第20話 立浪の新たなスクープに興奮する編集長だったが・・・・・・

文字数 3,133文字

 相良がテレビのリモコンを手に取り、スイッチを切った。
「おいっ、なにする……」
「盗聴したICレコーダーの音声を、立浪さんがテレビ局に送ったんですか!?
 赤く充血した眼で、立浪を睨(にら)みつける相良。
相良にしては珍しく、感情的になっていた。
「ああ、そうだ」
 立浪は即答した。
「どうして、こんなことをするんですか!?
 相良が、激しい口調で立浪に食ってかかってきた。
「保険だ。プロデューサーには、柏木サイドが認めたら出さないでくれと言っておいた。だが、担当マネージャーが全面否定したんだから、仕方がないな」
 立浪は、涼しい顔で言った。
「仕方ないって……佐々木杏奈には音声を出さないことを条件に協力して貰ったのに、これは裏切りですよ!」
「先に裏切ったのは彼女だ」
 強い口調で抗議する相良を、立浪は無感情な瞳で見据えた。
「それに、柏木サイドは佐々木杏奈だけでなく、『スラッシュ』がでたらめの記事を書いていると全国放送で言い切った。決定的な証拠が出ないまま水掛け論を続けたら、柏木保を信じる者が出てくる。奴は音声の存在を知らないから、世論を味方につけようと記者会見を開くだろう。好感度一位の柏木が、誠実な顔で潔白を訴えて見ろ。柏木の言っていることは本当なんじゃないか? 女が売名行為ででたらめを『スラッシュ』に言ったんじゃないか? 動かぬ証拠がないかぎり、段々とそんなふうな流れになってくるだろう。記事は真実だと証明するためには、すぐに反撃の芽を摘(つ)んでおくしかなかった。最悪、編集長の言うように杏奈が買収されて柏木サイドに再度寝返る可能性もあるわけだからな」
 立浪は釈明でも諭(さと)すでもなく、淡々と考えを告げた。
「それは全部、仮定の話です! もし、佐々木杏奈が裏切れば、そのときに反撃材料として音声を出せばいいだけのことじゃないですかっ」
「それじゃ遅い。杏奈が裏切るということは、音声のことを柏木サイドに真っ先に話すはずだ。音声を暴露されてもいいように対策を講じる時間を与えてしまうことになる。だが、予備知識のない状態でいきなり流せば、柏木サイドは動転するだけで手も足も出ない。いいか? 汚い手段を使ってくる相手には、それ以上の汚い手段を使わなければ勝てない。俺を恨むのは構わないが、それだけは覚えておけ」
 立浪が無表情に言うと、相良が悔しそうな顔で俯いた。
「さすがリカオン! 見事な狩りだな。痺(しび)れるよ。でも、欲を言わせて貰えれば、どうせ暴露するならウチで記事にしてから局に送ってもよかったんじゃないか?」
福島が喜色満面で立浪を見た。
 福島の表情筋が緩んでいるのも無理はない。
「激あさ」でオンエアされた衝撃的内容は、もう既にネットニュースのトップを飾っていた。あと一、二時間したら、「スラッシュ」は飛ぶように売れるだろう。
「あれは盗聴した音声ですから、『スラッシュ』で掲載するわけにはいきません。匿名の投書だと逃げても、万が一裁判沙汰になったら厄介なことになります。杏奈が供述したら、俺の仕業だとすぐにバレますからね。その点、テレビであれば採用不採用の判断はプロデューサーがするわけですから、『スラッシュ』の責任問題を問われることはありません」
 立浪は、盗聴していたときから考えていたシナリオを口にした。
 端(はな)から立浪は、杏奈との約束を守る気はなかった。
「たしかに! 御尤(ごもっと)も!」
 福島が満足げに頷(うなず)いた。
「な? 言ったろう? ニュース部の記者なんて、やめたほうがいいって」
 鈴村が相良に言い残し、フロアの出入り口に足を向けた。
「十億? 二十億?」
 鈴村が立ち止まり、立浪を振り返り言った。
「今度お前が人生を潰(つぶ)した柏木保の違約金の額だ」
 皮肉っぽく片側の唇を吊り上げ、鈴村が足を踏み出した。
「あいつの言うことは気にするな。元同じ文芸部だったお前がどんどん出世するから、嫉妬(しっと)しているのさ」
 福島が、立浪を励ますように言った。
「大丈夫です。気にしてませんから」
 本当だった。
 人の言葉で動揺するような軟(やわ)な心臓なら、「スラッシュ」ニュース部への異動を志願していない。
 だが、鈴村が立浪に絡(から)むのは嫉妬とは別の理由だ。
 ただの妬(ねた)みなら、どんなに気が楽か……。
「それより話があるんですけど、いいですか?」
 立浪は、出入り口に視線を投げた。
「ここじゃだめなのか?」
「すみません」
 立浪は腰を上げ、福島をフロアの外に促した。
                   ☆
「話って、なんだ?」
 記者とのプラン会議に使うミーティングルームのテーブルに座るなり、福島が訊ねてきた。
「今回のスクープで、編集長賞は頂けるんですよね?」
「スラッシュ」編集部では、ヒットスクープを記事にした編集者には福島から金一封が出ることになっていた。
 部数の伸びにもよるが、五万から十五万というのが相場だ。
「なんだ、そんなことか。もちろんだ。金額は、愉(たの)しみにしておいてくれ」
 福島が笑顔で言った。
「お金はいりません」
「え? 金じゃないなら、なにがほしいんだ?」
 福島の顔から笑顔が消え、怪訝な表情になった。
「このネタを記事にさせてください」
 立浪は言いながら、タブレットPCを福島の前に置いてポーズ機能にしていた動画の再生キーをタップした。

『ハートキュンキュン♪ 聞こえてほしいなほしくないな♪ あなたにキュンキュン♪ 気づいてほしいなほしくないな♪』

 ディスプレイでは、フリフリのワンピースに身を包んだ七人の少女が両手を腰で組み、石ころを蹴るようなステップを踏んでいた。
「なんだ、『エンジェル7』じゃないか? まさか、グラビアページで密着ネタでもやりたいのか!?
 福島が、驚いた顔で訊ねてきた。
「エンジェル7」は十八歳が二人、十九歳が三人、二十歳が二人の少女からなる七人組のアイドルで、デビュー曲がいきなりミリオンヒットを記録し、以降、最新曲までの八曲のすべてが初登場でオリコン一位になった。
 NHKの「紅白歌合戦」もデビューの年から五年連続で出場を果たし、いまや「エンジェル7」は国民的スーパーアイドルグループだ。
「まさか」
 立浪は苦笑いした。
「じゃあ、なにをやりたいんだよ?」
 福島が焦れたように身を乗り出した。
「枕営業ネタです」
「枕営業ネタ!?」 
 立浪が言うと、福島が素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
「ええ。メンバーの一人が枕営業をしているという有力な情報が入りました」
 福島とは対照的な、冷静な口調で立浪は言った。
「さすがにガセだろう? 地下アイドルならまだしも、『エンジェル7』はミリオンヒット連発で『紅白』にも出場した国民的アイドルだぞ!? 枕営業なんて、いまさら彼女達にする必要があるか? ないない」
 福島が、話にならないとばかりに薄笑いしながら否定した。 
「ガセじゃありません。精度の高い情報です」
 立浪は、きっぱりと言い切った。
「いったい、誰の情報だ? また、相良か? そんなに自信があるなら、どうして一昨日のゴールドプラン会議で言わなかったんだ?」
 福島が怪訝そうに訊ねてきた。
「ネタ元は記者ではありません。情報屋です」
 情報屋――ドル箱タレントのスキャンダルをスクープした父を闇に葬った黒幕を突き止めるために、立浪が個人的に雇った男達。
 彼らのことは、「スラッシュ」編集部の誰にも話していなかった。
(第21話につづく)

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