【『方舟』特別企画】自己紹介エッセイ(夕木春央)
文字数 1,646文字
9月8日に発売後、たちまち話題となったミステリー作品『方舟』。
たくさんの「夕木春央って一体何者!?」という声にお応えし、夕木さんに「自己紹介エッセイ」をお寄せいただきました。
今回初めて夕木春央という作家に出会ってくださった皆様、そして、デビュー作から応援してくださっている皆様、読み逃しなく!
『方舟』を手に取って下さった中には、これまで夕木春央という作家は知らなかった、という方も多いことと思います。
私は2019年にメフィスト賞をいただき、以来、比較的ゆっくりとしたペースで作家活動を続けてきました。今作は、デビュー作から数えて三作目にあたります。
これまでに出版した『絞首商會』『サーカスから来た執達吏』はいずれも大正時代を舞台にした小説で、本格ミステリであるという点の他は、物語の外観は『方舟』とは大きく異なります(大正時代を舞台に本格ミステリを書くようになったいきさつを、以前にtree上にエッセイとして書いたことがございますので、もしご興味のある方がいらっしゃいましたらご一読下さい。)。
今回の『方舟』は、構想を始める前から、現代を舞台にした作品にすることが決まっていました。
現代は、これまでなかったテクノロジーを作中に盛り込むことが出来る一方で、伝統的に親しまれてきた本格ミステリの道具立てを用いるには制限の多い時代にもなりつつあります。科学捜査の発達によって無効化された古典的トリックは多くありますし、その内、クローズドサークルにおいて、「圏外」という設定を安直に用いることも許されなくなるかもしれません。
ともあれ現代を舞台に用いる以上は、懐古的な設定を無理やり馴染ませるのではなく、この時代でなければ成立しないアイデアと、それにふさわしい登場人物が欲しいと考えました。
また、私がミステリの構想を練る際に重点を置く要素に、「探偵の動機」があります。謎の解明は、目的ではなく、あくまで手段であるのが望ましい。
クローズドサークルという舞台設定では、「探偵の動機」は常に一定程度担保されています。閉鎖空間に殺人犯と一緒に閉じ込められている訳ですから、その正体を知らなければ、自らの安全は保証されません。
『方舟』は、その動機をさらに切実にすることを目指しました。誰か一人を犠牲にしないと脱出できない閉鎖空間で殺人が起これば、謎の解明は生存の絶対的な条件になる。
そんな設定から出発し、何とか形になったのが本作になります。
『方舟』にいただいた反響の中で特に印象的なのは、多くの方がSNS上などでネタバレに細心の注意を払って下さっていることです。
未読の人が目にしたときに作品の面白さを損なうことがないよう配慮しつつも、しっかりと感想を伝えて下さることには、作者として感謝するよりありません。
次回作以降は、これまでよりは早いペースで出すことが出来ればと思っています。今しばらくお待ち下さい。
著:夕木春央(ゆうき・はるお)
1993年生まれ。
2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。
同年、改題した『絞首商會』でデビュー。
近著に、『サーカスから来た執達吏』がある。
装丁:小口翔平+畑中茜(tobufune)
装画:影山徹
発売日:9月8日(木)
定価:1760円(本体1600円)
9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?
友人と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれ、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。だれか1人を犠牲にすれば脱出できる。
タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。