレーシアのゲンティンハイランドのカジノへは二十年ぐらい前に一回だけ行きました。当時はマカオよりゲンティンの方が大きくて東洋一やったね。いつのまにかマカオが追い越してラスベガスより大きくなり、今はぶっちぎりの世界一です。赤松さんは『風致の島』でカジノコンプレックス開発に百億ドルと書いてたけど、あれはとても正しい。今、カジノをひとつ作るには一兆円、大体百億ドルかかります。ラスベガスにもマカオにもあるベネチアンを作ったラスベガス・サンズが百億ドルの資金を集めていたそうです。カジノというのはとんでもなく大きな金が動きます。マカオで中国の地元資本が入ってるのはリスボアなどで、他はアメリカのユダヤ資本です。サンズもMGMもそうですね。

赤松 黒川さんがマカオに行かれるのは全部カジノのためですか。

黒川 そう。でもこれまでに十数回行って勝ったことがない。一回あたり五パーセントのテラ銭を取られて、一晩いたらなくなるのが当たり前。やるのはほとんどがバカラで、ルーレットを気晴らしにやることもあるけど、勝てるのはバカラしかないからです。他はテラ銭がキツすぎる。特にスロットマシンは還元率が三十とか四十パーセントとかで、金を吸い込む機械やね。

赤松 ラスベガスではいろんなカジノのスロットマシンがネットワークでつながっていて、今全体でいくら稼いでるか、大当たりが出たらどこまで大きく出すかというのが決まってるみたいですね。

黒川 そういうことはあります。昔、ラスベガスで歌手の田端義夫がジャックポット(大当たり)を出して大金稼いだことがあった。そういうのはカジノの人気取りかもしれんし、裏はわかりません。

赤松 都市伝説かもしれんけど、ラスベガスで働いていたあるメイドさんが、毎日何ドルかずつやっていたら、ある日何億ドルも当たったとかいう話もありました。宝くじみたいなもんですね。

黒川 そうそう。スロットは宝くじ。宝くじの還元率と似たようなもんです。

赤松 ゴルフ場関係で整備機械の会社社長とカジノへ行きましたけど、本当に博打が好きな人がいて、年取ってチップを前に出す腕の力がなくなるまでやってました。同行した子どもたちのリュックに五百万円ずつ現金をつめて持ち込んで、帰りには全部なくなってたりしました。そういう人はラスベガスではホテルがタダなんです。VIPですから、ホテルに着いたら奥さんにはすぐにリムジンでシャネルから迎えが来てました。

散髪屋より多い呪術師…!

続きは【後編】で!

南国リゾートを舞台に大藪春彦賞作家が描く「謀略」と「呪い」と「愛」の物語


巨大リゾート開発のためバリ島に赴任したスーパーゼネコン社員の青木は、計画が頓挫した後も退職して島に残り、手に入れた裏金で隠遁生活を送っていた。

カジノを中心とする新たな開発プランを耳にした青木は、その利権を狙って動き出す──。

金、酒、官能、暴力、逆転に次ぐ逆転の、すべてが”過剰”な物語!

黒川博行

1949年、愛媛県生まれ。京都市立芸術大学卒業。会社勤めの後、約10年間、大阪の府立高校で美術教師を務める。その間の1983年に『二度のお別れ』が第1回サントリーミステリー大賞佳作となり、翌年でデビュー。1986年に『キャッツアイころがった』で第4回サントリーミステリー大賞、1996年に『カウント・プラン』で第49回日本推理作家協会賞、2014年に「疫病神」シリーズの『破門』で第151回直木賞、2020年に第24回日本ミステリー文学大賞、2024年に『悪道』で第58回吉川英治文学賞を受賞。他の著書に『桃源』『後妻業』『連鎖』など多数。

赤松利市

1956年香川県生まれ。関西大学卒業。会社勤めの後、35歳でゴルフ場整備の会社を起業するが、やがて破綻。2011年の東日本大震災後は福島県で除染作業員などを経験。2018年、上京後に漫画喫茶で暮らしながら書き上げた「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞しデビュー。2020年に『犬』で第22回大藪春彦賞を受賞。他の著書に『救い難き人』『隅田川心中』『あじろ』『アウターライズ』『白蟻女』、自らの来し方を綴ったエッセイ『下級国民A』などがある。

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