第89回
文字数 2,479文字

あけましておめでとうございます。
今年も「ひきこもり処世術」をよろしくお願いいたします。
脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、
困難な時代のサバイブ術!

これを書いているのは2021年12月25日、つまり年末だ。
今年も特に何もなかったが、個人的にはひきこもりとして大きく飛躍した年だと思っている。
ひきこもりとしてキャリアアップしたい人は参考に、それ以外の人は人間がどうやって身を持ち崩していくのかの資料として、見ていただきたい。
まず、春ごろトレーナーになった。
つまりウマの調教する立場になったのだ。
ここでいうウマというのは馬のことではない。「ウマ娘」というソシャゲのトレーナーに就任したのだ。
ウマ娘は今年大ブレイクしたゲームなので知っている人も多いと思うが、リアル競走馬をモデルにした「ウマ娘」をトレーニングしてレースに勝たせるのが目的のゲームである。
マックのポテトを「野菜だからサラダ」というぐらい雑にカテゴライズすると、ギャルゲーであり、「奥行きに親を殺された」でお馴染みの、二次元の男にしか興味がない自分が、この手のゲームにハマるのは自分でも意外だったのだが、キャラ萌えというよりは自分の娘を勝たせることにハマった、という感じだ。
逆にそっちの方が問題であり、キャラ萌えであれば股間社長が決済を押したキャラだけを追えば良いのだが、レースに勝つことを目標にするとそうはいかない。
よって、まず金は相当使ったのだが、これは一番どうでも良い。
何故なら既にいくら使ったか把握していなからだ。
デブというのは体重が増えた瞬間デブになるのではない。体重計に乗って自分という存在が2桁キロほど増えたという事実を認識して初めて、デブになるのである。
よって私も、ウマ娘にいくら使ったかを計算して初めて「大金を失った」ということになるのだ。つまり把握していない今は失っていないことになる。つまり「実質無課金」である。
「推しが出れば無課金」、「使った金を把握していなければ無課金」など、ソシャゲというのは無課金要素が多すぎる。これでちゃんと経営が成り立っているのか、他人事ながら心配である。
だが、金は1円も失っていないのに対し、時間は失った。
ソシャゲが「札束で殴り合うゲーム」と呼ばれることが多いので、ソシャゲをよく知らない人は「金さえ出せれば勝てるゲーム」と思っているかもしれないが、それは誤解である。
「金」は戦いを若干有利にするだけであり、本気で勝とうと思ったらそれ以上に「時間」が必要なのだ。
「金」と「時間」。人間にとって命を除いてこれ以上に大切なものといったらもはや「愛」ぐらいしかないのではないか。
そしてもちろんウマ娘に対する愛がある。だから「愛バ」なのだ。
つまりソシャゲは、金・時間、そして愛を使って戦うゲームなのだ。
よって今度かソシャゲを説明するときは「人生で殴り合うゲーム」と言っていただきたい。
そんなわけで今年はウマ娘に大幅に時間を取られてしまったため、その分、何かの時間を補填する必要があった。
結果として仕事や睡眠など必要な時間も削ることになってしまったが、まず削ったのは無駄な時間である。
つまり「外出」だ。
今まではそれでも買い物のために外に出たりしていたのだが、それも極力減らすようにした。
一番のネックは生鮮食品である、普通ならネットスーパーを使うことで解決だと思うが、何せ異常地帯に住んでいるので、ネットスーパーの配達圏からは軒並み「圏外」である。
ちなみに、スーパーだけではなく、飲食物のデリバリーも全滅であり、唯一私の家に届けてもらえるのは「花」だけだ。
もしかしたら救急車を呼んでも「圏外なので」で断られてしまうのではないか。唯一花だけ届けてもらえるのも「葬式用」と思えば納得がいく。
次に調べたのが、俺たちのアマゾソである。
最近アマゾソも、フレッシュアマゾソと言って生鮮食品の配達を始めているようなのだが、そんなサービスの対象になっているぐらいなら、イオソだって来るに決まっているので、安定の圏外である。
しかし、調べてみると、アマゾソで生肉を扱っているショップはあった。そこでやたら安い、鶏肉や豚肉をキロ単位で購入してやり過ごした。
品質には特に問題なく、それで健康を害したということは一切ないのだが、アマゾソで生肉を買うようになったと言ったら「流石にそれは怖くてできない」という人が多かった。
だが、私にはまだ同居家族がいたために、生の動物の死骸や草類を購入し料理していたのだからまだマシだと思う。1人だったら確実に通販で買ったジャンクフードのみで生活したはずだ。
このように、ひきこもりというのは世の中に絶望してなるパターンもあるが、逆に何かはまりすぎてなる場合もあるのだ。
ネトゲ廃人も広義ではひきこもりである。
無気力ひきこもりに対し、こちらのひきこもりはやる気満々なので逆にタチが悪い。無気力ひきこもりは「周囲のいうことが正しいのはわかっているが気力がない」という状態だが、ヤルマンは人生を賭けて何かに挑もうとしている自分を止める周囲のことが馬鹿に見えている、という状態なのである。
そして、無気力ひきこもりは人生を停滞させている状態だ。ヤルマンひきこもりは人生を消耗させているので、ことが終わった時の被害が甚大である。
つまり、この1年私は人生を大いに消耗した。だが私は人生を賭けているのだ。止める方がおかしい、馬鹿ばっかりだ。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中