『茜さす日に噓を隠して』『青く滲んだ月の行方』書評(本間悠)
文字数 2,743文字

小説家・真下みこととシンガー・みさきによるデュオ「茜さす日に嘘を隠して」(=アカウソ)、
小説家・青羽悠とシンガー・shunによるデュオ「青く滲んだ月の行方」(=アオニジ)。
これまで5話にわたり、現代を生きる10代~20代を主人公とした小説と楽曲をリリースし、
7月1日(金)には、全話をまとめた、待望の共作小説『茜さす日に噓を隠して』『青く滲んだ月の行方』が刊行されました。
刊行記念として、本間悠さん(うなぎBOOKS)の書評を公開いたします!
真下みことさんの『茜さす日に噓を隠して』(通称『アカウソ』)と、青羽悠さんの『青く滲んだ月の行方』(通称『アオニジ』)は、変身立体のような物語である。
変身立体については各自ググっていただきたいのだが、いわゆる錯視を利用した、二つの方向から見た時に姿かたちが全く違うように見えてしまう立体のことだ。この二作品は、どんなに原理を説明されても目の前で起こっている景色に理解が追い付かない不思議な現象を、見事に体現している。
物語は、とある大学の軽音楽サークルを中心に広がる青春群像劇だ。共通の登場人物たちを、真下さんは女性側を主人公に、青羽さんは男性側を主人公にして描く。
表から見るか裏から見るか。ほんの小さなコインですら、表と裏では描かれているものも、意味するところもまるで違う。ましてやそれがモラトリアムの只中にいる学生たちなのだから、その表と裏が全く異なることは想像に難くない。友人や恋人、家族との関係の中で、そして学校という集団の中で、就活というイベントで。それぞれの人物が、それぞれの思惑を抱え悩んでいる。
“隼人が起こしてくれるわけがないから、手をついて立ち上がる。恥ずかしかった。隼人が私のことをなんとも思っていないということが、すごく恥ずかしくなった。私だって、好きなわけじゃないのに。”『アカウソ』より
“一人で皐月は地面から起き上がる。こちらに顔を合わせない。皐月が一人で傷つき、一人で立ち直る様を、隼人はただ眺めている。咄嗟のことで手を差し伸べることもできなかった。(中略)
皐月に干渉することを恐れていた。彼女に触れる勇気がなかった。そんな資格はないのだと、自分を傍観者に仕立て上げていた。”『アオニジ』より
上記の引用は、第一話でそれぞれの物語の主人公となる二人の、同じ場面におけるモノローグである。決して表出することはない心の裡はこんなにも豊かで、飲み会帰りの道すがらに転倒するというほんの些細なエピソードだけれど、読者の想像を搔き立て、その後に続くストーリーの奥行きを想像させる。地球からではその裏側を窺い知ることが出来ない月が、そんな二人を静かに照らす。思わずため息が零れると共に、「今、何かものすごいものを読んでいるぞ」という期待で鳥肌が立つような場面だった。
メモを取りながら読むのが好きな方には是非お勧めしたいのが、登場人物の相関図を作成することだ。
そう、ドラマの登場人物紹介でよく見るような、人と人とを矢印で結んでゆくアレである。恋人、元恋人、姉妹、友人……どちらか片方のストーリーでは一方通行であったり、そもそも線すら浮かんでこない関係性も、両方の物語を読むことでしっかりと繫がってゆく。それなのに、それぞれを単体の作品として読んでも話が成立し、しかも十分に面白いところがまたすごい。多くは語られなかったところを補完するように、時に月の裏側を乱暴に暴くように、登場人物たちから伸びる線とストーリーが絡まり合い、まるで平面であることに耐えかねたように新しい物語が立ち上がる。
名前の付けられない感情、友人でも恋人でもないあやうい関係線。一枚の紙の上に浮かび上がり、複雑に交錯する無数の線たちは、誰かと繫がりたくて、名前が欲しくてもがいている。
相関図を書きながら、きっとその構成の見事さに改めて度肝を抜かれるだろう。
そしてこのプロジェクトは、音楽とのコラボレーション企画であることはご存じだろうか。二作品のそれぞれの章に一曲ずつ「読む音楽」が作成され、配信シングルとしてリリースされている。
二人の作家が織り上げた3Dの世界は音楽によって4Dとなり、周囲の匂いや温度まで変化させるようだった。音楽と映像が感情を倍加させ、記憶の底に沈んでいた遠い日の思い出を引きずり出してくる。何だかもう、新手の心理療法のようだ。うっかり情緒が死にかけるので、聴く時には覚悟を持って。
一人称の物語に没頭するも良し、併せ読み、いわゆる“神の視点”から物語を俯瞰するも良し。読む順番によっても、そして再読時にも、ストーリーから受ける印象はガラリと変わる。見るものによって幾通りにも形を変える変身立体の魅力を、存分に堪能していただきたい。
本間悠(うなぎBOOKS)

<書誌情報>
「誰かに言えるわけない」私がこう思っている時、あなたは。
就活面接でうまく話せず、彼氏とも疎遠な日々に思いつめる皐月、
寂しさを埋めるため、急に人と会いたくなる衝動を抑えきれない愛衣、
自分の経験を切り売りして曲を作り、シンガーとして活動する文、
大切な友達に言えない秘密を抱えながら過ごす智子ーー
誰かに理解してほしい葛藤をひとりで抱える、"大人未満"の4人の物語。
真下みこと(ました・みこと)
1997年埼玉県生まれ。
2019年「#柚莉愛とかくれんぼ」で第61回メフィスト賞を受賞し、2020年デビュー。
最新刊は、「あさひは失敗しない」(講談社)。
◆発売日:2022年7月1日
◆定価:1540円(税込)
◆四六変判 264ページ
◆ISBN:978-4-06-524800-3
◆講談社第五事業局 文芸第三出版部
★小説の世界にリンクした各話の楽曲も配信中。MVはこちら。

<書誌情報>
「ここからどうすればいい?」僕がこう思っている時、きみは。
何かを「好き」と言える人を眩しく感じる隼人、
「女の子との遊びはクレーンゲームみたいなもの」と言ってみせる大地、
高校時代までは、周囲から認められて自身を持っていた和弘、
仲間が何に苦しんでいるのか分からず、寄り添えない自分に絶望するBーー
「なりたい自分」に向かってひとり藻搔く、"大人未満"の4人の物語。
青羽悠(あおば・ゆう)
2000年愛知県生まれ。
2016年「星に願いを、そして手を。」で第29回小説すばる新人賞を史上最年少で受賞しデビュー。
最新刊は、『凪に溺れる』(PHP研究所)。
◆発売日:2022年6月29日
◆定価:1540円(税込)
◆四六判 288ページ
◆ISBN:978-4-06-527870-3
◆講談社 第五事業局 文芸第三出版部
★小説の世界にリンクした各話の楽曲も配信中。MVはこちら。