第60話 独断専行した立浪を襲う、悪夢のような花巻の攻撃

文字数 2,888文字

                 ☆
「お前が自己中なのは知ってたが、早朝から自宅に押しかけて三十分以内に出てこいだなんて信じられない奴だ」
 昭和レトロな店内に顰(しか)め面(つら)で入ってきた鈴村が、文句を言いながら立浪の正面の席に座った。
 寝起きのまま出てきたのだろう、鈴村はグレーのジャージのセットアップ姿に髪の毛はボサボサだった。
「嫌味を言うな。お前を助けるためにきたんだから。同じのもう一つ」
 立浪はウエイターに勝手にコーヒーを注文した。
「おいっ、俺はコーヒーなんて……」
「花巻さんに、自宅の第一抵当権を打たれてるって本当か?」
 鈴村を遮り、立浪は本題に入った。
「なんだよ、藪(やぶ)から棒に? 花巻さんから聞いたのか?」
 驚いたふうもなく、鈴村が質問を返した。
「達臣の動画の件、お前が花巻さんに話したのか?」
「ああ、話したよ。あとから面倒なことになるのは嫌だしな。お前を花巻さんに紹介したのは俺だから、知らん顔はできないんだよ」
 鈴村が悪びれたふうもなく言った。
「もう、面倒なことになっている。俺が達臣の動画を拡散したら、お前の家を競売にかけると脅されたよ」
「なんだって?」
 運ばれてきたコーヒーカップに砂糖を入れようとした手を鈴村が止めた。
 立浪は花巻とのやり取りを鈴村に伝えた。
「マジか……。どうして俺の家を売る売らないなんて話になったんだよ……」
 鈴村の顔が、みるみる強張(こわば)った。
「その様子じゃ、本当に抵当権を打たれているようだな」
「どうしても頭金が足りなくてな。それにしても、困ったことになった……」
 鈴村が、髪の毛を搔き毟(むし)った。
「だから、お前が達臣の件を花巻さんに話すからだろうが」
「さっきも言っただろう! お前を紹介した責任もあるから、へたな隠し事はできないんだよっ」
「花巻さんは、中富(なかとみ)社長の拉致監禁動画で大河内から金を脅し取って幕引きにしたいそうだ。追い込み過ぎて、大河内から復讐されることを恐れているのさ。案外、花巻さんも肝っ玉が小さいんだな」
 立浪は吐き捨てるように言った。
「俺はそうは思わない。花巻さんの言う通りにしたほうが賢明だ」
「冗談じゃない。看板タレントを一人潰したくらいで、大河内の禊(みそぎ)が済んだと思うか!?
「お前のためにも、牧野の動画で終わらせたほうがいい。それに、お前の気持ちはわかるが、俺だって家族を路頭に迷わせるわけにはいかないんだよ!」
 鈴村が涙で充血した眼で立浪を見据えた。
「そのことは心配するな。花巻さんに借りた金は一千万だろう? 俺がなんとか工面するから、花巻さんに返して抵当権を外して貰うんだ。今日は、そのためにお前に会いにきた。一週間もあれば、用意できると思う」
 立浪は言った。
 定期預金は七百万ほどしかないので、残りの三百万は知り合いから借り集めるつもりだった。
「無駄だよ」
 鈴村が素っ気なく言った。
「なんで?」
「いまのタイミングで急に一千万を返すなんて言ったら、お前の魂胆が見え見えだろ?  花巻さんは受け取ってくれないさ」
「抵当権を外させないなんて、法的にできない」
「そんなことくらい、言われなくてもわかっている。だが、花巻さんは法の隅々まで知り尽くして金儲けをしている男だぞ? あれやこれや理由をつけて、受け取りを拒否するはずだ。弁護士を入れるにしても時間がかかる。そんなことをやっている間に、競売にかけられるのが落ちだ」
 鈴村が肩を竦(すく)めた。
「じゃあ、どうするつもりだ? 花巻さんに、家を取られてしまうぞ」
「お前が達臣の動画を投稿しなければ問題ない話だ」
「無理だ」
 立浪は即座に拒否した。
「前にも言っただろう? お前が手にしている動画は警察に渡すか、提供者に戻すんだ」
「それはできないと言ったはずだ」
「どうしてだ!? 牧野の動画を拡散したんだろ?」
 鈴村がスマートフォンを操作しながら言った。
「ほら、どのネットニュースでも牧野健の薬物関連の記事がトップだ。家を出る前に情報番組をちらっと見たかぎりじゃ、テレビは大河内に忖度(そんたく)して自主規制しているみたいだ。だが、ネットでこれだけ拡散されれば牧野はもちろん、大河内にとってもダメージは計り知れない。記事にも書いてあるが、牧野の公開前の主演映画が二本、公開中の主演映画が二本、制作中の主演映画が一本、制作決定していた主演の連ドラが一本、オンエア中のCMが七本……推定される違約金は七億とも八億とも言われている。加えて花巻さんが中富社長にたいしての監禁暴行動画で大金を強請り取るんだろうから、大河内は終わったも同然だ。もう十分だろう? 立浪。このへんで、矛(ほこ)を収めてもいいだろう? な?」
 鈴村が立浪に諭すように言った。
「終わったも同然じゃだめだ。牧野は完全に終わったが、大河内はまだ終わっちゃいない。心配するな。お前に迷惑をかけないようになんとか方法を……」
「なんだこれは!」
 ネットニュースを読んでいた鈴村が、突然、大声を張り上げた。
「ほかのお客さんもいるんだから、静かにしろ」
「そんなことを言ってる場合じゃないぞ。これを見ろ」 
 鈴村が上ずった声で言いながら、立浪の前にスートフォンを置いた。
「えっ……」
 ネットニュースの記事に落とした立浪の視線が凍(い)てついた。

牧野健の覚醒剤入手ルートは動画の投稿者!?

牧野容疑者が、薬物の購入ルートは動画の投稿者の立浪慎吾氏に紹介して貰ったと証言!

僕は嵌められた! 薬物摂取動画は、スクープを撮るために投稿者である立浪慎吾氏が描いたシナリオ!?

「大河内の野郎、でたらめを流しやがって……」
 立浪は、掠(かす)れた声で呟(つぶや)いた。
「まあ、裏を取ればすぐにガセだってわかるさ」
「下のニュース記事を……見てみろ」
 鈴村が震える声で、立浪を促した。
「下のニュース記事?」
 立浪はネットニュースをスクロールした。
「ん?」
 立浪の視界に、花巻の写真が飛び込んできた。
「なんで花巻さんの写真が……」
 写真の上の見出しに、立浪は言葉の続きを吞み込んだ。

国民的俳優牧野健の薬物スキャンダルについて、ジャーナリスト界の重鎮「リアルジャーナル」の花巻道三氏が重大発言!

 花巻「立浪ちゃんという編集者がさ~、僕に相談してきたんだよね~。『帝都プロ』の大河内社長を破滅させたいから、看板タレントの薬物スクープを撮りたいけどルートを知りませんか? ってさ~。もちろん、僕は知らないって言ったよ~」
 記者「つまりあのスクープは、立浪氏が牧野容疑者を陥れるために薬物を仕込んだトラップだったということですか?」

 続きは動画サイトで!

「これは……いったい、どういうことだ!」
立浪の怒声とテーブルに掌を叩きつける衝撃音が店内に響き渡った。

(第61話につづく)

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