第41話 安全のために鈴村をチームから外そうとした立浪だが

文字数 3,571文字

 たしかに、古田の娘に接触するとは夢にも思っていなかった。
 だからこそ、花巻の言う通り精神的なダメージが大きかった。
 そして、立浪が最も危惧(きぐ)するのは身近な存在へ伸びる魔の手だ。
「大河内って奴は、どこまで卑劣な男なんだ……」
 震える声で、鈴村が吐き捨てた。
 鈴村の声が震えているのは、大河内を恐れているからではないだろう。
 無関係の記者の娘を脅したというやり口にたいしての怒りに違いない。
 偏屈なひねくれ者の印象の強い鈴村だが、実は正義感の強い男だということを立浪は知っていた。
「そういうわけだから、ここからは俺と花巻さんでやる」
 立浪は、鈴村に言った。
「そういうわけって、どういうわけだよ?」
 鈴村が訝しげな顔を立浪に向けた。
「そんな卑劣な男だから、昨夜の現場にお前がいたとわかったらただじゃ済まない。幸い名乗ったのは俺だけだし、現時点ではお前の存在は把握してないはずだ」
 立浪は淡々とした口調で言った。
「つまり、危険な目に遭わないうちに俺に降りろと言ってるのか?」
「ああ、そういうことだ」
「馬鹿にするな! 尻尾(しっぽ)巻いて逃げ出すくらいなら、端からお前に協力するなんて言うわけないだろう!? 大河内が危険な男だっていうことは、最初からわかっていた。お前だって、それを承知の上で俺と組んだんだろうが!? いまさら、なにを言ってるんだよ!」
 鈴村が憤然とするのも無理はない。
 ピラニアの異名(いみょう)で恐れられるブラックジャーナリストの花巻を立浪に紹介した時点で、鈴村なりに腹を括(くく)っていたのだ。
「それに関しては、言い訳はしない。大河内への怒りばかりに気を取られ、安易に無関係のお前を巻き込んでしまった。すまなかった」
 立浪は素直に頭を下げて詫(わ)びた。
「俺は無関係じゃない。お前の親父さんには、ずいぶんとお世話になったしな」
「だからって……」
「それに、孤軍奮闘している友人を見捨てて自分だけ逃げ出したいとは思わない」
 鈴村が立浪を遮り、瞳を直視した。
「鈴村、その気持ちはありがたいが……」
「いいじゃない、本人が危険を承知の上で戦いたいと言ってるんだからさ」
 今度は花巻が立浪を遮った。
「鈴村がよくても、俺が無理です。いま抜ければ、彼は何事もなかったように普通の生活を送れます」
「甘い、甘い、甘い~、お兄ちゃんは練乳みたいに甘いね~」
 花巻が、おちょくるように言った。
「なにがです?」
 立浪は不満そうに訊ねた。
「鈴村ちゃんが普通の生活を送れるだって? それはどうかな~。VIPルームの中に監視カメラはなくても、ドアのところにはあるでしょう? 鈴村ちゃんの姿も、バッチリと映っているはずだよ」
「鈴村は『スラッシュ』編集部の人間ではないので、監視カメラの映像で特定することはできないと思います」
「だから、それが甘いって言ってるのさ。フリーの記者の娘まで突き止めるような奴らなんだから、お兄ちゃんの周辺は虱潰(しらみつぶ)しに調査するに決まってるでしょうに。鈴村ちゃんは『スラッシュ』の編集者じゃなくても『日光社』に在籍してるんだから、調べなんてすぐにつくさ」
 花巻が呆れたように言った。
 もちろん言われるまでもなく、本当は立浪にもわかっていた。
「そうだとしても、鈴村が俺と一緒に大河内を攻撃するのは危険です」
「いま逃げても、危険な状況は変わらないさ。だったら、一刻も早く危険の元を取り除かないと。お前、編集長に言ったそうじゃないか。進むも地獄、退くも地獄なら背を向けずに戦うしかないってな」
 鈴村が強い意思を宿した瞳で、立浪を見据えた。
「どうしても、俺の戦いから降りるつもりはないのか?」
 立浪は願いを込めて訊ねた。
「もう、お前だけの戦いじゃない。さあ、時間の無駄遣いは終わりだ。杏樹って女にどうやって接触する気だ? あんな騒ぎを起こしたから、もう店には行けないぞ」
 鈴村が強引に話題を変えた。
「その前に、大河内に詫(わ)びの電話を入れるよ」
 立浪は言いながら、スマートフォンを手にした。
「大河内に詫びる!? お前、真面目に言ってるのか!?
 鈴村が素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
 花巻はスティックキャンディを舐(な)めながら、立浪に探るような眼を向けていた。
「もちろん、降伏するわけじゃない。降伏する振りをするだけだ」
「振り? どういうことだ?」
「フルさん……記者の娘を使って警告されてるんだ。無視して攻撃を続けるわけにはいかないだろう」
 立浪は思考を目まぐるしく巡らせながら言った。
 一歩間違えたら、取り返しのつかないことになる。
 いままで以上に、慎重に事を運ばなければならない。
「つまりお兄ちゃんは、死んだふりして水面下で大河内に起爆装置を仕掛けるつもり?」
 花巻が興味津々の顔で訊ねてきた。
「はい。杏樹の証言を得られたら牧野健は終わりますし、大河内もかなりのダメージを被ります。畳(たた)みかけるように花巻さんのネタをWEBに流せば、大物政治家も大物ヤクザもスキャンダルを揉(も)み消すことはできなくなります」
 立浪はシナリオを花巻に説明した。
「でも、そんな爆弾をWEBに流したら、それこそ記者の娘が危険な目に遭うんじゃないのか?」
 鈴村がもっともな疑問を口にした。
「フルさんの娘の件は、杏樹を取り込むことに成功したらWEB配信で記者会見を開くつもりだ」
「記者会見って、娘の顔を晒(さら)すのか!?
 鈴村が眼を丸くした。
「リモートだが、娘の顔は晒すつもりだ」
 立浪は言った。
「そんなことしたら、娘が危なくなるぞ!?
「逆だよ。娘を守るために顔を晒すのさ」
「娘を守るためとは、どういうことだ?」
 鈴村の顔に疑問符が浮かんだ。
「メディアで娘の顔を全国に広めれば、大河内も迂闊(うかつ)に手を出せなくなる。娘の身になにかがあれば、真っ先に疑われるのは奴だからな」
「保険ってことだね~。お兄ちゃんは抜かりがないね~」
 花巻が歌うような口調で言った。
「そういうわけで、早速、大河内に電話をします」
 立浪は言い終わらないうちにスマートフォンを手に取り、大河内の番号を呼び出しタップした。
 一回目のコールの途中で、音声メッセージに切り替わった。
「『日光社』の立浪です。お話ししたいことがあるので、お手隙のときに連絡ください」
 立浪は電話を切り、眼を閉じた。

 待ってろ。嫌われ者の恐ろしさを思い知らせてやる。

 瞼の裏に浮かぶ大河内に、立浪は宣戦布告した。
                   ☆
 青山通り沿いに建つガラス張りのビル――エントランスに、立浪は足を踏み入れた。
 エレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
 六階と七階が「帝都(ていと)プロ」の事務所になっており、最上階の八階が社長室兼応接室となっていた。

 ――なんだ? メッセージまで入れやがって。また俺に喧嘩(けんか)でも売るつもりか?

 大河内からコールバックがあったのは、昨日メッセージを残してからおよそ二時間後だった。

 ――いえ、その逆です。先日、牧野健さんの件でとんでもないことをしでかしてしまいました。謝罪に伺(うかが)わせて頂きたいのですが……。
 ――ほう、どんなとんでもないことをしでかした?
 ――もう、ご存知ですよね?
 ――なんのことだかわからねえな。そのとんでもないってことを言ってみろ。
 ――牧野健さんのスキャンダルを動画で撮影するために、「クレセント」という会員制ラウンジの個室に乗り込みました。
 ――で、スキャンダルってやつは撮影できたのか?

 大河内は動転するどころか、余裕綽々(しゃくしゃく)の声で訊ねてきた。

 ――女性とキスしている場面と、激しく取り乱し暴言を吐いている姿が映っています。それから、ドラッグの瓶のようなものも……。
 ――それが本当なら、特大スクープじゃねえか? どうして俺に詫びにくるんだ?  さっさと「スラッシュ」の巻頭記事かWEBで報じればいいじゃねえか?

 相変わらず大河内の口調から、動揺は感じられなかった。
 むしろ、立浪とのやり取りを愉しんでいるふうにも思えた。

 ――いえ、報じるつもりはありません。撮影した動画は、大河内社長にお渡しします。私のせいでいろいろな人に迷惑をかけてしまい、気づいたんです。私はとんでもない過ちを犯してしまったと……。
 ――お前の周りで、なにかあったようだな。まあ、いいだろう。話だけは聞いてやる。明日、午後五時に「帝都プロ」にこい。

(第42話につづく)

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