第65話「帝都プロ」の大河内に会いに行った立浪だったが

文字数 3,235文字

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 立浪(たつなみ)は「帝都(ていと)プロ」のドアの前でため息を吐(つ)いた。
 我ながら、無謀なことだとわかっていた。
 自殺行為といってもいいだろう。
 自ら怒り狂った猛獣の檻(おり)の中に飛び込むようなものだ。
 だが、一か八かの賭けに出るしかなかった。

 ――証拠も見せられない立浪ちゃんと、そんな取り引きするわけないじゃな~い。僕のほうからも交換条件がある。三日後の正午までに、大河内(おおこうち)の息子のレイプ殺人動画の元データを持ってきたら、立浪ちゃんのほしいものを渡してあげるよ。でも、これがラストチャンスだよ。これ以上、君とお遊びするつもりはないからさ。

 花巻(はなまき)はいまや、大河内以上の敵として立浪の前に立ちはだかっている。
 大河内にたいしての復讐を諦めるか鈴村(すずむら)を破滅させるか……花巻をなんとかするか、そのどちらかを選ばなければならない。
 手負いの猛獣の檻に飛び込むことだけが、立浪が躊躇(ためら)っている理由ではなかった。
 花巻を止めるために自分は、悪魔に魂を売ろうとしている。
 卑劣(ひれつ)な大河内や花巻と、いったいなにが違うというのか?
 残された期限はあと二日――理性と葛藤(かっとう)している時間はない。
 躊躇いを振り切り、立浪はインターホンを鳴らした。
 間を置かず、地獄のドアが開いた。
                    ☆
 ドアが開くと同時に、百九十センチはありそうな大男に物凄(ものすご)い力で引き摺(ず)り込まれた。
 大男に羽交(はが)い絞めにされた立浪を、五人の屈強な体躯(たいく)をしたスーツ姿の男達が取り囲んだ。
「殺されにきた度胸だけは認めてやる」
 男達の向こう側――ソファに座りテーブルに足を投げ出した大河内が、憎悪に燃え立つ眼(め)で立浪を睨(にら)みつけていた。
 「座らせろ」
 大河内に命じられた大男が、立浪の膝の裏を蹴り跪(ひざまず)かせた。
 「ナイフで心臓を一突きにするか、内臓を抉(えぐ)り出すか、首を絞めるか、チェーンソーで手足を切断するか、生きたまま海に沈めるか……お前がくるまでの間、ずっと考えてたぜ。一つだけ決めてるのは、楽には死なせねえってことだ」

 ――俺に会いたいだと!? てめえ、記憶喪失にでもなったか!? 俺にどんな仕打ちをしたかわかってんのか!?
 ――会うのか会わないのか? 返事だけしろ。
 ――わかった。望むところだ。殺されるとわかってんのに、俺に会いにくる理由はなんだ?
 ――あんたを生かすためだ。
 ――はぁ!? てめえ、俺をおちょくってんのか!?
 ――真面目な話だ。詳しくは、会ってからだ。会うのか? 会わないのか?

「ところで、電話で俺を生かすためとかなんとか言ってやがったな。どういう意味だ?」
 大河内の声が、記憶の中の立浪の声に重なった。
「その前に、馬鹿力のこいつをなんとかしろ」
 立浪は言った。
「勘違いするな。話次第でお前を助ける気はねえ。訊(き)いたのは、ただの好奇心だ。どっちにしろ、お前を殺す。お前のせいで、どれだけの損害を被ったと思ってやがる。金だけじゃねえ。地位も名誉も、あのスキャンダル動画ですべて失っちまった。てめえを生かしとく理由があれば、逆に教えてほしいくらいだぜ」
「だから、言っただろう? あんたを生かしてやるって。このままだと、花巻に生き血を全部吸い取られるぞ」
 立浪は、大河内を見据えた。
「俺があのジジイに? 冗談だろ?」
 大河内が鼻で笑った。
「現に、中富(なかとみ)社長の拉致(らち)監禁暴行動画で金を強請(ゆす)り取られているだろう?」
「安い口止め料で手懐けただけだ」
「いくら払ったが知らないが、 そんなはした金で花巻を飼い慣らせると思ってるのか?」
 立浪は大河内を挑発した。
 目的は怒らせることではなく、大河内を引き込むことだった。
「わかってねえな、てめえは。俺を誰だと思ってる? 飼い慣らすもなにも、端(はな)からジジイは俺の敵じゃねえ。奴(やつ)もそのへんがわかってるから、俺に協力してご機嫌を伺(うかが)ってるってわけだ」
「わかってないのは、あんただ。花巻は、あんたに協力するふりをして根こそぎ金を奪うつもりだ。あんたが気づいたときには、ピラニアに喰(く)われた動物みたいに骨だけになっている」
 立浪は、大河内から視線を逸(そ)らさずに言った。
「俺とジジイを仲違(なかたが)いさせようとしても……」
「あんたの息子の動画は、いつでも公開できるようになっている」
 立浪の言葉に、大河内が眼を見開いた。
「驚いたみたいだな。俺が持っている爆弾は落とさせないと、花巻に言われたか? たしかに、花巻は俺に圧力をかけてきた。達臣(たつおみ)の動画を公開するなと」
「撥(は)ねつけたのか?」
 大河内が、険しい表情で訊(たず)ねてきた。
「あたりまえだろう。なんの得もないそんな条件を、どうして吞(の)まなきゃならない?」
 立浪は平静を装い言った。
 正直、花巻が脅しの材料に使っている鈴村の淫行(いんこう)画像は立浪にとってアキレス腱(けん)だ。
 だが、それを大河内に悟られてはならない。
「ハッタリはやめろ。お前が従うしかないネタを摑(つか)んでると、ジジイは言っていた。奴はすぐバレるような噓(うそ)を吐くほど愚かじゃねえ」
「ああ、たしかにそれなりのネタで脅してきたよ。だが、花巻に従う気はサラサラない。噓だと思うなら、俺を殺してみろ。明日には、達臣のレイプ殺人の動画が日本中に流れることになる。俺から連絡が二十四時間取れなくなったら動画をアップしろと指示を出してあるからな」
 ハッタリではなかった。
 動画データが入ったUSBメモリーを、報酬(ほうしゅう)とともに立浪の班の記者に渡してあった。
 もし、立浪の作戦が失敗して命を落としても大河内を道連れにするつもりだった。
「百歩譲ってお前の言う通りだとしようじゃねえか。だが、お前は俺を生かすために会いたいと言った。矛盾した話じゃねえか?」
 大河内が立浪を見据えた。
「あんたを潰(つぶ)したい気持ちはいまでも変わらない。だが、花巻を見過ごすことのできない理由ができた。だから、あんたと呉越同舟(ごえつどうしゅう)しようと思ったのさ」
 大河内を潰すために、大河内と手を組むのだ。
 父の仇討(かたきう)ちを妨害する花巻を潰すために、憎き敵の懐に飛び込んだのだ。
「お前と組んで、俺にどんな得がある? 達臣の動画が公開されないにしても、ジジイを敵に回したら中富の動画を流されるだろうが?」
 大河内が怪訝(けげん)な顔で、立浪が予想した通りの疑問を口にした。
「そうだ。だが、公開されたときのダメージが違う。花巻の動画はあんた達が中富社長を痛めつけてはいるが、殺害した証拠にはならない。一方、俺の動画にあんたは登場しないが、現在も行方不明扱いになっている女子高生を息子がレイプし、撲殺(ぼくさつ)している場面がはっきり映っている。しかも、あんたに電話で人を殺したことを報告しているやり取りまで残っている。あんたの配下が遺体を運び出す場面が映っていればパーフェクトだが、いまのままでも破壊力十分だ。俺の爆弾は、あんただけじゃなく息子も爆破するわけだからな。被る損害が大きいほうを敵に回さないのは定石だろう? それに、さっきも言ったように、花巻はあんたがすっからかんになるまで金を強請(ゆす)り取るつもりだ。過去を水に流して俺と手を組むか、花巻に金を強請り取られながら俺に止(とど)めを刺されるか……損得勘定が得意なあんたなら、どっちを選んだほうが賢明かわかるはずだ」
 立浪は片頬に冷笑を浮かべながら言った。

(第66話につづく)

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