第18話 柏木保のDV疑惑が、ついにテレビ番組で取り上げられ――

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『これが、彼に殴(なぐ)られた直後の写真です』
 朝の情報番組のVTRに出演した杏奈(あんな)がスマートフォンの画像をカメラに向けると、ワイプで抜かれたスタジオのパネラー達の顔が歪(ゆが)んだ。 
 女性アイドルのパネラーに至っては、正視に耐えないのか顔を背(そむ)けていた。
 VTRに出演している杏奈の痣(あざ)より、画像の痣は色濃く痛々しかった。
テレビの前に椅子を置いて「激あさ」鑑賞をしていたニュース部の編集者達の歓声が、「スラッシュ」編集部に響き渡った。
「いや~、それにしても凄(すご)い痣だね~。立浪(たつなみ)ちゃんが絵具で描いたんじゃないのか?」
 上機嫌な編集長の福島(ふくしま)が、軽口を飛ばしてきた。
「スラッシュ」の発売日の翌日――好感度俳優の柏木保(かしわぎたもつ)のDVスクープを高視聴率番組の「激あさ」が取り上げたので、編集長がハイテンションになるのも無理はない。
「立浪ちゃんの大手柄で、部数が飛躍的に伸びるな! ニュース部のキング・カズ! 見事なシュート!」
 テレビの横で編集長代理の近田(ちかだ)が、小太りの身体を弾(はず)ませカズダンスのステップを踏み始めると、ニュース部の面々から爆笑が沸き起こった。
「代理、古いたとえだね~。歳がバレるよ! 歳が!」
 福島が茶化すように言った。
 近田の言うように柏木保が交際相手をDVしているという衝撃記事を掲載した号は、通常の倍の販売部数に達した。
 平均視聴率八・五パーセントという朝の時間帯には出色の数字を記録している「激あさ」の放映直後から、販売部数がさらに伸びるのは火を見るより明らかだった。
「俺より、相良(さがら)を褒(ほ)めてやってください。彼の持ち込んだネタですから」
 立浪は、隣に座る相良に視線を移した。
「おう、そうだった。柏木保にDVされていた女を押さえるなんて、 たいした記者だよ。ろくなネタを持ってこないあの古株記者、誰だっけ?」
 福島が相良に訊(たず)ねた。
「古田(ふるた)さんです」
 相良が即答した。
「ああ、そうそう、古田だよ、古田。相良君の爪の垢(あか)でも煎じて飲ませたいよ。まったく、彼に月に支払ってるベースの二十万を特別ボーナスとして君にあげたいくらいだよ」
 福島が古田を思い切り下げ、相良を思い切り持ち上げた。
 古田には気の毒だが、不採用のネタしか持ってこない記者は給料泥棒と言われても仕方がない。
「ありがとうございます。たしかにネタを摑(つか)んだのは僕ですが、途中で彼女が裏切ったので立浪さんがいなければ記事にはできませんでした。本当にありがとうございました」 
 相良が、立浪に頭を下げた。
「ネタがなければどうにもならないんだから、お前の貢献度が一番だ」
 立浪は相良の肩を叩(たた)き、テレビに視線を戻した。

『柏木さんが杏奈さんに暴力を振るうようになったのは、交際直後からですか?』
VTRで杏奈にインタビューしているのは、番組総合MC……人気芸人の坂下浩(さかしたひろし)だった。
『いいえ。交際が始まってからしばらくは、とても優しい人でした。いつも穏やかな笑顔で、DVどころか怒鳴られたこともありません』
『僕達がドラマや映画の番宣で観ている柏木保のイメージそのままですね。優しかった柏木さんが、なにがきっかけで杏奈さんにこんな傷を負わせるようになったんでしょうか?』
 坂下は悲痛な表情を作っているが、瞳には好奇の色が宿っていた。
『きっかけは、保さんのマンションでお酒を飲んでいるときのことでした。私がワインのグラスを倒して、保さんが大事にしていたソファにシミを作ってしまったんです。慌ててシミ抜きを取りに立ち上がろうとしたときに、いきなり平手で叩かれて……』
 杏奈が声を詰まらせた。
『えーっ! いくらお気に入りのソファにワインをこぼされたからって、叩くのはひどくないですか!?
 坂下が芸人仕込みの大袈裟(おおげさ)なリアクションで驚いて見せた。
『でも、彼が拘(こだわ)ってイタリアから取り寄せた数百万もするソファだったので、怒るのも無理はないと思い、ひたすら謝りました』
『いやいやいや~、それはないでしょう。数百万のソファだろうと暴力を振るう理由にはなりませんよ!』
 坂下が憤(いきどお)ってみせた。
「相変わらず、坂下浩は視聴者の煽(あお)り方がうまいね~。神様仏様坂下様ぁ~」
 相当に嬉(うれ)しいのだろう、福島がテレビに向かって揉(も)み手した。

『暴力を振るわれたのは、その一回じゃなかったんですよね?』
 坂下が訊ねた。
『はい……。二回目は、グラスに指紋がついていたという理由で叩かれました。それ以降は、食器を洗う音がうるさくて台本に集中できないとか、おツマミに出したチーズが硬いとか些細な理由で叩かれるようになりました。そのうち平手がグーになり、髪を摑んだり蹴ったり……だんだん、保さんの暴力はエスカレートしました』
 杏奈が震える声音(こわね)で言うと、唇を嚙(か)んで俯(うつむ)いた。
 
「それにしても、さすがは女優ですね。連ドラの準ヒロインを餌(えさ)に僕と立浪さんを裏切り柏木に寝返ったくせに」
 相良が呆(あき)れたように言った。
「それでも彼女は被害者には違いないわけだからね~。一番悪いのは、柏木だよ。まあ、逆を言えば柏木のおかげでウチがウハウハなんだけどさ。まったく、写真週刊誌っていうのは因果な商売だよ」
 近田が、下唇を出して肩を竦(すく)めた。

『インタビューはまだまだ続きますが、ここでいったんスタジオに戻してみなさんのご意見を伺(うかが)いたく思います。好感度俳優の柏木保さんから、顔が変形するほどの暴力を振るわれていたという交際相手の告白……改めて、ショッキングなニュースですね。『激あさ』初登場の柴田(しばた)さん、同じ役者として今回の事件をどう思われますか?』
 坂下が、名バイプレイヤーとして名高いベテラン俳優のパネラーに話を振った。
『同じ俳優って言ったって、こっちは禿(はげ)の脇役であっちはイケメンの主役だから、カラスと白鳥を鳥類って括(くく)りで一緒くたにするようなもんでさ』
 初めての出演で爪痕(あと)を残そうと気負い過ぎたのか、いきなり柴田は自虐ネタで空回りした。
『リアクションに困るようなことを言うのはやめてください。やっぱり、柴田さんも驚きましたか?』
 坂下が苦笑いしながら柴田を促した。
「驚いたのはもちろんだけど、とにかくもったいない! もちろん、この女性の告白が本当だったらという前提だけど、ドラマや映画で主役を張って男前で好感度高くてCMもバンバン出て……こんなに恵まれているのに、どうしてDVなんてしちゃうんだろね? ちょっと考えれば、今回みたいな大騒ぎになるってわかりそうなものじゃない。俺にはとても理解できないな~」
 柴田が首を振った。
「樋宮(ひのみや)さんは、女性の立場からして今回の事件をどのように見てますか?」
 坂下が、女流作家の樋宮真知子(まちこ)にバトンを渡した。
『写真週刊誌に報道されている通りだったとしたら、ガス抜きが必要だったのかなと』
 樋宮が意味深な言い回しをした。
『ガス抜きとは?』
 坂下が怪訝(けげん)な顔で樋宮を促した。
『上司にしたい男優、恋人にしたい男優、抱かれたい男優、お姫様気分にしてくれそうな男優、絶対に怒りそうもない男優、おならをしそうにない男優……柏木さんは、これだけのランキングで一位を取っています。一見、幸せそうに見えますが、裏を返せば物凄いプレッシャーだと思います。だって、おならをしただけで幻滅されるんですよ?  気を使わなければおならもできない人生なんて、考えられません。品行方正だと世間で思われている人の家庭ほどDV率が高いというデータも出ています。あくまでも憶測ですが、柏木さんは聖人君子に祭り上げられたストレスのすべてを杏奈さんにぶつけていたんでしょうね』
『いやいや、さすがは作家さん、物凄い創造力ですねぇ。でも、そういうことってあるのかもしれません。お堅い仕事の人が全裸にレインコートを羽織って女子高生の前で露出したりという事件もありましたからね。だけど、多かれ少なかれ人はストレスを抱えて生きているわけですから、DVする言い訳にはなりませんがね。というわけで、気になるのは杏奈さんに暴力を振るったとされる柏木さんサイドですが……「激あさ」では所属事務所の担当マネージャーさんに電話取材をしました。こちらが、担当マネージャーさんとのやり取りをまとめたものです』
 坂下がパネルボードのシールを剥がし、番組スタッフの質問と担当マネージャーのやり取りを指示棒でなぞりつつ読み上げた。
(第19話につづく)

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