『今日、きみと息をする。』/息をするのもままならない場所で(吉岡佑磨)

文字数 2,819文字

『響け! ユーフォニアム』の武田綾乃がおくる最新作『愛されなくても別に』が8月26日(水)に発売されます。それを記念し、tree編集部では武田綾乃の全作品レビュー企画を実施しました。書き手は、多くの人気ミステリ作家も在籍していた文芸サークル「京都大学推理小説研究会」の現役会員の皆さんです。全8回、毎日更新でお届けします。
書き手:吉岡佑磨 (京都大学推理小説研究会)

1998年生まれ。舞城王太郎と学園祭学園が好き。

『今日、きみと息をする。』(宝島社)
息をするのもままならない場所で

三角関係というのは一般に、ある人物が同時にふたりの人物と恋愛関係に陥り、それを三者がみな認識した場合、つまりはひとりの二股がそれぞれのお相手に発覚しちゃったときにできあがる図式のことをそう言い表す……らしいですよ。


以上のことを調べるにあたって筆者は、三角関係とは? みたいなタイトルのウェブサイトを参考にさせていただいたのですが、そのページには、まず言葉の意味が簡潔にまとめられた「概要」の項目があり、これがサイトを開いてすぐ目に留まるいちばん上のほうに。そして、そのすぐ下というこれまた目に留まりやすい配置、ここに次いで設けられた項目の見出しが、「関係の破綻」。


どうも三角関係という図式は、土台その成り立ちに危うさを孕んでおり、結局はどんな速度であれ、必ず破綻に向けて進んでいくしかない。ともすれば、あまりよろしくない関係性、というイメージを持たれがちなのかもしれません。


本作『今日、きみと息をする。』は、作者である武田綾乃が大学生の頃に執筆、のちに第8回日本ラブストーリー大賞の隠し玉作品として宝島社文庫より刊行された、氏の作家デビュー作になります。文庫本の裏表紙にあるあらすじを見るに、本作は「ややこしい三角関係」を題材にした内容らしい、というのが分かります。ややこしい、と頭につくだけあって、冒頭に書いたような二股のそれとはまったく異なる三角関係の在り方が、この作品には描かれています。


物語序盤、ひとりの男子高生が部活動の勧誘を受ける場面から、その関係は始まります。高校一年生の宮澤けいとは、授業中に突然声をかけてきた隣の席の女子生徒・田村夏美から、美術部に入部しないか、と持ち掛けられる。それから彼女とちょっとしたやり取りを交わすうち、けいとは彼女に恋をしてしまいました。けれど当の彼女はそのやり取りのなかで、アタシは沖泰斗が好きなのだ、という心のうちをけいとに打ち明けていたのです。


沖泰斗は、入学式の頃から女子たちに話題のクラスメイト。一九〇センチ近くある長身と、抜群の運動神経の持ち主で、しかもイケメンというハイスペックさから一躍人気者になった人物で、夏美とは同じ中学出身の既知の仲でもあります。ところがそんな彼は、まだ高校で出会って間もないけいとのことを好きと言って憚らない様子。結果、けいとは夏美が、夏美は泰斗が、泰斗はけいとが好きという、誰ひとりとして矢印の交わらないややこしい三角関係ができあがり、彼らはたった三人だけの美術部として活動をともにすることになるのです。

 

さて、今挙げられたこれらの表面的な要素だけを考えれば「まあ確かにややこしいし、ちぐはぐかもだけど、でもなんだかんだ上手くやっていけそうじゃない?」という予感をお持ちになる方もいらっしゃることでしょう。けれど、彼らも人の子なのです。語りたくない過去や、自らのうちに仕舞っておきたい秘密、そうしたもののひとつやふたつ、それくらい人なら誰にだってあって。だから当然、彼らにもそれがある。ただそれだけのことが、三人の関係の在り方に翳りをもたらしてしまうのも、やはり当然なのでしょうか。


宮澤けいとは焦っている。過去はあまりいいものじゃなくたって、けいとには今がある。彼は今で十分満ち足りていて、だから現状維持のぬるま湯での停滞を夢想したりもする。けれど、彼を取り巻く環境がそれを許してくれない。生きているというだけで、現状は刻々と変化し続けていく。未来にだって、不安はあるのに。だから彼は焦っていて、その焦りを自身の醜い部分だと、そう認めてしまっている。


田村夏美は固執している。田村夏美を演じることで獲得した、偽りの自分によく似合う居場所に。もう過去になってしまった、大好きだった人たちのいるあの頃に。それから、沖泰斗が好きな田村夏美と、なにより沖泰斗に。周りはもう先へ向かって進んでいるのに、自分だけが満ち足りていた過去にしがみついたままで。あの頃に囚われた振る舞いを今でも繰り返して、あまつさえ周囲にもそれを求めてしまう。でも、変わってしまった今では、そんなの上手くいかなくて。それでも過去に固執するしかない自分を、彼女は醜いと断じ、そうした暗い感情を、時折宮澤けいとへ投げつけてしまう。


沖泰斗は宮澤けいとに依存している。宮澤けいと、過去のことから途方もない孤独に身を置き続けていた自分を救ってくれた人。けいとがこぼす不意の一言だけで、心が痛かったり、頭を激しく揺さぶられたり、なんてことない思い出がより素敵なものに変わったりもした。いつも自分に新しい視点をもたらしてくれる、沖泰斗が初めて好きになった人。けれど、自分は、けいとに執着しすぎている。考えることのほとんどがけいとで、彼のことになると、自分が自分でなくなってしまいそうになる。けいとが隣に居ないだけで、自分は異物で邪魔者なんじゃないか、そう思えてしまう。それが何より恐ろしくて、息もできなくなる。


三人がそれぞれ抱えるバックボーンやその在り方のせいか、彼らのやり取りは不和を招き、互いに分かり合うことは困難を極め、それなのに言外に含んだ本音の棘は、きっと相手にも届いてしまう。そうして日々変化を続けるややこしい三角関係にも、やがて「関係の破綻」の兆しが見え始め……。


この関係性の行き着く先はどこなのか。三人の未来は、希望あるほうへと続いているのか。デビュー作ながら、作者の人物造形や筆致も冴える、ままならないすべてと向き合う三人の青春小説です。


(書き手:吉岡佑磨)

★次回は明日正午更新です!
★武田綾乃最新作『愛されなくても別に』(講談社)8月26日(水)発売です!
人気作家・綾辻行人氏や法月綸太郎氏もかつて在籍していた京都大学の文芸サークル。担当者が課題本を決めそれについて発表・討論を行う「読書会」や、担当者が創作した短編ミステリー小説の謎解きを制限時間内に行う「犯人あて」等を主たる活動としている。また大学の文化祭では会員による創作・評論を掲載する同人誌「蒼鴉城」を発行している。最近はSNSでも情報を発信中。

Twitter:@soajo_KUMC

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