【講談社文芸文庫】『書評『戦後短篇小説再発見』全18巻』

文字数 2,143文字

【2021年1月開催「2000字書評コンテスト:講談社文芸文庫」受賞作】


書評『戦後短篇小説再発見』全18巻


著・savensatow

【文芸文庫書評】

書評『戦後短篇小説再発見』全18巻

佐藤清文(Saven Satow)


 文芸における古今東西の古典や名作を刊行してきた講談社文芸文庫が「戦後」をキーワードに企画したアンソロジーが『戦後短篇小説再発見』である。1作家1作品を原則とし、原稿用紙50枚以内の短編小説をテーマ別に編纂する。この作業を担ったのは4名の編集委員、すなわち井口時夫・川村湊・清水良典・富岡幸一郎である。同出版部はこれにより平成16年度の第58回毎日出版文化賞に輝いている。


 『戦後短篇小説再発見』は二期に分けて刊行されている。第1期は10巻117編の構成で、2001年6月から02年3月に亘って出版されている。また、第2期は8巻84篇で、03年6月から04年1月までである。なお、1作家1作品の原則は各期においての適用であり、三島由紀夫を始め両者のいずれにも収められた作家もいる。


 全18巻の各テーマは次の通りである。


第1期 1 青春の光と影

2 性の根源へ

3 さまざまな恋愛

4 漂流する家族

5 生と死の光景

6 変貌する都市

7 故郷と異郷の幻影

8 歴史の証言

9 政治と革命

10 表現の冒険

第2期 11 事件の真相

12 男と女─青春・恋愛

13 男と女─結婚・エロス

14 人間と自然

15 笑いの源泉

16 「私」という迷宮

17 組織と個人

18 夢と幻想の世界


 各テーマは戦後文学の諸問題を反映している。通して読めば、作家たちがそれに対してどのように取り組んできたのかを知ることができるだろう。テーマの中には、「歴史の証言」のように、「戦後」の問題もあるが、「政治と革命」を始め戦前から引き継がれたものもある。作家はそうした流れを踏まえているので、「戦後」において何が継承され、何が断絶したかを読み解くことも興味深い。


 戦後文学のアンソロジーは概して名作ぞろいのベスト盤になるものだ。しかし、この企画は「短篇小説」という条件のため、よく知られた作品だけでなく、通好みのものも含まれている。戦後文学の諸問題を考える際に、著名な作品だけでは見逃してしまうことにも気が付くに違いない。それは納得と意外の再発見である。


 このアンソロジーの最も重要な基準は「戦後」である。正宗白鳥など戦前の印象が強いが、戦後も活動を続けていた作家も入っている。また、この条件により、純文学のみならず、村上龍や田中康夫のように、従前の文芸文庫のラインナップになじまない中間小説やエンタメ小説の作家も加えることができている。ただ、戦後文学には欠かすことができないけれども、深沢七郎や大西巨人といった諸般の事情のため収めることができなかった作家もいる。


 広範囲で多数の作家の半世紀以上に亘る作品が収められていることにより、このシリーズはさまざまな「再発見」の読み方が可能である。それは先に挙げたテーマに関連したものだけではない。豊富な作品群は18の主題に囚われない共時的・通時的な読みの可能性をもたらす。


 このアンソロジーには同じ時代を扱った諸作品が含まれている。一つの作品だけを読むなら、そこに描かれているのはその作家特有の時代認識かもしれない。けれども、複数の作家の作品を読み比べると、それを超えて共有されている時代の気分というものが見えてくる。こういった漠然とした空気は当時を生きた作家にとっては自明で、無自覚の場合もあるだろう。だからこそ、多くの作家を照らし合わせることで明らかになってくる。


 これは「時代」に限らない。「東京」や「自動車」、「食事」、「旅行」、「サラリーマン」など作品で取り上げられるさまざまな物事も対象となり得る。それらの共時的な社会的認識の探究は好奇心をそそる。さらに、通時的にそれをめぐる認識がどのように推移してきたかも見えてくるだろう。こういう横断的な読解はこのアンソロジーならではの可能性である。


 作家はある社会・時代に生き、それがもたらす認識を自覚的・無自覚的に共有している。そうして生まれた作品群である文学は社会的・時代的な集合記憶を表象する。こういう暗黙知を文学は後世に伝えているが、一人の作家を読むだけでは理解し得ない。多くの作家の作品を照らし読みをして明示できるものだ。


 それはこのアンソロジーのキーワードである「戦後」についてもいえることだ。全18巻のシリーズは「戦後」とは何かを問うてはいない。それをめぐる社会的・時代的な集合記憶の表象である。全体を読み通すことでそう言った記憶が「再発見」されるだろう。その際、「戦後」について知ったつもりになっていたのではないかという反省も「再発見」されるに違いない。各々の作品に「戦後」の世界がある。だが、それらは孤立していない。「戦後」の集合記憶を共有している。『戦後短篇小説再発見』は「戦後」をめぐる集合記憶を「再発見」するための最良のテキストである。


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