還暦記念百物語 第3話/嶺里俊介
文字数 1,831文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんによる、tree書下ろし連載第3弾スタート!
今回は還暦を迎えた主人公と、学生時代からの仲間が挑む、実録(?)『還暦記念百物語』です!
第3話 逢魔の辻
次に山本が語り手の席に座った。学生時代はバンドをやっていて、暇さえあればドラムスティックで机を叩いていた男だ。
「俺はさ、子どもの頃はこの辺りに住んでたんだよ。いやあ、懐かしいなあ」
山本は語り手の席に座りながら窓を見遣ったが、アルミブラインドが下りているので外は見えない。
「子ども時代に馴染んだ、思い出の場所が結構あるんだ。もう50年前のことだから町もかなり変わっちゃってるけどな」
山本は腕組みをして遠い目をした。
「話の3、『逢魔の辻』」
去年の夏……そう、7月だ。ネットで交通事故の記事を見たんだ。
馴染みがあった地名だったから目についたんだが、読んでみたら信号無視による過失事故だった。
ところが2週間後くらいで、また記事が出た。同じ場所で、同じ信号無視だ。再掲かと思ったほどだ。
そして、3日後くらいにまた信号無視による事故が起きた。
不思議と事故が起きる場所ってあるよな。なんの変哲もない駅なのに、飛び込み自殺が多いってところもある。街なかでも、特に入り組んだ道でもないのに事故が起きやすい交差点とかさ。
たまたまかもしれないが、正午から2時にかけて事故が起きてる。黄昏時じゃないから『逢魔の時』ではないけど、まあ『逢魔の辻』ってとこかな。
なにしろ昔住んでた地域だからな。さすがに興味を持った。
たまにはノスタルジーに浸るのもいいかなと思って、休日に出かけることにした。朝から出かけて、懐かしい場所をぶらぶら歩くのも趣があるってもんだよな。
ところが、だ。実際に思い出の場所を訪れて、驚いた。
場所どころか、道がなくなってるんだ。区画整理っていうのかな。アパートや町工場どころじゃない。鬼ごっこやかくれんぼをした神社の敷地も大部分が駐車場やマンションになってたよ。
しかしまあ、50年も経つとこんなもんなんだろうな。
俺は事故が続いてる件の場所を見てから帰ることにした。
その日は八月の頭で、路面のアスファルトに陽炎が立つほどの暑い日だった。ハンドタオルで汗を拭きながら歩いたよ。
その場所は駅からそう遠くないところだった。
道幅は広くなって2車線になっている。信号機も新しい型だ。件の交差点はよく覚えている。角に赤い前掛けをしたお稲荷さんが祀られた小さな祠があったが、それもなくなっていた。老婆心ながら、行政はちゃんと御魂抜きをやったのだろうかと思ったよ。
代わりに、壁面が鏡面仕様になっている大きなビルが建っていた。道路沿いに並んでいる木々は元気に葉を茂らせて陽光に映えている。夏期休暇のシーズンなので、往来する車は少ない。
事故が連続して起こった交差点だ。俺は手前のガードレールに立って、信号機を見上げた。
そのとき目の前を1台の乗用車が通り過ぎた。速度は法定速度以内と思えたが、運転手は首を前に突き出して信号を確かめていた。
信号機の上に、大きなキツネがいた。首に赤い前掛けを下げたキツネが、尻尾で赤信号を覆っている。
ほどなくキツネは大きく膨らんでいる尻尾を揺らして覆いを解いた。その下から赤を灯した信号が現れる。
乗用車は速度を落とす機を逃して、そのまま交差点に突っ込んだ。交差点の横から速度を上げて直進する軽自動車が現れた。
途端に、がしゃん、だ。
「お稲荷さん……」
俺に気がついたのか、キツネはこちらを見た。
(よお、久しぶり。ずいぶん大きくなったじゃないか)
そして、靄のように消えて見えなくなった。
「俺だけなのかなあ。通りかかった人に訊いてみたんだが、そんなものはいないって不審顔をするんだよ。気まずいよな。ヘンな人だと思われるのもアレなんで、退散したよ」
山本は頭を掻いた。
「お前らも帰りは気をつけろよ。その交差点ってのはな、ここを出た道の、すぐ先だ」
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。