「南星屋」シリーズにみる、読んで味わい、愉しむ諸国のお菓子たち

文字数 2,575文字

幼い頃から、美味しそうな食べ物が出てくる物語を読んでは「なんて美味しそうなんだ~!」「これは一体、どんな味がするのかな?」と思ってきた私。そんな、食に関する小説を好んで読み続ける「食いしんぼう」ライターが、江戸は麹町にある菓子屋「南星屋(なんぼしや)」を舞台にした西條奈加さんの小説『まるまるの毬』と二作目の『亥子ころころ』(通称「南星屋」シリーズ)を読んでみました。

今回は、「食いしんぼう心」をくすぐるポイントに絞って「南星屋」シリーズを紹介していきます!

ここが美味しい! 「南星屋」シリーズ

①諸国を旅して見聞きした名物菓子の数々


「名物にうまいものなし」といわれますが、私は全国各地の「銘菓」が大好きです。北海道の「白い恋人」、宮城県の「萩の月」、静岡県の「うなぎパイ」、広島県の「もみじ饅頭」など、47都道府県それぞれに思い浮かぶ名物菓子があります。


「南星屋」でも、治兵衛が諸国を旅して目にしたその土地の名物菓子が登場します。例えば、『まるまるの毬』収録の一篇目に出てくる「カスドース」は、今でも長崎県の銘菓の一つ。その歴史は古く、菓子に造詣の深い平戸藩松浦家では「門外不出」とされたお留菓子で、江戸時代の書物『百菓乃図』(百種の菓子をまとめた絵図)にも記されている南蛮菓子です。


治兵衛は幼い頃に食べたことがある「カスドース」の味の記憶を辿って、「印籠カステラ」と称したお菓子を作ったのですが、実の父と自身を繋ぐ思い出のお菓子でもありました。

このように、本シリーズを読むと治兵衛が諸国を旅して見聞きした各地のお菓子の知識と思い出を、読者は追体験することができるのです。

②お菓子好きな登場人物たちに共感


『南星屋』シリーズには、和菓子職人で店主の治兵衛を始め、幼い頃から治兵衛が書き留めてきた「菓子帳」を見て育った娘のお永、お永の娘で今や「南星屋」の看板娘であるお君。さらに、平戸藩松浦家に代々伝わる『百菓乃図』の編纂にも携わったことがある河路と、お菓子好きな人たちが多く登場します。特に、治兵衛の弟で、兄がつくるお菓子(の味見)を日々の楽しみにしている大の甘党・石海には、同じ「食いしんぼう」として共感し、羨ましく思うところも。


「南星屋」では、治兵衛の気の向くままに、その日の天候や季節などを考えあわせて、一日に2種類のお菓子を作って売るのですが、開店前は町の人たちが店の前に行列を作り、「お君ちゃん、今日の菓子は何だい?」と、治兵衛のお菓子を心待ちにしています。お菓子を求めて味わう喜びは、今も昔も変わらないですね。


さて、「南星屋」にやってくる客人の中には、悩みや事情を抱えた人もいます。『まるまるの毬』収録の二篇目に登場する翠之介は、武家の嫡男でありながら、菓子職人になりたくて「南星屋」に弟子入りさせてほしいとやってきます。そんな翠之介のために治兵衛が作ったのが「若みどり」という砂糖菓子でした。


「親方の菓子をひと口食べただけで、嫌なことを忘れて、とても幸せな気持ちになります。侍の剣なぞより、親方の菓子の方がよほど力があります」(『まるまるの毬』「若みどり」より抜粋)


心が少し疲れている時、何かに傷ついた時は、特にお菓子を欲する気がします。口に入れた甘味がじんわりと体の中に染みていき、いつしか頑な心も解きほぐしてくれる。「南星屋」のお菓子は、そんな力を持っているのです。

③想像で味わう食描写


本作では、毎回そのお菓子に使う材料や工程、見た目や味わいなどが簡潔に描かれていて、それを読んでは味の想像をするのですが、私が特に「これは美味しそう!」と思ったのが、『亥子ころころ』収録の三篇目で登場する「つや袱紗」です。


「つや袱紗」は、治兵衛が備前岡山で見覚えたもので、卵と砂糖、小麦粉の皮で餡を包んだお菓子のこと。「南星屋」のお菓子は、治兵衛が各地で見覚えたものがベースになっていますが、どれもちょっとした創意工夫がほどこされています。


治兵衛は「つや袱紗」に「皮に甘酒を足してな、少うしふっくらさせるんだ。」と、独自のアレンジを加えているのですが、この「少うし」というのが私的ポイントで、やさしい甘みのある甘酒を使った皮からは「きっと麹の香りがほんのりと感じられるのかなぁ」と、想像するだけでなんと美味しそうなこと!


西條さんが描くお菓子作りの工程や味わいは、読んでいても想像がしやすく、段々とそのお菓子の香りや風味が感じられるような気がしてくるのです。


さて、作中でこれだけ多くのお菓子を描く西條さんなので、さぞかしご自身も甘いものがお好きなのでは? と思いきや、実はあまりお好きではないそう。そんなところも面白いなと思いながら、本書を片手に、お腹を「グ~ッ」とならしている私です。きっと、本シリーズを読んだ方の多くが「うちの近所にも、こんなお店があったらいいのにな~!」と思っている事でしょう。(もちろん、私もその一人)。安価で美味しいお菓子を提供してくれる「南星屋」は、庶民の味方なのです。

根津香菜子(ねづ・かなこ)

ライター。雑誌編集部でのアシスタントや朝日新聞夕刊コラムの執筆・編集を経て、フリーランスに。中学生の頃、入院中に読んだインタビュー記事に胸が震え、ライターを志す。主に、映画やドラマのキャストインタビューを担当。幼いころから「食」にまつわる作品が好きで、大学の卒論のテーマは「江戸庶民の食文化考」。

直木賞作家・西條奈加がおくる

読んで美味しい! 絶品「南星屋」シリーズ!
シリーズ第一作! 『まるまるの毬』
親子三代で菓子を商う「南星屋」は、 売り切れご免の繁盛店。武家の身分を捨て、職人となった治兵衛を主に、出戻り娘のお永と一粒種の看板娘、お君が切り盛りするこの店には、他人に言えぬ秘密があった。愛嬌があふれ、揺るぎない人の心の温かさを描いた、読み味絶品の時代小説。

吉川英治文学新人賞受賞作。

シリーズ第二作! 『亥子ころころ』

武家出身の職人・治兵衛を主に、出戻り娘のお永、孫娘のお君と三人で営む「南星屋」。全国各地の銘菓を作り、味は絶品、値は手ごろと大繁盛だったが、治兵衛が手を痛め、粉を捏ねるのもままならぬ事態に。不安と苛立ちが募る中、店の前に雲平という男が行き倒れていた。聞けば京より来たらしいが、何か問題を抱えているようで――。

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