第28話 同期の鈴村の言葉に勇気づけられた立浪だったが――

文字数 2,892文字

――お前の親父さんが自ら命を絶つなんて、どうしても思えないんだがな。

 思えば父の自殺の記事が報じられたときに、立浪以外に疑念を口にしたのは鈴村だけだった。
 鈴村は立浪の自宅に何度か遊びにきたことがあり、父とも面識があった。
 頑固で権力に屈しない父と気難しく偏屈(へんくつ)な鈴村は、立浪よりもウマが合っていた。
 当時の立浪は父を軽蔑していた。
 スラッシュに異動して著名人のスキャンダルを暴く立浪を蔑(さげす)む鈴村のように。

――「スラッシュ」のニュース部に異動!? おい、立浪、どういうことだよ? お前、親父さんの仕事、あんなに嫌っていたじゃないか!?

 文芸部からニュース部に立浪の異動が決まったことを知った鈴村は、血相を変えて訊ねてきた。

――そんなに驚くことか? お前も異動願いを出してみたらどうだ? 親父の仕事を、俺より理解していたじゃないか。
――俺はお前の親父さんの生き方に共鳴していたんだよ。長いものに巻かれない武骨で一本気なところにな。人のスキャンダルで商売するゴシップ屋は好きじゃない。お前もそうだろうが? ニュース部に異動を志願したっていう噂は本当か!?
――ああ、本当だよ。俺が、「スラッシュ」のニュース部に異動させてほしいって局長に志願したんだ。ちょうどニュース部に欠員が出ていたらしく、局長的にも渡りに船だったみたいだ。
――もしかして、親父さんの死とお前の異動願いはなにか関係があるのか?
――まさか。あるとすれば、親父が家族を苦しめてまで続けた仕事だから、さぞかし楽しいんだろうなって思ったことが理由かな。
――そんなわけないだろう! 立浪っ、はぐらかさないで本音を言えよ!
――じゃあ、言うよ。毎日、毎日、プライドの高い作家に気を遣わなければならない文芸部に疲れたんだよ。その反動かな、ちやほやされている奴らのスキャンダルを暴いて飯が食える「スラッシュ」のほうが面白そうだなって。親父が死んでから、もう突っ張って生きる必要もないし、本能に従って生きようと思ったのさ。これが本音だ。
――それが本当なら、お前もくだらない男になり下がったもんだな。

「性根が腐った男になったと、本気で思った時期もあったよ」
 記憶の中の鈴村の声に、現実の鈴村の声が重なった。
「俺も、あの一件を自殺で片付けるのはどうにも解(げ)せなかったんだ。だいたい、お前の親父さんが死んでから、高岡翔真(たかおかしょうま)の十五歳少女との飲酒と淫行(いんこう)のスクープが、なかったことのようにスルーされたのも不自然だしな。ほかの週刊誌やテレビは『帝都プロ』に忖度(そんたく)して端(はな)から扱わなかったのはわかるとして、スキャンダルを報じた『毎朝スポーツ』が高岡翔真に一切触れなくなったのはどう考えても不自然だろう? 大河内サイドからかなりの圧力がかかったと考えるのが……」
 立浪は、立てた人差し指で鈴村の唇を塞(ふさ)いだ。
「どこでなにを喋(しゃべ)ってるんだ。もう、そのへんにしておけ。ほら」
 立浪は、目線を後ろに移した。
 背後のデスク――福島が苦虫を嚙(か)み潰した顔で鈴村を見ていた。
「おう、怖い怖い。人の不幸で儲けてる奴は人相まで悪くなるんだな。そろそろ退散するが、俺を船に乗せるのか?」
 鈴村の問いかけに答えず、立浪は無言で席を立った。
「おい、どこに行くんだよ」
 鈴村が立浪のあとに続いた。
 立浪は無言のまま、エレベーターに乗った。
 鈴村が乗るのを待ち、最上階のボタンを押した。
「だから、どこに行くんだと訊(き)いてるだろ」
 焦(じ)れたように質問を重ねる鈴村を無視し、立浪はエレベーターを降りて屋上に出た。 
「屋上までこなくても、ミーティングルームで十分だろうよ」
 鈴村がぶつぶつと文句を言いながら、防護柵に背を預ける立浪のもとへ歩み寄ってきた。
「ブラックジャーナリストに接触するなんて話を、万が一誰かに聞かれたらヤバいだろうが」
「やっぱり、俺と手を組む気になったか?」
 鈴村が、してやったりの表情で言った。
「まだ、手を組むとは言ってない。とりあえず、ピラニアに会って話を聞く価値はあると思ってな」
「相変わらず素直じゃないな。まあ、いいだろう。で、いつセッティングすればいい?」
「早いほうがいい。今夜はどうだ?」
 今日明日は入稿作業で猫の手も借りたいほどに忙しいが、大河内対策も早めに立てておく必要があった。
「おいおい、ずいぶんせっかちだな。訊いてみるよ。今夜がだめでも、なる早ってことでいいな?」
「ああ、頼んだよ」
「じゃあ、連絡するから」
 立ち去ろうと背を向けた鈴村が足を止め、振り返った。
「俺から持ちかけておいてなんだが、ピラニアは諸刃(もろは)の剣(つるぎ)だぞ」
 鈴村が言った。
「端から俺は、毒を食らわば皿までのつもりだ」
 立浪は涼しい顔で言った。
 ハッタリでも痩せ我慢でもない。
 大河内に牙を剝(む)くと決めた時点で、立浪は悪魔に魂を売った。
「なら、俺も一緒に毒を食うとするか。息子はそうでもないが、お前の親父さんのことは好きだったからな」
 口元こそ綻(ほころ)ばせていたが、鈴村の眼は笑っていなかった。
 立浪への同情や判官贔屓(ほうがんびいき)だけでなく、鈴村自身も大河内にたいして思うところがあったのかもしれない。
「好きにしろ。でも、足手纏(あしでまと)いにはなるなよ」
 立浪は素っ気なく言った。
 だが、内心、立浪は嬉(うれ)しかった。
 それは花巻というジョーカーを手に入れられるからではない。
 父が自ら命を絶つような男ではないと信じる者が、自分以外にもいたことが。
「その言葉、お前に返すよ」
 鈴村は言い残し、ドアの向こう側へと消えた。
 立浪は上着の胸ポケットからセブンスターを取り出した。
 喫煙者のほとんどは電子タバコに切り替えていたが、水蒸気を肺に入れることに立浪はどうしても馴染めなかった。
 もっとも立浪のやっていることは、副流煙を撒(ま)き散らすよりも周囲に害を与えている。
 夜に花巻と会うことになるかもしれないので、一本吸ったら入稿原稿の作業を再開しなければならない。
 紙巻煙草(タバコ)をくわえようとしたときに、臀部(でんぶ)に振動が伝わった。
 立浪はヒップポケットからスマートフォンを抜いた。
 ディスプレイに表示される非通知の文字。
『「スラッシュ」ニュース部の立浪さん?』
通話ボタンをタップした瞬間に受話口から流れてくる声が、立浪の記憶を物凄(ものすご)い勢いで巻き戻した。

――立浪さんでしたか? あなたの身を案じての助言だと思ってください。

 父の遺品――ICレコーダーに録音されていた男の声が、立浪の鼓膜に蘇(よみがえ)った。

――もう一つ、助言しておきます。意地も通し過ぎると、取り返しのつかないことになりますよ。

 ふたたび蘇る声に、立浪のスマートフォンを握る手に力が入った。
(第29話につづく)

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