今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。
文字数 2,743文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
『ヴァイタル・サイン』南杏子読むのにかかる時間:約3分21秒
文・構成:ふくだりょうこ
■POINT
・ある看護師の日常を描く
・部下と上司の板挟み、中堅看護師の気苦労
・看護師の仕事を知ると「感謝」だけでは片づけられない
■ある看護師の日常を描く
「たくさんの生老病死があって、それらが常に動いています。全てが理想通り、思った通りにいくはずがない」
生まれること、老いること、病気になること、死ぬこと。全てが病院にはある。そんな中で働く人たちのことを私たちは知らなさすぎるのかもしれない。
現役の医師でもある南杏子による『ヴァイタル・サイン』。舞台は二子玉川グレース病院。救急患者の受け入れも行っているが、ベッド数の多くは療養にあてられており、患者は高齢者が多い。そこで看護師と働く堤素野子が物語の主人公だ。
31歳の素野子は自身のキャリアアップを考えつつも、仕事に忙殺される日々。過酷なシフト、サービス残業は当たり前、身を粉にしてがんばっているはずなのに、患者や患者の家族からは褒められるよりも罵られることのほうが多い。そんな素野子の心の支えは恋人の整形外科医である翔平との時間だけだった。
忙しい中でもどうにか日々を乗り越えていた素野子だったが、あるとき、主任が突然退職することになる。ますます過酷になる勤務体制は素野子を追い詰めていく。
■部下と上司の板挟み、、中堅看護師の気苦労
ドジッ子看護師がミスをして先輩看護師に怒られる――というドラマを幾度となく観てきたが、本作を読むと、その気持ちがよくわかる。当たり前だ。命がかかっているのだから。
二子玉川グレースに勤め始めて10年以上になる素野子は、新人の教育も担当している。部下の桃香は、ドジというわけではないが、マウンティングが激しく、おしゃべり好きで夜勤の際も素野子の集中力を削いでいく。だからと言って厳しく叱り飛ばすわけにはいかない。人手不足の中、辞められたら困るのだ。
素野子自身は真面目で、看護師としては中堅ということもあり、仕事量が多い。その分、上司や、医師からの叱責は少なくない。特に夜勤では、寝ていない当直の医師に不機嫌をぶつけられることもある。寝ていないのは看護師も医師も一緒……と思いつつも、スムーズに処置を進めるためには口答えしている時間はない。
通常の仕事をこなしながら、新人を教育し、患者の家族に対応し、時には亡くなった患者さんのエンゼルケアなど、予定外の仕事もこなす。この作品は全8章だが、1章読んだだけでも、仕事の多さ、覚えなければならないことの多さ、仕事の内容に頭が下がる。
■看護師の仕事を知ると「感謝」だけでは片づけられない
ミスをするとサッと血の気が引くような、背中が冷たくなるような感覚になる。普通の人のミスは取り返しがつくことが多いが、看護師のミスはそのまま死につながりかねない。
特に、二子玉川グレースでは高齢の患者さんが多く、認知症を患っているケースもある。ゴム手袋を食べ物だと思って誤飲したり、入浴介助を嫌がって「人殺し!」と暴れたり。勤務中は一瞬だって気が休まる瞬間はなく、患者がケガをすることを思えば自分のケガも厭わない。
医療従事者ではない限り、多くの場合、病院に関わるときは不調があるときだ。看護師との関わり方については、対自分のケースしか知らない。だからつい忘れてしまうのだが、看護師からすると、自分は大勢の患者の中のひとりにすぎないのだ。もちろん、ひとりひとりに丁寧に接しようとしてくれている。けれど、彼らだって人間である。「そんなささいなことでナースコールをしないでくれ」と言いたくなるときもあるし、「おとなしく言うことを聞いてくれ!」と叫びたくなることもある。
そんな叫び声に耳をふさいで、「医療従事者に感謝を」というのはあまりにも虫のいい話ようにさえ思えてくる。
エンターテイメント作品でありながら、赤裸々な看護師たちの声が胸に刺さる。「白衣の天使」という言葉は患者側の都合の良いものに過ぎないのではないか。せめて、自分が病院にかかるときはできるだけ迷惑をかけないように心がけたいと思わされるが、そんな冷静さも保てなくなるのが病院という場所なのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)