失敗した戦争 ~その戦争、本当に必要ですか?~

文字数 2,401文字

プロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは、『戦争論』の中で「戦争は外交の一手段である」と述べています。


核兵器を始めとした大量破壊兵器が登場したことで、戦闘員以外の人命が大量に失われるようになり、人権はもちろん人類文明そのものの脅威となっています。領土をぶんどったり、気に入らない他国の国王をすげ替えたりなど、かつてのように気軽に戦争を始めるような世界ではなくなりました。


ただし、2014年にロシアが起こしたウクライナ危機に見られるハイブリッド戦、つまり局地戦と情報戦、サイバー戦を駆使し、国際情勢を自国に有利な状況に変える「政治手段としての戦争」は、21世紀の国家戦争の一つの形であると考えられています。


そういう意味だとクラウゼヴィッツの言っていることは本質的には変わっていないとも言えます。

目的なく始まってしまう戦争。国運を賭けてギャンブルしちゃう人。
ところで過去も現在も、クラウゼヴィッツがあえて強調しなくてはいけなかったように、「戦略のない戦争」が多すぎるのです。


歴史を紐解いてみると、国家の戦略を描き、戦略に則って軍事や外交が展開されることのほうが珍しいことが分かります。

たいてい、国の中枢にいる人物の個人的な野心だったり、部下や関係者からの焚きつけがあったりします。


国内を統一する過程で作った軍事組織を、国内統一後に平和裏に解体できないため、外部に侵入させ内側で暴発するのを防ぐ、という内向な理由で戦争が始まるケースもあります。

豊臣秀吉の朝鮮出兵は1590年の統一後も、有り余った全国各地の武将や侍たちのパワーを外に逃がす役割があったと言われています。


行き当たりばったりで始まり、始まった後どう収束させるかのアイデアもなく、ズルズルと人命を失わせ国庫を空っぽにさせ、結局何も獲得できずに終わったという戦争は歴史上、吐いて捨てるほどあります。

国家規模で「負けるが勝ち」。「サッカー戦争」の知られざる後日譚。

戦争に負けると、領土は失う、賠償金は支払わないといけない、場合によっては国自体を潰されてしまうかもしれない。戦争に負けたら大変だったのですが、では戦争に勝ったらすべてが丸く収まるかというと、必ずしもそうではありません。


戦争に勝ったのに、むしろ国が傾いてしまったという事例もあります。

例えば、1969年にホンジュラスとエルサルバドルとの間で行われた「サッカー戦争」。FIFAサッカーワールドカップの地域予選で両国が戦い、エルサルバドル代表が3-2でホンジュラス代表を下したことがきっかけとなり戦争が始まったためこのような名前がついています。


人口密度の高いエルサルバドルからホンジュラスに不法労働者が多数移住していた問題や、エルサルバドル製品がホンジュラス市場を独占し、ホンジュラスが経済的な不満を抱えていた問題、さらには両国の国境問題もあり、両国は長年険悪な状態にありました。


戦争は終始エルサルバドルが優勢で、開戦から26日後に米州機構(OAS)が介入し、戦いはエルサルバドルの勝利に終わりました。戦後、エルサルバドルの国民は勝利に酔いしれますが、ホンジュラスとの貿易が停止され、さらに移民が逆流入したことで経済が悪化。


極左ゲリラが台頭し1980年には内戦に突入してしまいました。一方で敗れたホンジュラスは、移民問題や経済従属も解消され、政治的安定を享受することになったのでした。


あいつら気に入らないからやっつけてやりたい、一発ぶん殴ってやりたい。こういった感情的な思いから始まる戦争が、いかにして国を「失敗」させるかがよく分かると思います。 

言葉を失う無責任さと、その結果。『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』

戦略なしに始まって大惨事を招いた戦争で、もっとも大きな被害を出したのが第二次世界大戦の東部戦線、いわゆる「独ソ戦」です。


2020年の新書大賞を受賞した岩波新書『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木 毅/ 著)は、戦闘員・民間人あわせて3,000万人以上の命が奪われた凄惨な戦争がいかに遂行されていったかを丁寧に描いています。


独ソ戦に対する認識は戦後長らく「ドイツ軍は質の面で優れていたが、素人のヒトラーの口出しで指揮系統が混乱し、さらにソ連軍の数を頼んだ攻勢の前に敗北を余儀なくされた」という物語が語られてきました。


しかし著者の大木氏はこの認識は決定的に誤っていると指摘します。


確かに本書を読むと、多大な国力を消費する大戦争を進めようというのに、ヒトラーを始めいかに当時のナチス・ドイツの政府や軍部の高官が、無計画で、楽観的に過ぎ、物事をいきあたりばったりで進めているのにあ然とします。


背景にはナチスの「世界観」がありました。伝統的にドイツには、ドイツ人が生き残るには、東方に「生存権(レーベンスラウム)」を求めて拡張せねばならない、という考えがありました。


ナチスはこれを発展させ、遠くない将来にドイツはロシアにまで拡大して入植地を広げ、スラブ人やユダヤ人は絶滅する、という世界観を描いていました。独ソ戦はこのような物語を現実に実行に移すためのプログラムでありました。


ナチスはそのような世界観に基づいて、資源や工業製品、労働力を他国から収奪することで成長するという国家体制が成立しており、戦争の発生は必然であったのです。


政治体制、経済、軍事、世界観など、21世紀の平和を作る上でさまざまな教訓を我々に教えてくれます。

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 』大木毅/著(岩波新書)

尾登雄平(おと・ゆうへい)

1984年福岡県生まれ。世界史ブロガー、ライター。

世界史専門ブログ「歴ログ」にて、古代から現代までのあらゆるジャンルと国のおもしろい歴史を収集。

著書『あなたの教養レベルを上げる驚きの世界史』(KADOKAWA)

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