第2話「性的に搾取されるのが嫌すぎて夜な夜なラウンジで働いてる」
文字数 7,180文字

おっさんが、好きじゃない。
というか、おっさんにかかわらず、女を一方的に搾取したり消費する男が好きじゃない。なかでもおっさんはその割合がずば抜けて高いことが多い。
ここまでおっさんと連呼しているとゲシュタルト崩壊しそうになるが、適切な呼び名がおっさんしか思い浮かばないので、おっさんでいかせてもらう。
個人的に40代中盤からをおっさんとして見ているが、気持ち悪くなく品があると思う人はおじさんとして見ている。
とにかく、ブログでもラジオでも口頭でも言っているぐらい、おっさんに対する不満は尽きない。
今まで出会った男性のなかでも、おっさんにまつわるいい思い出なんて、ほぼない。
そんなわたしが、夜な夜なおっさんがやって来るラウンジで働き続けてるのは、ちゃんちゃらおかしいと思う。
思うが、女子高生を好きな人が世の中に嫌になるぐらい溢れていても、おっさんを好きだという人はどれぐらいいるのだろう。相当少ないと思う。
痴漢冤罪を恐れるなら男性専用車両をつくればいい、という提案がネットで話題になっていたときに、「そんな男臭い車両乗りたくない」「おっさんしかいないとか誰得」とかいう意見が男性陣からわんさか出ていて、びっくりした。しかもその男臭いであろう年代どんぴしゃの人たちからも。
おっさん本人ですらおっさんのことを好きではないぐらいだし、わたしがその年代の男性をうっすらと嫌いなことも至極当然のことに思える。
嫌いなおっさんが来る空間でなぜ自分が働いているのかを真面目に考えてこなかったものの、先日姉に「あんた自分がわりとごりごりのフェミニストだと思うとか言っときながら、まだ水商売してんの? なんでだよ」と突っ込まれてから、考えざるを得なくなった。
会社に入るまであと数カ月しかないからすぐ辞めても支障が出ないところがいいとか、好きな友人に誘われたからとか、バイトに入る日数が少なくてもそれなりに稼ぎたいからとか、現実的な理由はいろいろとある。
確執がある母への嫌がらせと、理解できないだろうとわかっているうえで男性を理解できたらいいなという好奇心も少なからずある。
しかしこれらの理由よりも強く、もうこれ以上一方的に性的搾取されたくない、という気持ちが根底にあることに気づいてしまって、ショックでぼーっとしてしまった。
世間の男たちに一方的に性的搾取されるのが嫌すぎて、逆にそれがサービスとしてまかり通っている夜のお店で働くとかいう、そんな悲しい動機があっていいのだろうか。
思い返してみればわたしが明確に、こうして男の人に消費されたり搾取されるのは、もう無理だ、と思ったきっかけがあった。
大学のサークルで、わたしは男女問わず、とにかく先輩たちに媚びていた。
もともと年上の人間が好きで、他人に興味を抱きやすかったから、先輩たちと仲良くなりたいと思うのは当然だった。
わたしが入ったサークルは100人ほどの大規模なサークルで、学年毎に違いはあれど、先輩たちの男女仲はだいたい悪かった。
女の先輩が、男の先輩を嫌悪し軽蔑していて、サークルに来ない女の先輩の方が多かった。
サークルというひとつの集団に固執し、場の空気を支配しようとするのは男の先輩ばかりで、今後ここで上手くやっていくためには、彼らに気に入られた方が得だと思った。
打算的な考えだったけど、実際それは間違ってなかった。
ただ、無知な年下の女というだけで相好を崩す男たちも、それをわかってて笑顔を振り撒くわたしのような女も、女の先輩からは嫌悪の対象だった。
同性は難しい。人間として気が合わなければ、女同士の関係性はつくれない。
女の先輩たちに気に入られてないのをわかりながら、何度も無邪気に話しかけ、インスタグラムに本や映画といった趣味を露呈させ、彼女たちからの笑顔と、「思ってたのと違った」という言葉を引き出した。
男の先輩と接するより、何倍も時間も気も遣って、丁寧に関係性を築いてきた。
その点異性は簡単だった。
彼らに懐くことで、サークルで多少浮いていながらも好き勝手できるポジションを手に入れることができた。
だけど、そのごりごりの男の内輪ノリ、いわゆるホモソーシャルのなかで、わたしは人間ではなく、女でしかなかった。
彼らが胸のサイズをいじってきたときも、もー! とか少年漫画のヒロインかよって具合にパフォーマンスとして怒ることしかできなかったし、事あるごとに他の女の子と比較されヨイショされたりするときも、曖昧に笑って話を変えようとするぐらいしかできなかった。
真面目な顔で「不愉快なんでやめてください」と言えば、場がしらけたり気まずい雰囲気になるのは目に見えていた。
打算的な気持ちはあれど、先輩たちとは普通に仲良くしたかったし、サークルで楽しく過ごしたかった。
大学一年生のわたしは男の先輩が集まる場で、自分や他の女子が品評されても、にこにこ笑って突っ込むのが大人の処世術だと思っていたのだ。愚かすぎる。ブチ切れればよかったのだ、そんなもの。
だけどサークルで楽しく平穏に過ごすには、そういうノリに浸かりきっている方が圧倒的に楽だった。あの険しい顔の女の先輩たちみたいになりたくないと思っていた。
一年半前の夏、サークルを卒業した先輩や同期たちとビアガーデンに行った。男子が7人、女子が3人とかだったと思う。
わたしの好きな人たちが集まった、楽しい会だった。
それなのに、店を出てから自分が信じられないほどに擦り減っていることに気づいた。
金が払われるわけでもねーのに。
酔っ払ったみんなで駅に向かう道すがら、ふと醒めた気持ちになって、呆然とした。
好きな人たちと楽しく飲んだあとに、そんなことを思ってしまう自分がショックで、でも、本当にそう思うことしかできなかった。
その頃わたしは一人暮らしの資金を貯めるために北新地のキャバクラで働いていて、若い女であることを切り売りしていた。
仕事じゃなかったら真顔になってしまうような時間を、普通にバイトするよりも断然高い給与のために、へらへら笑ってやり過ごしていた。
あの時間と、全く同じだった。
真顔になる瞬間の割合は違えど、彼らが女を人間として見ていないような、性的なモノとしてしか見ていないような発言をするたびに、口角が固まって、静かにはらわたが煮え繰り返っていた。
気づかないふりをしていたけど、無理だった。
ビアガーデンの帰り、同じ方面の電車に乗る同期の男に、「先輩たちが卒業してからも飲みに誘ってもらえたり、仲良くできるのって嬉しい」と言った。それは本心だった。不躾な物言いをされたりしても、仲良くしたいと思ってもらえるのは嬉しかった。
だけど「まあ、あの人ら可愛くない子には全然冷たいもんなー」という同期の言葉に、心が凍った。
いっつも仲良いよな、とか、気合うんやろな、とかじゃなくて、可愛さの話になんの? 一緒にいて楽しいから誘ってもらえてるんじゃないの? 先輩たちと同性のあなたにはそう見えてるの?
自分が慕っている先輩たちから搾取されていると思いたくなかったけど、心が虚無になるキャバ嬢のバイトのときと同じだった。
キャバクラで働いて初めて、自分が女というだけで、男の先輩たちに求められる「かわいい後輩」像に則って、過剰なサービスをしていたんだとわかった。
それ以来、先輩たちと遊ぶのが苦痛になった。
男の先輩たちの集まりに声をかけられても、断ることが増えた。
今思えば、女の先輩たちがサークルにあまり顔を出していなかったわけもなんとなくわかる。
複数人集まった時点で、なぜか女を「抱ける」「抱けない」の視点で評価する男たち。自分のだらしない身体はほっといて、女の肉体に口出ししてくる男たち。もうちょっと胸があったらなあ、とか何様だろう。男性器が見えないからって調子乗んなよ。
こんなくだらない男たちに、仲良くなりたい、気に入ってもらいたいという気持ちで媚を売ってきた自分を本当に馬鹿だと思ったし、女は男のセクハラに怒っちゃいけない、にこにこしてろ、みたいな風潮を蔓延させてる世間にもげんなりした。
おそらく今までいろんな場で、女としての過剰なサービスを求められ、供給してきたのだと思うと、どのバイトも苦痛なところが見逃せなくなってきてしまった。
一人暮らしの計画が頓挫し、キャバクラを辞めて念願の書店員になってからも、「そのホクロかわいいね」とおっさんの客にニチャアとした笑顔で言われたり、わけのわからないクレームをぶつけてきたおっさんが50代の男性社員の対応になった途端大人しくなったりするのが、悔しくて悔しくて、発狂しそうだった。
なーにがホクロかわいいね、だ、てめえそれわたしが男だったら言ってたんか? 言わなかっただろ、きもいんだよ褒め方がよ、しね!
わたしが赤髪マッチョだったらこんな憂さ晴らしのクレームも言われなかっただろうし、若い女ってだけで無害だと見なされ、ただのレジ店員というサービス以上のものを求められるのが本当にきつかった。
居酒屋のホールスタッフでもガールズバーと勘違いしてるようなサラリーマンにウザ絡みをされるし、
パチンコ屋の制服が20代の女性バイトだけキュロットで(30〜40代女性たちはスラックスだった)、極寒のなかで整理券を配るのがきつくて、「わたしもスラックスがいいんですけど」と言ったら、「若い女の子だから、ほら、そっちのがお客さん喜ぶでしょ?」と40代妻子持ちのクソチーフに言われたし、
パチンコ屋で30代派遣男とペアを組まされたときに、腰に手を回されたりするようになって、これで安易にセクハラとか言ったらこの人派遣だしクビになっちゃうのかな、溶け込みたくて愛想良くしてたわたしが悪いって逆に叱られるのかなとか思って不愉快さと良心の葛藤でひとりで泣いたし、
もう、どこに行っても賃金以上のサービスを求められるのが地獄だった。女というだけで一方的に欲望の捌け口にさせられるのが苦痛でたまらなかった。
それで客寄せしてんならミニスカ手当出せよオラ! つーか性欲溜まってんなら風俗行けよくそが! と今のわたしならブチ切れられるだろうけど、ビアガーデン事変前は、もやもやした気持ちのまま働くことしかできなかったのだ。
どの店でもクソエピソードはあったけど、あのパチンコ屋はほんとくそだったな、辞めてよかった。
そういうわけで、就活も終わり、残り3〜4カ月なんのバイトをしようかと考えたときに、友人から誘われたのを引き金に、ラウンジで働くことにしたのだ。
女である限り、どこで働いても不愉快だ。
そこらの男に一方的に性的に搾取されるぐらいなら、その不愉快さも込みで金に変えた方がよっぽどいい。
ラウンジに来る男性は結局「女」を求めていて、そこで反吐が出たり自尊心を削られるような言葉を投げかけられても、身体が強張るようなボディタッチをされても、それはサービスの範囲内になる。提供してあげてる、という気持ちでいられる。
ムカつくから笑顔で「うざ〜い」とか、「我々相入れないですね」とか、「でもわたし可愛いんで」とか言ったりするけど。おかげでママからは多少睨まれたりするけど。
ラウンジに来る客は、接待として使う客が6割と、孤独な客が4割。
前者はサークルの先輩たちのように、ゴリゴリのホモソーシャルで、女を潤滑油にして騒ぎ、親交を深める。
わたしが一番苦手なおっさんたちの集団だが、その場のノリでしかないため、なんとなくやり過ごしていれば時給が発生する。大抵はセックスの話をしてればどうにかなる。
後半はだいたい下手くそなカラオケ大会になるし、そうなると死んだ目で手拍子をしてるだけでお金が発生するのだ。すばらしい。
サークルの飲み会で先輩たちにやっていたことと同じだし、賃金が発生するだけフェアだと言える。
逆にしんどいのが孤独な客だ。週に2〜3回は必ず来る常連のひとり客。
お目当ての子がいる人とそうでない人がいて、より厄介なのは後者。
彼らはさみしさを身体中から発散させていて、ケラケラ笑いながら馬鹿話をしていても、ふとしたときに、「家帰ってもなんもやることないしさあ」「もうこの歳になるとモテないしさあ」と言ったりしてくる。
その空気に当てられてしんどくなってしまうのだ。おっさんの弱音は当人たちが思うよりもくるものがある。
親が夜ひっそりと泣いてたりするのを見てしまったときと同じぐらいにきつい。
親と同じぐらいの歳の男性を慰めることがこんなに多くあるとは。
わたしには一応父がいるが、2歳の頃に離婚してから一年に何度か会うだけなので、父がこういう店に行ったりしているのかは知らない。
ただ、北新地でバイトしてる、と言ったときは見事にぶん殴られたので、行ってないと思いたい。行ってたら笑える。
殴られたときは、こういうときだけ中途半端に父親ヅラしやがって、と頭に血が上り、確かそのままの台詞を吐いた。
父親ぶりたいんなら学費出したり一人暮らしの金出したりしてくれよ、わたしが母とのことで困ってんの知ってるくせになんも助けてくれないし、水商売したって仕方ねーじゃん、とかなんとか言って、気まずくなって、それ以来会ってない。
だけど再婚相手ともうまくいかず、歳を重ねるごとに弱く孤独になっていく父が、これから先ラウンジやキャバクラに救いを求めることもあるかもしれない。
そこまで好きでもないし思い入れのある人でもないけれど、それでも娘ぐらいの歳の女に鼻の下を伸ばし、適当に慰められている父の姿を想像するときつい。
ラウンジやキャバクラに通う父親を持つ娘はどんな気持ちなんだろう。
空虚な言葉を求めてくる客を見るたび、わたしの父も大概だがこんなお父さんは嫌だな、と思ってしまうのだ。
話が逸れてしまった。
とにかく、弱音を吐くおっさんには、犬や猫と暮らすことを推奨している。
我が家には最高の犬がいるので、「犬いいですよ」とめちゃカワなうちの子の写真を見せながらさみしさの解消案を提案するのだが、そういうおっさんは大抵、「いや女の子がいいんだよ〜」とか言ってくるので、「それはナンセンスすぎる」とか言ってしまう。そしてまたママにこらっ、と叱られる。
でも本当にナンセンスだ。
見た目に気を遣わず感性がアップデートされず若さも失われし生命体なのに、なんで未来溢れる若い女と恋愛しようとすんだよ、無理があるよ。
40代以降のおっさんは、「(結婚してようとしてなかろうと)若い女を獲得してこそ男として幸せ」みたいな傾向がめちゃくちゃ強い。
幸せの価値観が、金と女のままなのだ。令和なのに。
女たちはそれぞれの幸せを細分化し、そこに向かっていっているというのに、悲しすぎる。
そしてそのおっさんたちの部下もその腐敗しきった考えを受け継いでいき、腐敗臭を撒き散らす害悪ジジイになっていくのだろう。止めたい。
ならこういう淡い夢を売るような店で働くなよという感じだが、男性に性的搾取をされても心理ダメージが少ないのがこういう店しかないので仕方ない。従業員も9割女性だし、ボーイは女の子たちを丁寧に扱ってくれるので、不愉快さは本当に少ないのだ。
こういう店で働いていると、一見常識を兼ね備えているイケオジっぽい人でも、ほのぼのとしたまともそうな人でも、話してみれば女をめちゃくちゃ下に見ていたりすることが嫌というほどわかる。
そういう考えだからこそ、こういう店に足繁く通うのかもしれないが。
おっさんは嫌いだが、それでも夜の女の子たちの虚無な言葉をかき集めて生きているおっさんの孤独を思うと、胸がきゅう、となる。
生命力の少ない生き物特有の好意の重たさや、人生にもう期待できない彼らの悲壮感も、きもーい! とか暗ーい! では一蹴できなくて、ついしみじみしてしまう。
わたしや、わたしの好きな男も将来こうなったりするんだろうか。人は年齢を重ねるごとに弱く、みっともなくなってしまうんだろうか。
唾を飛ばしながら説教してくるおっさんの左手を、こんな人が結婚できるのすごいなあと眺めてしまう。この人の奥さんは、いったいどうしてこの人と結婚しようと思ったんだろうか。どこが好きなんだろうか。
男の人の考えは予想していた通りわからないし理解できないけれど、それでも酒を交えて会話から相手の背景をじっくり想像できるというのはなかなか楽しい。
水商売の醍醐味のひとつだと思う。
世間の男たちから一方的に搾取され消費されるしんどさから逃れるために逃げ込んだ場所だけれど、くそみたいなおっさんたちの人生に想いを馳せながら水割りをつくるこのバイトも、わりと嫌いじゃない。
★次回は4月22日(水)に公開予定です!
こみやまよも
春から営業として働くこじらせ女子。
好きな人は、いくえみ綾とoyumi。
就活でことごとく出版社に落ちたのを根に持っている。