第20回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,442文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
とはいえ、このままタクさんを続けていても情報は得られない。どこかでもう一歩踏み込まなければならないが、きっかけがつかめずにいた。
その日、午後九時を回っていた。
そろそろアイリから連絡が来る頃だと思い、テーブルにスマートフォンを置き、テレビを見ながら待機していた。
が、なかなかアイリからの連絡はこない。一時間、二時間経っても気配がない。
まあ、そんな日もある。
平間はそう思い、敷きっぱなしの布団に横たわった時だった。
電話が鳴った。
スマホを取る。アイリからだった。すぐつないだ。
「もしもし」
いつものように優しい声で出た。
しかし、電話の向こうはいつもと違っていた。
──助けて!
アイリの悲鳴のような声が飛び込んできた。
「どうしたの!」
平間が声を張る。
──助けて、タクさん!
ひきつる声とともに、靴底が鳴る音も聞こえてくる。呼吸も荒い。走って逃げているようだった。
「どこにいるの!」
──わからない!
「何か見えるものを言って!」
──何もない! 暗い!
アイリの声が何かに響いている感じはない。
住宅や目立った建物のない道路か。
「周りは!」
──わからない! 木とか草とか!
「藪か! 走っているところはまっすぐか、曲がってるか!」
──曲がってる。山道を下ってる感じ!
「誰かに追われてるのか!」
──そう!
「曲がって、相手の死角に入ったら、藪に飛び込め!」
──どういうこと!
「走っているところで、相手が見えなくなったら、藪に飛び込めと言ってるんだ! そして、奥へ進んで身を隠せ!」
──そんなことできない!
涙声になっている。
「やるんだ! 必ず、助けに行くから! 電話はつないでて!」
平間は強い口調で言い、もう一つのスマートフォンを出した。
真田につなぐ。二回のコールで真田が出た。
「チーフ! 今から言う電話番号を追跡してください!」
平間は挨拶もなく、番号をがなり立てた。
「結果を俺のスマホに転送してください。お願いします」
用件を伝えて電話を切ると、ヘルメットを取って、部屋から駆け出した。
第3章
1
平間は400CCのバイクで飛ばしていた。
メーターの間にスマートフォンをつけていた。地図を表示している。アイリのスマホの電波が発信されていた場所は河口湖の北側だった。
中央自動車道を西へ向かい、富士急ハイランドを越えて国道139号線に入り、県道707号線へ右折した。
ここまで、一時間半かかっている。河口湖大橋を越えたところで左折し、湖畔の道路を道なりに進んだ。
平間は湖北ビューラインへ分岐する十字路で停まった。
アイリのスマホの電波が近い。発信場所を示す点滅は、ビューラインへは向かわず、右手の山の奥で光っていた。
暗い道路をゆっくりと進んでいく。車もなければ人もいない。目立った建物もない山の中へと入っていく。
坂がきつくなり、大きなカーブに差し掛かったところで、平間はバイクを停めた。ヘッドライトを落としてエンジンを切り、ヘルメットを取って、シートに置いた。
スマホを持って、道路脇の藪を見つめながら歩く。
通話画面を出してみる。電話は切れていた。平間は藪の奥を見ながら、電話をかけてみた。
コール音が鳴る。それは藪の中からも聞こえた。
平間は藪の中に入っていった。コール音は鳴り響いている。アイリは電話に出ない。音は大きくなった。
藪の奥で光が点滅しているのを認めた。そこに近づいていく。
電話を切り、ライトに切り替え、照らしてみた。電話を握ったまま倒れている女の子がいた。
駆け寄る。アイリだった。
平間は脇に屈んだ。
アイリはワンピース一枚の姿だった。白いワンピースは汚れ、裾や袖口が裂けていた。肌に傷も見える。逃げる途中で靴も脱げたのか、裸足だった。
平間は真田に連絡を入れた。
「……もしもし、平間です。アイリを見つけました。ケガをしているようなので、病院へ運びます」
話していると、アイリの呻きが聞こえた。
電話を切って、ポケットに入れる。
「アイリちゃん!」
呼びかけ、背中に腕を通して抱き起こす。
「タクさん……来てくれたんだ」
弱々しい声だった。スマホのライトを消したせいで、表情はあまり読み取れない。
「ケガしてるみたいだね。病院に連れて行くよ」
平間が立たせようとする。と、アイリは平間のジャンパーの袖を握った。
「ダメ。あいつらが来る」
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。