第22話 トップアイドル枕営業疑惑の直撃取材に向かうが

文字数 3,514文字

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 薄暗い地下駐車場に停車したアルファードのフロントウインドウ越し――立浪(たつなみ)は半信半疑で、約十メートル離れた駐車スペースを注視していた。
 パッセンジャーシートに座っている女性は、赤子を抱いていた。
 赤子は精巧にできた人形だが、バスタオルに包んでいるので遠目からは本物と見分けがつかない。
「おい、本当にここにくんのか?」
 リアシートから、三上(みかみ)が焦(じ)れたよう訊(たず)ねてきた。
「は? もしかして、疑ってんの!?
 パッセンジャーシートに座る、キャップを目深(まぶか)に被りサングラスをかけた女性――大友小百合(おおともさゆり)がムッとした表情で言った。 
 小百合は国民的アイドルグループ「エンジェル7」の控えメンバーで、三上の情報元だった。
 小百合は、不動のセンターである桜愛美(さくらまなみ)と所属事務所「ニュースタープロ」の社長――広瀬(ひろせ)の不倫関係を三上にリークした。
 同期の仲間を売ったのは、愛美がトップアイドルグループの主役に上り詰め、それに比べて自分は相変わらず控えメンバーで燻(くすぶ)っている現状にたいしての嫉妬(しっと)が理由に違いない。
「エンジェル7」は半年ごとにSNSでファンの人気投票を行っており、得票数の多い順に選抜メンバーと控えメンバーに振り分けられるシビアな世界だ。
 小百合は一期メンバーだが、選抜メンバーどころかワースト5から抜け出したことさえなかった。
 小百合のルックスに問題があるわけではない……というより、かわいいほうだった。
 選抜メンバーの七人のうち半数は、小百合よりルックス面で劣っている。
 だが、選抜メンバーはみな愛想がよく、ファンサービスも行き届いていた。
 それに引き換え控えで燻っているメンバーは、顔やスタイルはよくてもファンを見下している節があった。

――私は、あいつらみたいなキモいオタクとは住む世界が違うわ。仕事だから仕方なく握手したり話しかけてあげているのにさ、それを勘違いして馴れ馴れしく恋人気取りになって、ありえないんだけど。私は、あいつらが何度生まれ変わっても手が届かない別世界のスターなんだから。私みたいな選ばれし人間と釣り合うのは、年俸数億円のスポーツ選手とか売れっ子の俳優とか、同じようなスターなの。ほんと、マジにあいつらキモい。死ねばいいのに。

 午後五時に待ち合わせ場所の渋谷の「109」の前でピックアップしたとき、小百合は既に友人らしき相手と電話をしており、口汚く毒づきながら車に乗り込んできた。
 顔立ちが整っていて笑顔を振り撒(ま)いていても、オタク達に性根の悪さを見抜かれているのだ。
「疑っちゃいねえけどよ、昔とはアイミーの立場が違うだろうよ。子供から年寄りまで名前を知られてるスーパーアイドルが、寮をホテル代わりに使うか?」
「元寮だから。いまは、社長のヤリ部屋だし」
 小百合が吐き捨てるように言った。
 立浪達が張っている地下駐車場のマンションは六本木(ろっぽんぎ)の芋洗坂(いもあらいざか)沿いに建ち、五階の一室が二年前まで「エンジェル7」の研究生の寮に使われていたらしい。
 一昨年、同じ六本木で、部屋が広くセキュリティシステムの整った別のマンションに寮を移してからは広瀬と愛美の密会部屋になったというのが小百合の話だ。
 もちろん、ガセか小百合の勘違いの可能性もあったが、立浪は賭けることにした。
 このスクープは、賭けてみるだけの価値がある。
 なにより大河内(おおこうち)の化けの皮を剥(は)がすには、どうしても系列事務所のドル箱タレントのスキャンダルを公衆の面前に晒(さら)す必要があった。
「ヤリ部屋って……お前は、口が悪いな~。本当にアイドルか?」
 三上が呆(あき)れたように言った。
「おじさん、わかってないわね。アイドルなんて控室で、オタクの悪口と男の話しかしてないんだから。もしかして、トイレにも行かないと思った? 愛美なんて、うんちして手も洗わないで差し入れのシュークリームをパクついてるんだから」
 小百合が底意地の悪そうな顔で笑った。
 彼女はいま、愛美にたいする妬(ねた)み嫉(そね)みを原動力に生きている。
 愛美を破滅させることが、生き甲斐(がい)なのだろう。
 だからこそ、小百合の話を信用してみようと思ったのだ。
 人間的には問題だが、立浪にとっては小百合の逆恨(さかうら)みは好都合だ。
「うんちって……」
 三上が、立浪を見て肩を竦(すく)めた。
「どうして、ここで二人が不倫しているってわかったんですか?」
 立浪は約二時間前に小百合と合流してから、挨拶以外に初めて口を開いた。
「尾(つ)けたから」 
「誰をですか?」
「愛美に決まってるじゃん。私の担当マネージャーと愛美のマネージャーが同じでさ、空気を入れてるつもりか、いつもあいつのスケジュールを送ってきてさ。早く、愛美みたいになれって。愛美のスケジュールはびっしりで休みなしなんだけど、ちょいちょい空白の時間があったんだよね」
 小百合が、苦々しい口調で言った。
「空白の時間?」
 立浪は鸚鵡(おうむ)返しにした。
「曜日と時間はバラバラだけどさ、週に一回ペースで二、三時間くらいスケジュールが空白になっていてさ。気になってマネージャーに訊(き)いたら、ガス抜きの時間だって。半年くらい休みがないから、エステに行ったり映画を観たり、息抜きをさせているって。私、ピンときてさ。絶対、社長と会ってるって。研究生の頃から、愛美が社長に枕営業してセンターに抜擢(ばってき)されたっていう噂(うわさ)はあったし。みんなは愛美をやっかんでいる子が流しているデマだって信用してなかったけど、私には確信があったの。愛美は社長と枕してるってね」
 愛美は、フロントウインドウ越しに「ニュースタープロ」の駐車場に視線を投げながら断言した。
「愛美さんのあとを尾けて、広瀬社長と一緒のところを見たんですか?」
 立浪が訊ねると、小百合が頷(うなず)いた。
「愛美はいつも、最後の現場が終わったら変装して六本木のロアビルの前で社長を待ってた。社長は車で愛美を拾って、遠回りしながらこのマンションにきていたわ。最初は社長の車で移動すると思わなかったから見失ったけど、二度目からはタクシーに乗って待機してたの。あの二人、今年だけで、もう、十数回きてるから」
「写真とか、撮ってないんですか?」
 立浪は、初歩的な疑問を口にした。
「何度か撮ろうとしたんだけど、車の中だし薄暗いしうまく撮れなくて。それに、そんなことして社長にバレたらクビだけじゃ済まないから。ウチの事務所って、怖いの知ってた?」
 小百合が、視線を立浪に移した
「さあ。よくわかりません」
 もちろん、知っていた。
 タレントのスキャンダルを潰(つぶ)すために、人の命を消すような事務所だと。
 ただし、それは「ニュースタープロ」ではなく親会社の「帝都(ていと)プロ」だ。
「怖くないの?」
「著名人のスキャンダルを暴くのが仕事ですからね。それより、愛美さんの予定の空白は今夜の六時から八時でしたか?」
 立浪は話題を変えた。
 大河内を引っ張り出すには、目の前の大スキャンダルの裏をきっちりと取るのが先決だ。
「そう。いま頃、『ロアビル』の前で待ってるんじゃない。で、六時に社長が車でピックアップしてさ。よくやるよね~愛美も。私なら、センターを約束してくれるって言われてもさ、おっさんの舐(な)めたり舐められたりするの無理なんだけど」
 小百合が、スマートフォンの時計を見ながら顔を顰(しか)めた。
「お前はさ、本当に口が悪いね~」
 三上が呆れたように言った。
「私は口が悪いだけだけど、愛美みたいに性根は悪くないから」
 小百合が鼻を鳴らした。
 嫉妬のために仲間のスキャンダルを写真週刊誌に売る小百合の性根も相当に腐っている。
「じゃあ、あと十五分ですか?」
 立浪は訊ねながら、腕時計に視線を落とした。
 時間は、五時四十五分になっていた。
「六時に待ち合わせだと思うから、ここにくるのは十五分くらいになるんじゃない。マスコミを警戒して、無駄に遠回りするし。ここで撮られるとも知らないで、馬鹿な女」  
 小百合が片側の唇の端を吊(つ)り上げた。
 やはり、小百合の性根は腐っている。
 だが、小百合が心の美しい女なら、こんなチャンスには巡り合えなかっただろう。
(第23話につづく)

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